第26話 希望の剣聖

 ピョンピョンと転移で飛び回っていたと思ったら、まさかこんな土産を持って来るとは。


 いや、持ってくるだけならともかく、無理やりくっつけるとは。


 なんとも乱暴な奴だ。滅茶苦茶な事をしてくれる。というか、魔族の腕をくっ付けしまって大丈夫なのだろうか?


 色々と思うところはあるが、しかしまぁ、


「両手で剣を握るってのは、片腕とは天と地の差だな」


 ニオが投げ渡してきたアステリオンを右手で掴み、くっ付いたグレインの左腕でも握る。


 他人ならぬ他種族の腕だというのに、素直に動いてくれるものだ。更に、自分の腕にはなかった魔力に溢れている。

 契約した使い手から魔力を奪おうとするアステリオンですら吸い取れないほどの魔力は、手先から伝わっていき、刀身を包んだ。


「一々エンチャントしねぇでも、十分強い魔力を纏ってやがるじゃねぇか。どういう理屈なんだかサッパリだが、この際なんでもいい」


 グレインの魔力を引き継いだとか、人間と魔族の力が合わさったとか、色々とあるのだろう。


 だが今は、そのどれでもいい。的外れでもいい。


 重要なのは、俺は全快以上の力を手にし、グレインは魔力の使い過ぎと片腕の損失で憔悴しているということだ。


 ニヤッと笑えば、アステリオンを構える。

 グレインは狼狽しながら「考え直せ!」と叫んだ。


「我がいなくなれば、世界を支えている密約は破綻するのだぞ! その先に待つのは混沌とした争いの絶えぬ世界だ!」

「なんだ? 命乞いか? だったら安心しろ、殺しゃしねぇよ」


 殺さないと俺が言ったが、グレインはそれはそれで妙に思ったのだろう。

 眉を顰めたが、俺は続ける。


「殺さねぇが、とにかく抵抗できないようにもう片方の腕もぶった斬ってやるがな!」


 叫び、突っ込んで刃を振り下ろす。咄嗟に防御壁を展開したグレインだが、両腕に力を籠めると、そんな物は一刀のもとに叩き斬れた。


「なっ!?」

「結構脆いもんだな、本当にそれで全力か?」

「か、片腕なのだから仕方ないだろう! そんな相手に剣を突き立てて、剣聖のつもりか!?」

「……どの口が言いやがる、魔王様よぅ」


 コイツ、思ったより小物だ。そう理解する頃には斬撃をその身に浴びせまくり、鮮血が飛び散る。


 だが流石は魔王だ。ちょっとやそっと斬ったくらいでは倒れそうにない。

 ただ、自分が勝てないと悟ったようだ。なんとか距離を取ると、魔法陣を周囲に展開する。


 そこから数え切れぬ魔物が現れ、グルトンと戦った大部屋に軍勢となって表れるが、今の俺は負ける気がしなかった。


 グレインの左手が思いのほか馴染むのだ。本来なら纏えぬ魔力を身に纏い、力はかつての自分の腕より籠る。


 いくらでもエンチャントが使えそうで、大軍勢を前にしても動じず、笑みさえも浮かべられる余裕があった。


 対するグレインは、魔物たちへ必死に命令していた。


「魔王の命だ! 奴を殺せ! 殺した者にはいかなる褒美も与えてやる!!」


 すっかり小物となったグレインの様子に、背後からニオが「魔王はボクなんだけど」と呆れたように口にしていた。

 俺はそれを聞くと、ちょっとばかり頭を回し、振り返って聞いた。


「アイツ等をある程度黙らせたら、お前に従ったりしてくれるか?」

「ん? まぁ下級の魔族は分からないけど、知性のある奴は従うんじゃないかな? あと、ボクのこと覚えている奴もいるだろうし……そうだね。ボクがグレインより強い奴の方にいると理解したら、配下の魔物も一緒になって寝返るだろうね」


 あくまで俺たちが大軍勢よりも力で勝っていると理解でき、敵に回るよりもニオの機嫌を取って生き残るほうが合理的だと判断したらだそうだが、なら簡単だ。


「つまり、言うこと聞かねぇ奴等をぶん殴って言い聞かせりゃいいんだな」

「荒っぽいけどそうなるね。全員黙らせたら、君は一気に魔族を従える魔王にだってなれるよ」

「……興味ねぇな。なにせ俺の夢は、希望の剣聖だ」

「君自身の口から聞けたから、ボクからはもう言うことはないよ。存分に暴れてくるといいさ」


 魔王の座、世界を裏から統べる立場……そんな物はいらない。だがこの状況と、俺の力を照らし合わせていくらか考えると、二ッと笑みがこぼれた。


「だったら少し待ってろ。全員叩きのめして、ついでに世界も救ってやるよ」


 それを最後に、俺は魔物の大軍勢へとアステリオンを手に突っ込んでいった。



  ####



 大体一か月ほど前、「冒険者カイム・イレーシオンを剣聖として勇者パーティーの一人とする!」と声高に国王の声が王城内の聖堂に響いた。


 あの時は、低級冒険者の俺が勇者パーティーに加われるのだと期待に胸を膨らませ、人々のためにこの身を捧げようと誓った。

 勇者のジークは俺を迎え入れてくれ、魔王の居城たるグリモワール大迷宮へと赴いた。


 全ては魔王を討伐し、魔族の脅威から世界を救うためだ。まぁ、ニオを見つけ出すために名前を売りたかったというのもあったが、希望の剣聖として、魔族を駆逐するくらいの気概で旅立った。


 その俺が、王都にある聖堂へ上級魔族を率いて乗り込んだ。片腕は人間の物ではなく、身体はボロボロで、せっかくの金髪は血と汗と土で見る影もない。


 しかし、そんな俺が率いる魔族と、俺の両脇に控えるエンシェントエルフのユウ。更にはかつての魔王たるニオを止められる者はいなく、聖堂は俺の手勢によって占拠された。


 騎士や王都の人々が「死んだはずの剣聖が魔物となって蘇った!」だとか、「このままでは国王様が殺される!」だとか叫んでいる。

 もし俺が何も知らず、剣聖ではなく王都を守る騎士として剣を振るっていたら、同じ反応をするのだろうか。


 ――たぶん、するだろう。刺し違えてでも倒してやると斬りかかっていくだろう。


 それだけ無知とは罪なのだと思いつつ、聖堂内で声高に叫んだ。


「偽りの勇者ジークと民を欺く国王はどこにいる!!」


 俺の芝居がかった台詞に、剣や杖を手に戦おうとする王都の者たちが首を傾げた。


 すぐに「何を言っている!!」だとか言い出したが、こいつ等の目を覚まさせるには、裏で糸を引いている国王と勇者であるジークをこの場に呼ぶことが必要だ。


 ということで、もう一声追加する。


「世界の真実を知るエルフと、お前たちが隠していることを始めた魔王もここにいる! 早く出てこないと、全部国民にぶちまけるぞ!!」


 そうなっては、暴動が起こるだろう。俺の言葉を信じる者と、そんなわけないと否定する者。俺が現在の状況から事の成り立ちまで一から説明する内に、前者はドンドン増していくだろう。


 裏で甘い蜜を啜っている国王としては、なんとしても避けたいはずだ。無論、ジークとて同じだろう。


 やがて待っていると、国王が大勢の騎士に守られながら姿を現した。


 傍らに不機嫌そうな顔のジークと、恐らく神託の儀を受けたのだろう、新たな勇者パーティーを連れて、国王を守るように前へと出てきた。


 俺も、ユウやニオに待つよう言ってから、一歩前へと踏み出す。


 ジークはこの場では勇者としての仮面をかぶっているのか、裏切ったときに見せた狂気の孕む顔は見せない。

 代わりに俺は鼻で笑ってやる。


「久しぶりだな、勇者様よぅ。新しい仲間を連れて魔王を倒しにでも行こうってか?」

「……さて、何の事だろう。いや、何の事でもないな。勇者である俺が魔王を倒すことは使命だ。わざわざ答えなくてはならないのかな」

「じゃあとっととグリモワール大迷宮に行けよ。勇者なんだろ? 俺も戦ったが、テメェでも魔王相手ならタイマンで勝てるぞ」


 魔王と戦った。俺の言葉に、ジークは誰にも聞こえないように舌打ちを打った。

 後ろにいる国王は、顔を青くしている。


「……では剣聖の君は、魔王を倒してくれたのかな」

「言わなきゃわかんねぇか? というか見たら分かるだろ。この腕をよ」


 ボロ布で覆っていた左手を見せると、人間の腕と酷似しながらも、魔族の――魔王の魔力を纏う腕が露わになる。


 それを見て、ジークや国王は更に顔をしかめた。

 俺はそんな様子を楽しむように、左手を掲げる。


「俺は魔王との激戦の末、片腕を失った! だが、魔王の腕も斬り落とし、”とある力”によって自分の物とした! その力こそが――」

「待ってくれ!!」


 俺の声に対し、青ざめていた国王がようやく反応を見せた。

 おそらく、控えているユウの事を知っているのだろう。俺とユウを見比べながら、必死に言葉を紡いだ。


「ま、魔王を倒してくれたのだな!? それはよかった! 報告では死んだと聞いていたのだが、こうして帰ってくるだけではなく、魔王を倒し、その軍勢すら味方に付けたようではないか! どうだ剣聖よ、望む物を授けるぞ? どんな地位だろうと与えると約束しようではないか!」

「必死だな、国王様よう。そんなに秘密にしてることをバラされるのが嫌か?」

「な、なんのことだか……我は、ただ人間のためにその身を捧げたお主へ、褒美を授けると言っているだけで……」

「悪いが、人間のためだけじゃねぇよ」


 え? と口を開けたままの国王へ、俺は宣言する。


「人間族も魔族も、そして亜人族も全部ひっくるめて救うために身を捧げた! この場には、今後の魔族と亜人族を率いるに相応しい奴等を連れてきてある! だがしかしだ! そいつらが作る世界に、テメェらみたいな汚ねぇ連中は邪魔なんだよ! だから引っ込んでもらうために来た!」


 なんと野蛮な、だとか、色々と声が上がる中、国王はユウを目にした後、まさかと思ったのだろう。ニオを目にした。

 当人はニヤッと笑い、背後にいる魔族たちへ声をかける。


「新しい魔王だけど、誰がなるんだっけ?」


 居並ぶ魔族たちは、誰もが次期魔王の座についてもおかしくない化け物たちだ。


 そんな連中がニオの言葉に頭を垂れ、口をそろえて言った。


「あなた様です、ニオ殿下」

「に、ニオだと……!?」


 ニオに関する情報は、魔族がひた隠しにしてきた。しかし、人間だって馬鹿じゃない。魔族が何者かを追っていることくらいは把握していた。


 なぜ追っているのかは分からずとも、追っている相手の名前くらいは調べがついていたようで、ニオの名を耳にした国王は、その場に崩れ落ちた。


 俺が連れてきたのは、裏で同盟を結ぶ魔族ですら隠していた相手だったのだ。そいつを、化け物ぞろいの上級魔族が新たな魔王だと口をそろえた。


 追加で俺の証言と、何より魔王だったグレインの片腕。もはや密約を結んだ相手は存在しないと気づいたのだろう。


 そして、このままでは真実を知る上級魔族と、真実を知るが故に追われていたのだろうニオが全てを語るのは明白であり、俺もユウもいるので、自分の秘密を守る者がいないことに気づいた。


 かと思ったが、最期の頼みの綱が残っている。国王は取り乱しながら、その相手――勇者であるジークへと命じた。


「や、奴等を殺せ! あの反逆者もろとも、殺すのだ!」


 国王が真実を知らない者もいるというのに、殺せだなんてよく言えたものだ。


 ジークだって嫌々な様子だったが、聖剣を手にズカズカと前へ出てきた。

 心なしか一歩前へと出るごとに、吹っ切れていくように見えた。その顔に、裏切ったときの愉悦を浮かべ出したのだから。


「どうやら、馬鹿正直に勇者様ごっこする暇なくなっちゃったみたいだなぁ……仕方ない。国王様の命令ってことで、全員殺してやるかなぁ!」


 全員とは、恐らくその言葉通りだろう。もはや密約は破れ、勇者の地位も意味をなさなくなる。


 だから最期に本性をさらけ出し、俺もユウもニオも、国王や騎士たちも殺し尽くすのだろう。

 最初に見せた、あの狂気に身を任せてだ。しかし、それはこちらとしても待っていたことだ。


 ようやく大衆の前で開き直ってくれた。だったら、あとは力で叩きのめすまでだ。


 聖剣エクスカリバーを構える勇者ジークへ、魔剣改め神話の武器アステリオンを手にした俺が立ちはだかる。


「次に会った時は報いを受けてもらうって言ったが、覚悟はできてるよな」

「はぁ? 何のことだっけ?」

「思い出させてやるよ、力づくでな……!」


 ようやくやり返す時が来た。だが斬りかかることはしない。妙に思った様子のジークへ、手招きしてやる。


「かかって来いよ、偽物の勇者と本当の剣聖の差を教えてやる」



《次回、第一部最終回》

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