第25話 ユウとニオの馬鹿騒ぎ

 ボクは最初、カイムと二人で逃げようと提案した。けど、それは状況を把握しきれていないから、カイムがこの二年でどれだけ変わったのか確認する意味合いも兼ねていた。


 結果は大成功で、彼にアステリオンを託して良かったと心から思えた。


 次に逃がそうと思ったのは、本心からだ。状況がつかめ、打開策はないと諦め、次の一手を早々に打つために、カイムと転移しようとした。


 だというのに、カイムはボクをユウの元へ投げ飛ばし、無茶苦茶なことを言ったのだ。


 だから仕方なく、やりたくなかった方法を取るために、開き直ってユウを説得した。

 殺されてもしょうがないと思いながらの説得は成功したが、ユウはボクの提案を聞き、少々顔を引きつらせていた。


 ああそうさ、馬鹿な行為だ。無茶な策だ。頭脳と力で魔族を率い、それらと共に逃げ続ていたボクらしくない”馬鹿な作戦”だ。脳筋と揶揄されてもおかしくない”馬鹿騒ぎ”だ。


 しかしまぁ、結構うまくいくものだ。とりあえず、カイムの手からアステリオンを一時的に返してもらうことには成功したのだから。


 ユウの手のひらにあった「開いている」という要素を、カイムのアステリオンを握る右手の「閉じている」という要素に移動させることで、手放せた。


 再び掴まれては困るので、ユウにはそのまま手を開いておいてもらい、落ちてきたアステリオンはボクが手にする。実に簡単な事だった。


 代償に、かつて何度も身を蝕んだ黒い魔力が身体に絡みつくが、それだけアステリオンの力を借りられる。お陰でこの分なら転移だって何度でも使える。長くはもたないけど、グレインとも戦える。


 ユウと共に。


「こんな方法、なんで思いつくんですか。エンシェントエルフの私だって思いつかなかったのに……」

「さぁね! どこかの馬鹿にあてられたのかな!」


 愚痴を言うユウと共にグレインの背後へ転移し、その身に向けてアステリオンを振り下ろす。

 身体強化を施しての一撃に、グレインは避けるのが間に合わないと判断してか、防御壁を展開した。


 アステリオンと防御壁がぶつかり合う中、ユウには魔術を周囲へ展開してもらい、グレインを逃がさないようにする。


 周囲を最上級魔術に囲まれ、目の前にはボクがいて、グレインも舌打ちを打った。


「貴様、このまま雌雄を決する気か!?」

「当ててみなよ、魔王様?」

「いけ好かない女が……! いつまでもかつての我と同じだと思うなよ!」


 グレインは防御壁を堅牢にして、更には周囲の魔術も天井から降り注がせた魔術で封じた。


 その隙に距離を取られたわけだが、こちらもまた、すぐに転移して追いつく。


 そうしてまたアステリオンを振り下ろし、グレインがギリギリで防御する。


 二度、三度、四度……幾度も繰り返すうちに、グレインの顔にイラつきが見えてくる。


「舐めているのか!? 遊んでいるつもりか!?」

「だから当ててみなって。昔は知恵比べでも勝てなかったけど、今は違うんだろう?」

「貴様はぁ!!」


 ほーら、怒った。さっきまでの余裕な態度なんて所詮、表面上だけのもの。

 所詮は小物だ。そのくせプライドが高いから、ちょっと刺激すればこの有様だ。


「力で勝っているつもりか!? そのエルフと共になら、勝てるとでも思っているのか!? それとも、その剣の力頼りか!? どれにしても、全て無駄なことだ!!」

「残念、ぜーんぶ外れ。今のボクは無茶してるだけで君には勝てないし、ユウを足しても勝てないし、アステリオンの力を足しても勝てない。視点を変えることはできないのかな? だとしたら、長たる者は物事は多面的に見るべきだと教えてあげるよ」

「このっ! ただの死にぞこないがぁ!!」


 更に怒った。それだけ力は増すけど、比例するように攻撃は単調になる。


 予測することは簡単になっていき、ユウと共に転移で避けることはドンドン楽になっていき、グレインは悪戯に魔力を消費してくれる。


 そこら辺を考えたのか、グレインはボクの事を笑い飛ばす。


「馬鹿な女だ! いくら逃げても我が消耗するより早くに貴様がもたなくなるのは明白だ! なにより、その剣は認めし者にしか真の力を与えん! つまりは貴様の斬撃をこの身に喰らおうと、我を殺すことなど到底不可能だ! その剣による苦痛にいくら耐えようと、我の魔力の方が……」

「長い台詞の途中にごめん! それってつまり、少しは君も消耗してるって事だよね? 言質取ったよ?」


 また怒った。ボクたちを狙っているようだけど、もはや狙いはバラバラで、防御壁もすっかり発動しなくなっている。


 本当に小物だ。こんな奴に支配されていた魔族はどうなってしまっただろうか。


 かつての指導者として心配になりつつ、そろそろいい頃合いだと、ユウの肩を叩いた。


「準備はいいかい」

「……本当にやるんですか?」

「やらないと負ける。やれば勝てる――かもしれない」

「負けては困るのですが……まぁ、信じましょう。そもそも私たちは、”前座”ですからね」


 そうさ、ボクたちは所詮前座に過ぎない。世界を裏から支配する魔王を倒すのは、いつだって人々の希望を背負った勇者だ。


 どうやらその勇者も悪の手先になっているようだから、その役目は剣聖たる彼に任せよう。


 もっとも、いくら剣聖だって片腕じゃ限界がある。本来共に戦う賢者だとか、そういう仲間もいないというのに、片腕且つ回復魔術も追いつかないほどに身体を酷使しているのも追加だ。


 そんな有様だから、どれか一つでも空いた穴を埋めなければならない。けど、彼のために動けるのは、本来ヒロインたるユウかボクしかいない。


 自分で思っておいてなんだな、と苦笑いしつつ、「行くよ」と確認を取った。


 ユウが頷くと、荒れ狂う魔術の合間を縫うように転移でグレインの元へ距離を詰める。

 あちこちに現れるボクらの姿に、怒り心頭のグレインは闇雲に魔術を放ちながら、捉えられない動きに困惑を見せた。


 その一瞬の隙を突き、グレインの背後へ転移する。やっと防御壁を張るより早く転移できたが、即座に飛び退いて斬撃を避けようとする。だが、そこまでも想定の内だ。


 ボクも無理をして二度連続で転移した。次こそ、その身体のど真ん中――ではなく


「狙いは、ここだよ!」

「なっ!?」


 アステリオンを振り上げ、全力で振り下ろした先は、防御壁の集中するグレインの首でも頭でもない。


 右腕の付け根だ。狙い済ました一撃は、しっかりその部分に刃を突き付けることに成功した。

 しかしグレインの言う通り、アステリオンはボクに真の力を貸していない。付け根に深く斬り込みを入れても、切断まではできない。


 グレインが痛みに顔を歪ませながら、ボクのあてが外れたと思ったのだろう。歪んだ笑みを見せようとして、


「ユウ!!」

「分かっています!!」


 斬撃を加えた部分に生まれた「斬れている」という要素。それをそのまま、続いている部分へ深く移動させ、「斬れていない」要素は、代わりにボクがこの身で受けた。


「これはっ! まさか!!」

「そのまさかだよ!!」


 ボクの一撃によって生じた斬れている部分から先は、ユウの魔術によって斬れている状態になる。お陰でボクの腕も千切れかけたけど、その分グレインの右腕は斬れていない部分がなくなった。


 つまりは、グレインの右腕を支える物はなくなり、切断されたのだ。


 痛みのない要素だけの移動だが、これこそが”戦う力を奪う方法”として期待していた、エンシェントエルフの力だ。


 ボトリと落ちたグレインの右腕は即座に回収する。反撃が来る前に、ユウと共に転移する。


 逃げるのでも、もう片方の腕を狙うのでもない。ボクたちが転移する先は一つだ。

 やることもまた、一つである。


「お待たせ」

「しました!」


 カイムの元へ転移し、ユウの力で切断された腕をくっ付けるのだ。


 彼には悪いが、グレインの――というか、魔族の腕だけど。


 これが、ボクの考えた”馬鹿げた作戦”だ。

 しかしお陰で、剣聖たるカイムにはようやく二本の腕が揃ったのだった。



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