第12話 子の立場というのは脆弱だ
「しかし、反省することもないのに
「あれだけ暴れておいて、その言葉が出てくるベルさまに謹慎は無理ですね」
「唯一の反省点は、クリスの利き腕を二、三本は折っておくべきだったな、との後悔くらいだ」
「利き腕というのは基本一本だと
ミナが集めてきた情報によれば、どうやら王家と父上と学園との会合が持たれ、そこで関係者の処分を
「処分の理由は、友人同士の喧嘩がエスカレートしての暴力沙汰、か」
「事実が表面化すれば複数の貴族家が消え、数十人が職を失い、数人が命を落とすでしょうから」
「かもしれんが、なぁ……ガスパールの奴があの場にいなかった、とするのは
「あからさまな
ハイキックの一閃で
王族や貴族の失態や醜聞に関する噂は、身分の差を問わず皆の大好物。
おそらく今頃は、実際の出来事に
騒然としているであろう学園と比べ、王都ニースベルグの貴族街にある侯爵家の館は、不気味なまでに平穏無事だ。
「父上からの大説教があると覚悟していたが、三日経っても何もないとは」
「今回の件で、色々と
「それなら少々申し訳ないな……顔を合わせた後で、平手打ちの一つくらい飛んでくるのは我慢するか。二発目が来たなら殴り返すが」
「謹慎から
確かにな、と言わざるを得ない忠告に
貴族だろうが何だろうが、成人前である子の立場というのは
それが女子なら
平民であれば家事に
貴族であれば政略結婚の駒となるか、贈答品として使い捨てられるか。
そうした生き方を拒否するには、ミナのようにメイドと護衛を兼任できるような特殊技能を獲得するか、名家や
女たちが
「抵抗が
口の中で呟いて、窓の外に視線を移す。
脱走を警戒されているのか、いつになく使用人が庭をウロついている。
自由と権利を拡大し、可能性と選択肢を増やそうと
女性が親や夫に従属し、家や国に隷属している現状を変えるからには、状況に
しかし、女たちからも
「変化を
「変化、ですか?」
小声の
説明するのも手間なので、多少すり替えた内容を語っておこうか。
「少しばかり、ガスパールとクリスのことを考えておった」
「あのような愚物や無能を
「あいつらが
「どのような理由があっても、今回の暴挙は許せるものではないでしょう」
表情こそ平静そのものだが、発言と口調はどこまでも
記憶の中のミナは感情を殆ど表に出さなかったが、
このミナにも慣れてきたが、これは元からそうだったのか、私の巻き戻りの副作用がもたらした変化なのか。
ふと
「あのボンクラ共には、女は常に男の下にいる存在、との固定観念がある……念のため言っておくが、
「そういう下世話な冗談は、人前でないにせよ
「あぁ、すまぬ。ともあれ、女とは弱く愚かで、男と比べ劣っているので、守られるべきものである。従順さは美徳で奉仕するのは義務、才があろうと男と並び立とうとせず、陰から支えて
「クロウル卿の『
「こんな二百年も昔に書かれた、カビの生え散らかした駄文が『女らしさ』の教本とされているなど、それこそ悪質な冗談であろう」
王家の姫君教育にも採用されている、という
二十年以上かけて意識改革を目指したが、成功からは程遠い結果に終わった。
今にして思えば、法を制定して一気に意識を変えてしまう強引さか、子供らへの教育によって次世代から意識を変えさせる地道さの、どちらかを選ぶべきだったな。
「……誰か来るようだ」
軽くてテンポの速い足音が聞こえてくると、ミナは私を
数秒後に両開きの扉が騒々しく開き、十歳くらいの子供が高すぎるテンションで駆け込んできた。
「あねぅえぇーっ! 来ましたぁーっ!」
「それは見ればわかる。落ち着け、ハイン」
五歳下で腹違いの弟であるハインリヒを
「来たのは父上ですっ! さっき王城から戻って、姉上を呼んでますっ!」
「ふむ、とうとう来たか。父上は、どこに来いと言っている?」
「どこ……えぇと、どこだろ?」
「質問に質問で答えるでない」
「ふぅー、あぁー」
苦笑しつつ頭を強めに
この頃は無邪気で可愛かったのに、コレがやがて血統を最重視する貴族主義に染まり、大陸支配の夢物語を
「まぁよい。執事の誰かに訊くとしよう」
「じゃあ、話が終わったら今度は姉上が僕のとこ来てね!」
「ああ、しばらく自室で待っておれ」
この子がいずれ、将軍として
ハインが駆け足で出て行った扉を眺めていると、黙っていたミナが口を開く。
「ハインリヒさまも、
「我らに出来るのは、世の中には別の理論もある、と提示してやるくらいだな」
可能であれば、今回は常識を根底から破壊して再編したいものだ――
などと考えていると、開け放たれた扉の先にいつの間にか人影が現れる。
足音を立てずに歩くコイツの癖は、この頃にはもう始まっていたのか。
「弟に釣られて遊びに来たのか? ルーカス」
「お兄様を付けろ、
「了解だ、お兄様ルーカス」
「その順番は違うだろ!」
「お兄カス」
「誰が略せと……っ! もういい、サッサと行くぞ。メイドは置いてけ」
ルーカスが案内してくれるようなので、その後について無駄に長い廊下を進む。
ハインの同母兄で容姿も似ていながら、現時点で性格が相当に
足音を消しているのも、必要に駆られて身に着けた特技なのか、単なる
壊崩のベレンガリア ~世界3大悪女筆頭の暴虐皇妃、墜落したら30年ほど巻き戻る~ 長篠金泥 @alan-smithee
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