第40話 通信

 クルーガーの治癒は骨折の方で手一杯で、火傷の方はまだ手付かずだという。

 それだけではなく打撲などもあり、治癒魔術を使えるアリダ先生でも時間が掛かると思われる。


 クルーガー夫人はベッドに横たわる夫に寄り添っており、湯治治療院の規則で家族一名なら泊まることもできるので、今夜はここで過ごす予定だとスターレンスが告げた。


「俺もここに泊まるよ。アリダ先生も動けないしな」


 天井が高い待合室で、セドリックとアデル、スターレンスとクラネ魔術師が集まり、今後の対応について話し合っている。


「一晩中ではギレム様も大変でしょう。夜間は私が交代します」

 そう申し出たのはクラネ魔術師だった。


 なんでも、治癒魔術の熟練者であるアリダ先輩の施術を間近で見られることができたので役に立ちたいという。


「私は一度ティユーへ戻ります」

 本館の支配人達にクルーガーや怪我をした従業員達のことを報告し、応援もあるので別館の体制も組み直さなくてはならない。


 何かあったら連絡をお願いします、とスターレンスはセドリックとクラネに頭を下げた。


「ティユーに戻るなら、こいつも一緒にお願いするよ」

 セドリックはアデルの背中に手を添えて、スターレンスが頷いて了承した。


 その時、クラネの魔術師の証であるローブの胸元が点滅をしていたのを見止めた。


 失礼します、と場を離れて内ポケットから四角い鏡を出した。


『お疲れ様です、クラネさん』

「どうした、セロー」


 声は高い天井に響いて、離れていてもアデル達に聞こえた。


『ティユーのホテル火災の件、一応緊急案件で課長に報告しました』


 魔術師は鏡を媒体にして魔術で映像付きの遠隔通信ができる。


 セローはルヴロワの泉質管理事務所勤務だが、非常時なので出動の要請があるかもしれないため、事前に報告して許可を申請したのだ。


 魔術師は大抵魔術庁に所属している公務員なので、勝手に要請を受けて事後報告するより、上司の許可を得てからの方が後々の処理が楽になる。


 その辺の面倒くさいお役所の慣習はアデルもよく承知しているので、セローの手順は妥当だと理解できた。


『そうしたら、ヴィリエ課長がフェルトゲンさんに使いを出して知らせてくれたそうです』


 防犯グッズの件もあり、セローを通して連携している部分もあるので、手数を掛けてくれたのだ。


 スターレンスはクラネに駆け寄り、鏡を覗き込んだ。


「こんにちは、セローさん。別館のスターレンスです」

『あっ、ああ、スターレンスさん。あの、この度は……』

「すみません、社長にご連絡いただいたのですか?」


 礼儀正しいスターレンスが珍しく話を遮って問い掛けた。


『あ、はい。スターレンスさんが一緒なら話が早いです』


 今、フェルトゲンも魔術庁に来ているという。


『課長がクラネさんに通信で連絡取ろうとしたそうなんですが、通じないので私に掛けてきたんです』

「さっきまでこれは外しておいたんだ。アリダ先輩の治癒魔術の邪魔になってはいけないと思って」


 治癒魔術の見学をしていたので、他からの魔力がわずかでも入って、施術に影響が出てはいけないからと別の部屋に置いていた。


『じゃあ、クラネさんからヴィリエ課長に連絡お願いします。まだフェルトゲンさんもいると思いますから』


 一刻も早くしてほしいので失礼します、とセローから通信を切断した。


 それからは会社内部の話にも関わることににもなるかもしれないので、アデルとセドリックは待合室を出た。



 玄関を出て、馬車まで行く途中の生垣の脇で兄が止まったので、アデルも足を止めた。


「悪いが、別館に戻ったら、父ちゃんに知らせを出してくれ」


 兄の滞在費用は父が負担しているので、予定していたより長引くかもしれないことを知らせたいという。


 詳細は記さなくても、起きたことだけ知らせればいいので、アデルが見聞きした範囲のことを書けばいい、と。


 父と兄の間柄のことは、昔からアデルが入り込むことのできない何かがあるのはわかっている。


 無理に知ろうとは思わないので、取り敢えず承知しておいた。


 そこへフェルトゲンとの話を終えたスターレンスが来た。


 これからティユーに戻るというので、アデルも馬車に同乗させてもらうことにして、セドリックとクラネに見送られてティユーへ向かった。



「この度のことは、心よりお見舞い申し上げます。私にできることがあれば、微力ながらお手伝いしたいと思っております」


 アデルは向かいに座るスターレンスに声を掛けると、お心遣いありがとうございますと言い慣れてしまったのか、反射的に言葉が出てきた様子だった。


 恐らく、色々な人に声を掛けられて対応しているうちに口癖になったのだろう。


「そうだ、これ」

 アデルは上着のポケットに手を入れて、熊のストラップを出した。


「チェックアウトの時に返却し忘れていました」


 返すタイミングが今でいいかわからなかったが、借りているものなのでいつまでも持っていても、と思ったのだ。


 だが、スターレンスは首を横に振った。


「アデル様はまたお泊まりになるので、念のためにまだお持ちになっていてください」


 それから、そうか、と項垂れてしまった。


「手続きと確認のミスですね。義兄あにに知られたらまた叱られます……」


 その声が少しだけ震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

滋味佳絶 大甘桂箜 @moccakrapfen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ