第27話 【第一部完】誰もが望む世界のために

 余裕な様子を見てジークは怒るかと思ったが、「はっはぁ!」と笑い飛ばした。


「この俺に力の差を教えるぅ? ああ、さてはあれかぁ? 強くなったつもりだから、正義の味方を気取ってみようかって腹なのか? だったらお笑いだな! 俺は勇者だぞ? 誰が勝てるって言うんだ?」

「ウダウダ喋ってねぇで、かかってきたらどうだ」

「あぁ――じゃあそうさせてもらうぜぇ!!」


 エクスカリバーが煌めき、ジークは一瞬姿を消したかと思うと、俺の目の前へと距離を詰めていた。


 既にエクスカリバーは両の手で握られ、振り上げられている。

 ニヤついた顔のまま振り下ろされた一撃は、衝撃波となって周囲に広がっていった。


 しかし、


「この程度か?」

「……あれ?」


 振り下ろされるエクスカリバーを、俺は片腕で握ったアステリオンで受けた。こんな一撃、両手で握るまでもなかったのだ。


 流石に予想していなかったのか、ジークの頬に冷や汗が流れるも、すぐさま次の攻撃がくる。


 一撃の重さで駄目なら目にも止まらぬ乱撃でどうにかしようとしたのだろう。

 エクスカリバーをひたすら振るうが、俺にはその一太刀一太刀が見えていた。


 最小限の動きで受け、弾く。こちらから攻撃はせず、ひたすらにそれを繰り返した。


 単純な力でも、速さでも、俺はジークを上回っていた。やがて剣術で勝てないと悟ってか魔術を繰り出すも、そのすべてを斬り裂いて無効化する。


 ジークの余裕顔に、明らかな焦燥感が現れていた。

 

 それを見ると、俺の方からようやく復讐開始の宣言をぶつけた。


「今度は、俺の番だ!」


 アステリオンを構えたまま突っ込み、振りかぶる。当然エクスカリバーでガードしようとするが、そんな物見えている。


 見えているが、敢えてガードしているエクスカリバーへアステリオンを叩きつけた。


「そぉぉぉらよぉぉ!!」


 力の限り振るったアステリオンに耐えられず、ジークはエクスカリバーを手放した。


 守る術をなくしたジークは唖然としていたが、知った事か。即座に蹴り飛ばし、聖堂の壁に激突させた。


 意識は保っていたようだが、もはや余裕面は消え去っていた。

 それどころか、歩み寄る俺に向けて、無様に喚きだしたのだ。


「な、なんなんだよお前! 俺は勇者だぞ!? 生まれ持って魔王だって勝てない力を持ってるんだぞ!? それをなんで、ただの剣聖に負けるんだよ! こんなのアリかよ!?」

「……テメェの敗因はいくらだってあるが、二つだけ教えてやるよ。一つ目はな、才能とふざけたシナリオに溺れて、実戦経験もなけりゃ、努力もしねぇからだ」


 まさにここで剣聖として勇者パーティーに入ってから裏切られるまでを思い返す。

 ゴーレムを始めとする強力な相手は全部他人任せで、自分は雑魚の相手しかしていなかった。きっと、今までもそうだったのだろう。


 「俺は勇者で十分強いから、雑魚の相手なんてしない」。そんなおごり高ぶった精神のせいで、ジークは剣捌きも魔術の使い方も滅茶苦茶だった。


 だが俺は、二年間もアステリオン一本で戦い続けた。才能も特別な力もなかったが、ひたすらに一つの目的のために剣を振るい続けた。


 基礎をニオが作り、その先の応用は自分の手で学び、身体で覚えた。その時点で、ジークを超えていただろう。


 更に、俺はグリモワール大迷宮の奥底からグレインの繰り出す魔族たちを片っ端から打ち倒していったのだ。一体一体適する戦術を模索し、完膚なきまでに叩きのめした。


 そのすべてが更なる経験となり、俺に積み重なっていった。力を増すには十分すぎるほどに戦えた。


 だから、この場へ上級魔族を連れてくることに成功したのだ。図らずしも、俺の片腕が魔王だったグレインの物のお陰で、魔物の魔力も使えるようになった。それも合間り、魔族としても従う大義名分には十分だったのだ。


 戦うのをサボり、才能にかまけ、歪んだ精神で戦うジークなど、もはや足元にも及ばなかったのだ。


「それとだが、二つ目は……」


 語り終え、ジークが言葉に詰まっている中言うと、刹那の間に距離を詰め、必死に拾ったその手からエクスカリバーを弾き飛ばし、首元へアステリオンを突き付けて告げる。


「俺が”希望の剣聖”だからだ」


 たったそれだけだ。だが、明確な差だ。


 本来希望を背負うはずだったのに、それを放棄した偽りの勇者と、そのサポートをするはずだったのに、ジークが背負う分の希望も、役目も背負った剣聖としての俺では、比較対象ですらないのだ。


「文句があるなら言い返してみやがれ。裏切ったときは、ずいぶん饒舌だったじゃねぇか」


 裏切り? と騎士たちがジークを目にし、本人もそれ以上はやめてくれと懇願したが、俺は高らかに宣言する。


「ああそうだ! この勇者はグリモワール大迷宮の奥で神託を受けた者を貢物のように差し出しては、魔王と共に俺を嘲笑った! これは何世代も続く悪習であり、現国王も魔王とつながっている! 俺はそれを正すために、魔族と手を結んだ!」


 国王が必死に言い逃れようとする。ジークも頭を回しているようだった。


 だがしかし、俺はここで最後の切り札を出すよう、魔族たちに合図を出す。


 すると、魔力封じの鎖でがんじがらめにされたグレインが、トボトボとやってきたのだ。


 国王もジークも言葉を失う中、グレインはスッカリ逆らう意思のない顔で、真実を公にすると誓う。


 それが終わると、グレインが弱弱しい声で俺に尋ねた。


「こ、これで殺さないでくれるのだな……?」

「最初から殺す気なんてなかったがな。だが、もう下手な事は考えるなよ」

「わ、分かっている……!」


 国王、勇者、魔王。その三人が揃い、真実を知るユウとニオもこの場にいる。

 俺はアステリオンの構えを解いて一息つくと、ニオが隣にやってきて、肩をポンと叩いた。


「お疲れさん。残った面倒な話は引き受けるから、しばらく休むといい」


 舐めるなと言い返そうとしたが、二か月にも及ぶ戦いの日々に疲れているのも事実。

 ようやくグリモワール大迷宮から脱出できたので、これ以上戦うこともないだろう。


 あとは任せた、と言い残す前に、面倒な話し合いはニオとユウを交えた三種族で行うように国王とジークへ凄みながら告げた。


 もはやどうにもならない状況なのを理解してか、国王もジークも項垂れて、魔族たちに連れていかれたのだった。




 ####




 話し合いが行われている間、俺は王城の一室に通された。王族の寝室だそうで、大層豪華なベッドがあり、誘われるように身を投げた。

 この二か月の疲れを癒すためと案内され、剣聖として選ばれてからの日々を思い返しながらベッドに横になれば、あっと言う間に眠りにつき、目覚めたのはすっかり夜も更けた頃だった。


 話し合いは終わっただろうか。今後どうしていくのだろうか。色々とあるが、流石に数時間では決まらない。


 そう思っていたのだが、部屋に訪れた苦笑いのユウが語った事に、俺は溜息を吐くばかりだった。


「あの野郎……また勝手に出て行きやがって」


 話し合いは、それはもうスムーズに進んだという。魔族の長として、なにより果てしない時を生きてきた年長者として、ニオが問題を一つ一つ迅速に解決したそうだ。


 その結果、ニオは魔族の長としてグリモワール大迷宮に戻り、各地に散らばる魔族に向けて他種族への攻撃を止めるように連絡する事や、グレイン派とも呼べる連中の説得をするらしい。


 それは良いのだが、なんと既に王都を出ており、配下の魔族たちもニオと共に行ってしまったそうだ。

 本人はユウに「ある程度力も取り戻したから心配ないって伝えといて」と言伝を頼んでいたが、問題はそこではない。


「俺の二年は、テメェを連れ戻して逃がさないことだったってのに……」


 恋愛感情とか、恩を感じているだとか、そういった自分自身との向き合いもニオと共にするつもりだった。

 だが当人が既にいなくなり、呼び戻そうにも理由が理由なので出来るはずもない。


 結果、俺は最後の最後でニオを逃がしてしまったのだ。


「ハァ……」


 深い溜息を吐く俺に、ユウはいたたまれないような顔をしながらも、「心配ないですよ」と口にした。


「お互い向き合うつもりなのは、ニオだって承知の上でしょうから。きっと今は、個人の意思より、種族全体の利を取ったのでしょう」

「理屈ではわかっても、感情じゃ理解できねぇこともあるんだよ……」


 再び溜息を吐きつつ、やがてユウと二人きりで静寂が流れる。


 グリモワール大迷宮での戦いからこっち、実はあまり話せていなかったのだ。

 今後、世界に真実を明かしてからどうなるか明確に分からなかったというのもあるが、予測くらいはできていた。


 虐げられていた亜人族の差別をなくすため、間違った歴史を正しつつ、万が一力で黙らせようとする連中への保険として、ユウはエンシェントエルフの身分を晒す。

 そして、亜人族の代表として、一度エルフ族の住まう隠れ里へ赴くだろう。


 そうなったとき、俺はどうするか。ユウを救った責任を取り、亜人族のためにエルフの森へ同行するか。それとも、ニオを逃がさないようについて回るか。


 この二年はニオを追いかけての日々だったので、個人的な感情を優先するのなら、俺もグリモワール大迷宮へ赴き、魔族が落ち着くまで行動を共にするべきだろう。


 しかし、それではユウは一人になってしまう。だからニオを逃がさないで三人で今後についてを考えようと思っていたというのに。


「……今度は俺が、ユウについて行く番なのか?」


 このまま亜人族の問題をユウに押し付けるのは気が引ける。何よりニオもいないことだし、それでいいかと頭を過った。


 しかし、現国王や勇者の体たらくを見れば、王都どころか各地の人間族は誰を信じろと言うのだろう? 魔族や亜人族が一つになる中、人間族だけ置いてけぼりになってしまうのではないのだろうか。


 そんな不安が言葉とは裏腹に渦巻くのだが、ユウに関しては慎重に、そして大事に扱わなくてはならない。


 そうでなくては、グレイン相手に馬鹿をしたことも無駄ではないが、あの選択は何だったのかと、自分が愚かに思えてくる。


 どうしたものか。考えを巡らせていると、ユウが静かな声で話し出した。


「……私、亜人族のために、もう一度だけ身を捧げてみようと思います」


 以外だった。てっきり一人は嫌だとか、そういう役割は他の奴に任せるだとか……なんというか、傷ついた心が癒えるまでは、責任を背負うようなことはしないと思っていた。


 俺としても、それを非難するつもりはなかった。ユウはそれだけ傷ついたし、暗闇の中耐えた。

 いくらだって我儘を言っても許されるのだから、俺はそれに付き合おうと思っていた。


 しかし、ユウの心は違った。これから変わる世界のため、亜人族の元で虐げられる現状を変えるというのだ。


 俺は返す言葉が見つからないでいると、ユウは疲れたように笑いながら、「その後です」と言った。


「本音を言えば、ずっとカイムと一緒にいたいです。生きる時間の違うカイムと少しでも一緒に生きていたいです。ニオとだって、まだ聞きたいことも言ってやりたいことも沢山あります――でも、そういうのは全部、目の前の問題を終わらせてからです」

「……いいのか? 凄い時間もかかるだろうし、何もかも上手くいくとは限らねぇ。俺だって、この先何をさせられるのか分かったもんじゃねぇんだぞ?」


 国王と勇者の真の姿を暴き、魔王であるグレインを打ち倒し、生け捕りで連れてきた。

 次の国王だとか、シナリオだとかの撤廃はお偉いさんたちに任せるが、いざ力が必要になったとき、頼られるのは俺だろう。


 ありとあらゆる闇を払い、世界に真実と力を見せつけた剣聖として、自由が利かなくなるかもしれない。

 俺自身が望まなくても、世界がそうさせるだろう。


 俺がここに留まれば、個人の意思など配慮している場合ではない。変化のキッカケを作ったのは他でもない俺だ。ユウとの関係もだが、そちらの責任も取らなくてはならない。


 希望の剣聖になるとは、そういう面倒なこともやらなくてはならなくなるのだ。


 ユウも分かっているはずだが、くすんでいた瞳がどこか透明になったような感じのする微笑み顔で、俺に笑われないように頑張ると言った。


「あの暗闇で過ごした絶望を照らしてくださった希望の光……短い間でしたけど、一緒に過ごせたから、私にもどれだけ凄い物なのか分かりました。そして私もまた、エンシェントエルフとして闇に包まれている亜人族のために希望になれるのだと……ほんのちょっと、信じられるようになりましたから」


 だから、「そうなってから改めて俺の元に来る」。ユウはそう告げた。


 そう言えば、元々世界の平和のために力を使おうとしていたのがエンシェントエルフだ。

 今の世界に真実が明かされ、混沌という闇が魔族や亜人族、そして人間族の全てに訪れるとき、俺一人では足りない。


 ニオでも足らず、そうなったとき、誰が足らない分の光となるか。


 ユウは、自らその光になると誓った。そうしてすべてが終わってから、再び俺やニオと共に歩むというのだ。


 その選択は、軽いものではないだろう。ユウが知るべきことも、考えるべきことも、立ち向かうことも数えきれないほどある。


 それでも、やると決めた。それはなぜかと問えば、今度はハッキリとした笑顔で答えた。


「カイムが、救ってくれたからです!」


 世界とは、こうも簡単に良い方向へと変わり始める。俺はその笑顔と、今まで見てきたユウの顔とを思い返して比べながらそう思う。


 希望の光がユウの闇を晴らし、やがては亜人族を照らし、三つの種族が分かり合える時が来る。


 もしかすると、俺が生きている間には不可能かもしれない。だとしても、ニオから受け継ぎ、ユウに希望を見せたのだから、未来に少しは希望を持つことにした。


「なら、俺もやれることをやる。お前も頑張れよ」

「はい!」


 願わくば、もう力で強引に世界を変えることのないよう祈りつつ、いつでも戦えるように立てかけてあるアステリオンへ目をやった。


 いつか、アステリオンにも役目を終えるときが来るように善処しよう。


 そのためには、どうしたらいいのか。今は分からない。それでも、いつかはそんな世界にする。


 希望の剣聖が剣を捨てる日を夢見て、俺とユウはもう一度眠くなるまで語りつくしたのだった。


 それは、平和と幸せの約束を込めた、未来の話。いずれ来る、誰もが望む未来の世界だ。



【作者からの感謝】


これにて、第一部は終わりになります。

本来でしたらここで完結させる予定でしたが、思いもよらぬ反響により「二部」と「新作ゲーム転生」を執筆中です。期待していただけると幸いです!


一つの区切りとして、それと上記二作のモチベにもなりますので、ここまで読んで「面白かった!」、「次の作品や2部も期待したい」

と少しでも思っていただけましたら、


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ダンジョンで勇者に裏切られた剣聖は、地の底でエルフの少女と出会う~ヤンデレと化したエルフに溺愛されながら、勇者への復讐をやり遂げてド派手に「ざまぁ」します~ 鬼柳シン @asukaga

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