第24話 死ぬべくして剣聖に選ばれていた
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「剣聖よ、どうした? その程度なのか? 魔王はここだぞ?」
「余裕ぶりやがって……クソ……今に見てやがれ……!」
言葉とは裏腹に、グレインを目の前にした時から、これはもはや戦いですらないと分かっていた。
勝てないことくらい承知でアステリオンを振るい、命を懸けても届かないと知りつつ命懸けで戦った。
ひたすら弱音を吐かず、諦めている素振りなど見せず、まだ勝つ気でいるのだとグレインに思わせ続けているのだ。
全ては、ニオとユウが打開策を思いついてくれると信じてだ。
我ながらあまりに他人任せだし、薄氷も張っていない上を渡ろうとしている行為だと思う。
ニオがこの策に乗ってくれるか分からない。仮に乗っても、ユウがどう思っているのか分からない。恨んでいたら説得できるか分からない。敵対でもしたらどうにもならない。
早い話が無理筋だ。こんな事をせず、とっとと逃げれば良かったのだろう。
ニオの言う通り一旦逃げて、世界に真実を明かし、改めてユウを救いに来るのが最良の手なのだろう。
――賢い奴は、そうするのだろう。誰も死なせず解決するには、その選択を取るのだろう。
ユウの心を今以上傷つける代わりに、安全策を取るのか最善手。だが俺は、感覚で分かっていた。もはやユウは”もたない”と。時間の問題ではない。次に見捨てられたら、どんな理由があっても心を壊してしまうと気づいていた。
こんな根拠のない理屈のせいで破滅を抱え込むのは愚かな行為だ。すぐに思考の外に追いやるべきだ。
この二年、読んで知ってきた過去の英雄たちは、きっと揃ってそう言うだろう。
このままでは死んでしまうから馬鹿な事はやめろと、口をそろえるのだろう。
「……ハッ」
「何がおかしいのだ?」
「いや、なんでもねぇよ……ただ、よく聞く台詞って本当なんだと思ってな」
”馬鹿は死ななきゃ治らない”。よくまぁ言ったものだ。これでも結構勉強してきたつもりなんだが、根っこの部分はどうにもならないようだ。
だが、往々にして馬鹿とはしぶといものだ。どんな危機的状況でも、それがどれだけ自分にとって害をなすのかすら分からないから、その状況に留まってしまう。
今がまさにそうだ。片腕で、相手は魔王で、ニオもユウも何をするのか、どう動くのか分からなくて、なにより勝ち目なんかないのに、逃げようだなんて欠片も思わない。
ニオへ一声かけたら逃げられると一瞬頭によぎったが、そんな考えは犬にでも食わせてやる。
代わりに、このままでは勝てないのは明白なので、せめて伝えておくべきことがあると思った。
「なにも思いつきそうになかったら、ユウと二人で逃げろ」だ。
いくら馬鹿でも、無理に突き合わせた責任を取らなくてはならない。そもそも逃げるだけなら、別に俺と一緒じゃなくていいのだが、俺を気にかけてその選択をしないかもしれない。
今の俺に出来るのは、そう思いとどまらせないようにすることだ。、
それに一度外へ逃げたら、俺では思いつかないようなやり方で世界に真実を明かしてくれるかもしれない。グレインを追い詰めてくれるかもしれない。
あくまで希望的観測だ。しかし、確実に希望はあるのだ。
俺の命もまた、確実になくなるわけだが、それはそれだ。上層でジークに騙されたと気づいた時点で、本当なら殺されていたのだ。このシナリオの中で始末される筋書きだったのだ。
シナリオを変えない限り、俺は物語の中に生まれたイレギュラーだ。劇中で死ぬように書かれていた役回りの男が、アドリブを加えたせいで劇その物を多少変えはしたが、そのツケを払う時が来たのだ。
俺はそもそも、排除されるべき存在として剣聖に選ばれた。
そんな役回りだというのに、最期の悪あがきでふざけたシナリオを変えるキッカケを作れるかもしれないのだ。
だから俺は振り返る。ずっとグレインに向いていた身体を背後に向け、「お前たちで逃げろ」と言おうとした。
の、だが……どういうわけか、ニオとユウがいない。まさか先に逃げたのか? と邪推しかけたが、それもまた次の瞬間に間違いだったのだと気づく。
「右に失礼」
ニオとユウが手を取り、俺の真横――アステリオンを握る右手側へと転移してきたのだ。
「ニオ……? お前、なにを……?」
転移はあと一回しかできなかったはずだ。それを、今使った? こんな短距離を詰めるために? いや、そもそもなぜ俺の横に来た?
俺が困惑し、グレインは目を見開き、ニオは不敵に笑う。隣にいるユウは、なぜか申し訳なさそうな顔をしている。
四人がそれぞれ別の感情を顔に映し出している中、口火を切ったのはユウだった。
「怒らないでくださいね?」
自らの手のひらを開いたユウは、俺がアステリオンを握りしめる右手に触れると、聞いたこともない魔術を詠唱する。
すると、硬く握っていた右手のひらが、俺の意思とは関係なく開かれてしまった。
「なっ!?」
思わず声を上げるが、右手のひらを閉じられない。握っていたアステリオンは地へと落ちるが、それをニオが受け止めた。
「ちょっとだけ、返してもらうよ」
「なっ! テメェっ!」
「なに、すぐ返すよ」
「突然なんだって……それにアステリオンは……!」
認められぬ者が手にすれば、黒い拒絶の魔力が現れる。早くに手放さなければ、その身を蝕み始める。
何か対処でもしているのかと思ったが、アステリオンを手にしたニオへ、かつて見たように黒い魔力が襲い来る。
拒絶の魔力だ。俺が無理やり引き出して使っているのと違い、本気で跳ねのけようとしているのだろう。
不敵に笑っていたニオの顔が、痛みからか引きつる。だが、どこか楽しそうに口を開いた。
「拒む癖に、相変わらず力は貸すんだね……変わらない奴ならぬ、変わらない剣だ。さて、じゃあ始めるとしようか――ボクたちの即興劇を!」
ニオが声を大にしてから、ユウと共に再び転移した。そして、二人が現れたのは――
「貴様っ!」
「今度は逃げないよ、グレイン」
まさに、グレインの背後だった。
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