Return of the Archfiend―魔王、帰還す

 悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。

 隻翼のホークが出現して、宇宙艦ルーアンの周辺施設を破壊し始めたからだ。

 とくに対空砲は念入りに潰していく。大型対空機関砲は猛射によってNM装甲を削る。よって防御施設の破壊は優先順位が高い。


「ルーアンの全兵装を収納せよ! ハンガードアも閉鎖しろ! とにかく防御だ。ここは宇宙だと思え!」


 艦長であるフィルが命じる。バーガンティ軍の代表でもあった。


「ホークの機体照会、まだか?」

「該当する機種は見当たりません。おそらく古いゲニウスの機体かと思われますが、そうなるとウリエルスフィアかミカエルスフィアの直轄領でないと判断できないでしょう」

「だろうな。我々はいまだにどちらに対しても中立的な組織だ。照会してもくれないだろう。ゲニウスの遺宝は隠者ハーミットが管理する秘匿院ハーミテジに秘匿されているからな」

「ハーミテジから供与された兵装だけが我らに使える技術ですから。しかしあのホークをみると彼等が厳重に管理する理由もわかりますね」

「技術を野放しにすると、あんなものが暴れ回るということだな」


 フィルが嘆息する。


「たった一機のホークとは思えん。ジーンが取引をしたという存在がこのノワールに。――魔王が帰還したのだ」


 片腕だったライオネルが惨殺されたが、気にしている場合ではない。

 ここで宇宙艦ルーアンに何かあれば、なんのために独立勢力として認められたかわからなくなる。

 スフィアにとって土地はあまり意味をなさないが、宇宙艦は移動する首都みたいなもの。

 

「もしあのホークのイオンビームライフルが弾数無限であるとしても、居住宇宙艦の装甲を抜けるはずがない。対艦ミサイルだって限りがある。少し耐えれば引き返すはずだ」


 フィルは優秀な男だ。ヴァレンティア軍とルテール軍相手に立ち回り、ルテースからバーガンティ勢力の独立を果たした。現在はミカエルスフィアであり、ウリエルスフィアである。地球の歴史に倣うと主権を有した都市国家のようなものだろう。

 

「ホーク一機で何ができる。思い上がるな、ジーンの亡霊め。お前にできることはせいぜい周辺施設を破壊することだけだ」


 ジーンの亡霊。フィルは隻翼をそう評した。

 あのシールドバインダーを装備したオリフラムはバーガンディ軍を鎮圧するべく、多くの戦場を駆け抜けた。

 今回の目的は全勢力の殲滅だという。地獄に落ちて生者を呪う亡霊そのもののような思考だ。


「籠城か。正しい戦術だ」


 隻翼が分析する。宇宙艦にも艦橋はあるが、地表では格納されている。宇宙においてはくじらのような円筒形や先端が紡錘形で後方が円筒形の組み合わせが多い。

 アルフロズルのような戦車型など例外中の例外だ。


「対空砲は潰しておきたかったが、主砲まで格納している。ホーク相手だと正解だ」


 両手サーベルのティルフィングを引き抜く。

 片手と両手、刺突と斬撃ともに使いやすい。日本刀の太刀にも似た使い方だが、隻翼は太刀を使ったことはない。

 せいぜい幼少の頃、長脇差の稽古を父親から受けたことがある程度だった。


「ヴァーリ以外には、な」


 宇宙艦ルーアンの後方部に回り込む。直進用の巨大スラスターが四基備わっているが、防御用カバーによって堅く閉ざされていた。


 分厚い装甲の斬り方はドヴァリンから原理を聞いている。今の隻翼とヴァーリなら可能なはずだ。

 右上の巨大スラスターに移動する。防御用のカバーが上部からスライドしてスラスターを塞いでいる。


「――ッ!」


 ティルフィングの刃を横向きに寝かせて、一気に刺し貫く。角度は水平あるのみ。わずかな歪みも許されない。


 ――果たして刃は分厚いカバーを刺し貫いていた。


 水平一閃。ティルフィングは紙を切るように易々と外部装甲を切り裂く。

 そっと刃を引き抜き、左腕に装備しているシールドバインダーに納刀するや、そのシールドバインダーごと体当たりを敢行する。

 カバーは根元から外れて地面に落下して大きな金属音を立てた。ヴァーリの眼前には巨大なスラスターが出現する。


「成功したな」


 後方に下がりシールドバインダーに内蔵されている二発の対艦ミサイルを発射する。スラスターの噴射口だけはNM装甲で強化はできない。

 すぐさまエクスプレスも取り出し、噴射口に一点集中して砲撃を始める。

 スラスターの機関部、そして推進用リアクターまで攻撃が貫通して小爆発が起き、やがて巨大な爆発に転じた。

 付近にいた人員が爆炎に巻き込まれ、その爆轟は居住区画にまで到達する。


「第二目標、宇宙艦ルーアンの無力化を確認。隻翼、帰投してください」


 隻翼がいるコックピットのエイルの声が響いた。ヴァーリは無言で空中に飛翔する。

 すぐ上空までアルフロズルが飛行しており、着艦した。


「四基あるスラスター一基を破壊しただけに過ぎませんが、一つ欠くだけで宇宙では大きな影響を受けます。部品があっても修復には数年かかるでしょう」

「下手をしたら百年単位だな」

「宇宙にはいけますが着陸する場合、相応のサポートも必要です。所属スフィア内での宇宙艦ルーアンの発言権は低下。公民の流出もあるでしょうね」


 宇宙艦ルーアンを見下ろしながら、エイルが予言する。宇宙艦に居住するものが公民であると定義するELスフィアにおいては、宇宙艦能力は国力低下に等しい。


「ドヴァリン。ヴァーリの補給は?」

「余裕だぞ。装甲の破損もほとんどない」


 その言葉にエイルは首を振って応じ、背後にいるロズルに合図を送る。


「損耗した部品もすべて用意できるぞ。工廠も全稼働だ」

「アルフロズルは神話にでてくる神のなかでも唯一ともいえる機能をもっています。それは太陽の熱を遮断するための隔壁と冷却するためのふいごです。あらゆる神話体系のなかで、移動する鞴を持つ戦車など、アルフロズルのみでしょう」

「operation【Return of the Archfiend】。作戦第一段階をクリアしました。これより作戦第二段階へ移行し、宇宙艦マルニーに向かいます」


 エイルが宣言して飛行進路を変更する。

 隻翼がかつて所属していた、次の標的である居住宇宙艦マルニーにアルフロズルは向かった。

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