第12話 子の立場というのは脆弱だ

「しかし、反省することもないのに謹慎きんしんしろと言われても困るな」

「あれだけ暴れておいて、その言葉が出てくるベルさまに謹慎は無理ですね」

「唯一の反省点は、クリスの利き腕を二、三本は折っておくべきだったな、との後悔くらいだ」

「利き腕というのは基本一本だと御存知ごぞんじですか?」


 百華苑うらにわ東屋ガゼボで三馬鹿をぶちのめした後、まずは寮の自室での待機を命じられ、翌日の夜に十日間の自宅謹慎が罰として下された。

 査問会さもんかいなどがあれば、そこで相手方の非を盛大に鳴らしてやるつもりだったのだが、全てを決定事項として告げられてしまい、抗議は聞いてもらえない。

 ミナが集めてきた情報によれば、どうやら王家と父上と学園との会合が持たれ、そこで関係者の処分を迅速じんそくに決めたそうだ。


「処分の理由は、友人同士の喧嘩がエスカレートしての暴力沙汰、か」

「事実が表面化すれば複数の貴族家が消え、数十人が職を失い、数人が命を落とすでしょうから」

「かもしれんが、なぁ……ガスパールの奴があの場にいなかった、とするのは流石さすがに無理があるだろうに」

「あからさまな隠蔽いんぺいには、触れ回ったら厄介やっかいなことが起きるのを覚悟しろ、と目撃者に警告する意味もあるかと」


 ハイキックの一閃でガスパールあのボケを失神させた件は、隠そうとするだけ無駄だと思われる。

 王族や貴族の失態や醜聞に関する噂は、身分の差を問わず皆の大好物。

 おそらく今頃は、実際の出来事に尾鰭おひれ背鰭せびれでは止まらず、翼まで生えて学生たちの間を飛び交っているに違いない。

 騒然としているであろう学園と比べ、王都ニースベルグの貴族街にある侯爵家の館は、不気味なまでに平穏無事だ。


「父上からの大説教があると覚悟していたが、三日経っても何もないとは」

「今回の件で、色々とわずらわしい事態に巻き込まれているのかもしれません」

「それなら少々申し訳ないな……顔を合わせた後で、平手打ちの一つくらい飛んでくるのは我慢するか。二発目が来たなら殴り返すが」

「謹慎から勘当かんどうになりかねないので、そこは抑えて下さい」


 確かにな、と言わざるを得ない忠告にうなづきながら、お茶の支度をするミナの背中を眺める。

 貴族だろうが何だろうが、成人前である子の立場というのは脆弱ぜいじゃくだ。

 それが女子なら猶更なおさらのこと、基本的には道具としか見做されない。

 平民であれば家事に子守こもり野良のら仕事や針仕事や各種手仕事が延々と続き、他家にしたり婿むこをとったりの後もやることは変わらない。


 貴族であれば政略結婚の駒となるか、贈答品として使い捨てられるか。

 そうした生き方を拒否するには、ミナのようにメイドと護衛を兼任できるような特殊技能を獲得するか、名家や商家しょうかの家庭教師に雇われる程度の知識教養を身に着ける必要がある。

 女たちがいられている不遇ふぐうな環境を改善すべく、王妃になった後に様々な法案を通そうと試みたが――


「抵抗が尋常じんじょうではなかったな」


 口の中で呟いて、窓の外に視線を移す。

 脱走を警戒されているのか、いつになく使用人が庭をウロついている。

 自由と権利を拡大し、可能性と選択肢を増やそうとこころみたが、国中の男たちはこぞって私を総攻撃。

 女性が親や夫に従属し、家や国に隷属している現状を変えるからには、状況に胡坐あぐらをかいて労苦ろうくを押し付けている側の反発は予想できた。

 しかし、女たちからも猛烈もうれつな拒絶があったのは、完全に想定外だった。

 

「変化をおそれるのは人の本能、とはいえ……」

「変化、ですか?」


 小声の独言ひとりごとだったが、ミナが反応してくる。

 説明するのも手間なので、多少すり替えた内容を語っておこうか。


「少しばかり、ガスパールとクリスのことを考えておった」

「あのような愚物や無能をいまだ気にけるとは、お優しい」

「あいつらががたい阿呆なのは疑いもないが、そうなるにもそれなりに理由があると思えてな」

「どのような理由があっても、今回の暴挙は許せるものではないでしょう」


 表情こそ平静そのものだが、発言と口調はどこまでも刺々とげとげしい。

 記憶の中のミナは感情を殆ど表に出さなかったが、随分ずいぶんと印象が違う。

 このミナにも慣れてきたが、これは元からそうだったのか、私の巻き戻りの副作用がもたらした変化なのか。

 ふとき上がった疑問を振り払い、紅茶で喉をうるおしてから話を続ける。


「あのボンクラ共には、女は常に男の下にいる存在、との固定観念がある……念のため言っておくが、臥所ベッドの話ではないぞ」

「そういう下世話な冗談は、人前でないにせよ如何いかがなものかと」

「あぁ、すまぬ。ともあれ、女とは弱く愚かで、男と比べ劣っているので、守られるべきものである。従順さは美徳で奉仕するのは義務、才があろうと男と並び立とうとせず、陰から支えてしかるべき存在である――これが、男らの共通認識だ」

「クロウル卿の『淑女しゅくじょのための覚書おぼえがき』ですね」

「こんな二百年も昔に書かれた、カビの生え散らかした駄文が『女らしさ』の教本とされているなど、それこそ悪質な冗談であろう」


 むべき駄本だが、その影響力にはすさまじいものがある。

 王家の姫君教育にも採用されている、という御墨付おすみつきによって権威化しているせいで、批判が許されない雰囲気なのも迷惑だ。

 二十年以上かけて意識改革を目指したが、成功からは程遠い結果に終わった。

 今にして思えば、法を制定して一気に意識を変えてしまう強引さか、子供らへの教育によって次世代から意識を変えさせる地道さの、どちらかを選ぶべきだったな。


「……誰か来るようだ」


 軽くてテンポの速い足音が聞こえてくると、ミナは私をかばえる位置に移動し、扉の方へと注意を向ける。

 数秒後に両開きの扉が騒々しく開き、十歳くらいの子供が高すぎるテンションで駆け込んできた。


「あねぅえぇーっ! 来ましたぁーっ!」

「それは見ればわかる。落ち着け、ハイン」


 五歳下で腹違いの弟であるハインリヒをたしなめると、ブンブンとかぶりを振って蜂蜜はちみつ色の髪を乱しながら言う。


「来たのは父上ですっ! さっき王城から戻って、姉上を呼んでますっ!」

「ふむ、とうとう来たか。父上は、どこに来いと言っている?」

「どこ……えぇと、どこだろ?」

「質問に質問で答えるでない」

「ふぅー、あぁー」


 苦笑しつつ頭を強めにで回すが、聞かずに出てきたのか回答は更新されない。

 この頃は無邪気で可愛かったのに、コレがやがて血統を最重視する貴族主義に染まり、大陸支配の夢物語をかかげる極右組織『大ブラウトリア同胞団どうほうだん』の中心メンバーになるとはな。


「まぁよい。執事の誰かに訊くとしよう」

「じゃあ、話が終わったら今度は姉上が僕のとこ来てね!」

「ああ、しばらく自室で待っておれ」


 この子がいずれ、将軍として赴任ふにんした旧ゼーン共和国で発生した暴動の鎮圧を命じられた際、帝国旗を燃やされたことに激昂げっこうして群衆を蹂躙じゅうりんし、『ゼーリントの虐殺』と呼ばれる惨劇を起こすなど、まったく信じられん……

 ハインが駆け足で出て行った扉を眺めていると、黙っていたミナが口を開く。


「ハインリヒさまも、ちょうずれば下らぬ常識に染まるのでしょうか」

「我らに出来るのは、世の中には別の理論もある、と提示してやるくらいだな」


 可能であれば、今回は常識を根底から破壊して再編したいものだ――

 などと考えていると、開け放たれた扉の先にいつの間にか人影が現れる。

 足音を立てずに歩くコイツの癖は、この頃にはもう始まっていたのか。


「弟に釣られて遊びに来たのか? ルーカス」

「お兄様を付けろ、愚昧ぐまい愚妹ぐまい。父上がお呼びだ、早く来い」

「了解だ、お兄様ルーカス」

「その順番は違うだろ!」

「お兄カス」

「誰が略せと……っ! もういい、サッサと行くぞ。メイドは置いてけ」


 ルーカスが案内してくれるようなので、その後について無駄に長い廊下を進む。

 ハインの同母兄で容姿も似ていながら、現時点で性格が相当にじ曲がっている。

 足音を消しているのも、必要に駆られて身に着けた特技なのか、単なる根性悪こんじょうわるの産物なのか……

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壊崩のベレンガリア ~世界3大悪女筆頭の暴虐皇妃、墜落したら30年ほど巻き戻る~ 長篠金泥 @alan-smithee

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