断罪の蹠(あうら)

 ライオネルは嗤う。


「しかも勝手にジーン殺害を自白してくれるとは。まったくこれで我が軍の不評も少しは薄れるというものだよ」


 どのみち確実に死んでいたような状況だが、傭兵がジーンを殺したと明言してくれた。


「油断は禁物だ。四個の小隊を突破してシュタイナーまで破壊した。生き残った者はセクリス部隊四名のみ。魔王の名は伊達ではなさそうだ」


 ルーアンの艦長フィルが警告を発した。


「シュナイダーなどしょせん図体が大きいばかりの年代物だ。ジーンのシールドバインダーを装備しているんだ。驚くに値しない」

「寝返ったピーターからも情報が入った。マルニー艦所属オリフラム部隊の同僚によると、ホーカーはジーンが個人で雇った私兵。本来は屋台商人で、防衛任務を請け負っていたとある。ホーカーとしても本職ですらない可能性がある」

「こそ泥だろう? ジーンが遺した遺宝をかっさらって逃走したネズミだ。断じて魔王などではない」


 でなければとち狂った、全勢力殲滅などと宣うことはなかっただろう。素人が自分が英雄になったらと夢想する、誇大妄想の類いだ。


「敵ホークが五キロ圏内に入った。脚を止めるな。相手は弾数無限のビームライフルを装備している」


 ラピエールはエース機部隊に配属されるだけのことはある機動力、運動性能に優れたバランスの良い高性能機だ。

 敵ホークもなかなかの機動力のようだが、その分装甲が薄いはずだ。


 先ほどレーダー範囲にいる敵機体は一瞬遠くに離れたかと錯覚したが、元の場所に近い位置に戻っていた。レーダーの誤反応だろう。

 計測された時速千キロメートルは何かの間違い。ラピエールでも最大加速は五百キロメートルがせいぜいだ。それも実用的な戦闘速度ではない。

 斬り倒された友軍機がいるようだが、NM装甲相手なら押し斬るという選択肢も入る。ありえない話ではない。


「ん? 脚を止めるなといったはずだが?」


 部下たちを叱咤する。配置した場所からわずかに動いただけで、ライオネルを除くラピエールが稼働していない。

 敵機はレーダー反応上、高速で動いている。

 

 レーダーの呼称かと思った。敵マーカーは動いたと思ったらもとの場所に戻っている。

 

「まさか……」


 視界の影に、巨大な楯が見えた。

 ライオネルは知る由もなかったが、僚機のラピエール全機体がコックピットだけ刺し貫かれて撃破されていた。


「速い!」


 真相に気付いた。レーダーは誤反応ではなく、隻翼の機体が移動して、元いた場所に近い位置まで移動を繰り返していただけだった。

 ラピエール部隊を葬り去るまで、一機ずつ倒して。


 忍び寄る死の気配をライオネルは感じている。



「なんてヤツだ……」


 敵機影を補足したライオネル。

 ライオネルのラピエールもシールドバインダーを掲げ、ヘビーイオンビームライフルを射撃するが、ヴァーリのシールドバインダーには一切効かない。

 すかさずビームソードを展開する。プラズマを磁場で集約して固体化するまで凝縮したものだ。

 エネルギー消費が激しく数秒の保持が限度。エース機にしか許されない兵装だ。


「馬鹿な!」


 眼前に迫るヴァーリは、一切減速せずシールドバインダーを用いて体当たりを敢行した。腕部が伸びてマニピュレーターがラピエールの頭部を掴む。

 鈍い金属音とともに、ライオネルが搭乗するラピエールはビルに叩き付けられる。勢いのまま、頭部を押し込んで切断された形となる。

 

「ぐはぁ!」


 ライオネルが吐血する。時速千キロを超える突進に、機体全体にかかる圧力と背後のビルに挟まれ、機体に大きなダメージを受けた。頭部はヴァーリと壁に挟まれ、粉砕されている。

 アラームが鳴り響く。この攻撃は予測を超えるものであり、負の質量による防御効果など何の役にも立たなかった。


「その程度では死なないだろう」


 シールドバインダーからデトネーションコードを投射して全身に巻き付ける。両腕部で振り回し、再びビルに叩き付けた。


「イダァ」


 コックピットの耐圧機能は衝撃を殺しきれず、ライオネルは悲鳴をあげた。


「反応が遅い」


 ヴァーリはシールドバインダーからティルフィングを引き抜き、ラピエールの腰部を横一文字に両断した。

 ラピエールの上半身部分が仰向けになり地面に転がる。


「き、貴様何が目的……ぐふっ! やめろ!」


 ライオネルが絶叫する。

 ヴァーリが無造作ともいえる動作で、コックピット部分を踏みつけ、地面に押し込んでいるのだ。

 コックピット内部には亀裂が入り、破片が飛び散る。そんなことをしなくてもライオネル自身がすでに重傷だ。


「魔王! やめ―― 慈悲を! 慈悲を求める!」


 鬼気迫るヴァーリに、ライオネルは叫んだ。

 隻翼の表情はぴくりとも動かない。


「慈ひぃ――」


 ライオネルは恐怖した。隻翼が彼と一切対話する気がないことに気付いたのだ。

 恨み言も、要求もなく、ただライオネルを殺害することだけが目的なのだと悟った。

 コックピットの内壁が崩れ落ち、部品が彼の体を貫通し始める。


 隻翼も聞く耳を持たなかった。無表情にラピエールを見下ろし、ヴァーリはさらに右脚部に力を込める。

 金属音と、何かが砕ける音だけが響く。


「う゛ぁ……」


 濁った悲鳴とともにライオネル機からの通信が途絶えたが、隻翼は気にせず踏みつけ続ける。

 より一層ヴァーリのあうらがラピエールの胴体に沈んでいく。

 機体脚部のコックピット部分。空洞だった部分が圧壊したのだろう。それでもヴァーリは踏み続けることをやめなかった。


 十秒ほどヴァーリの右脚部の力を込めてこれ以上の圧縮不可能と判断した隻翼は、コックピットがあった部分にシールドバインダー内蔵のイオンビームを放ち、大きな孔ができるまで破壊した。

 残された機体はデトネーションコードを爆発させて処理し、ラピエールは完全に粉砕されて無残な姿をさらしている。

 隻翼には何の感慨も湧かなかった。


「こちら隻翼。ライオネル以下ラピエール部隊を殲滅。第一目標クリア」


 アルフロズルにいるエイルに連絡する。

 ゲニウスたちもライオネルの殺害方法に関しては無関心だ。


「ライオネル機の破壊を確認しました。第一目標をクリア。ただちに第二目標、宇宙艦ルーアンに向かってください」

「了解」


 短く返答した隻翼はヴァーリを宇宙艦ルーアンに向かわせた。

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