藍電気石人形(インディゴライトドール) 5
「役に立つって……」
「先週、水晶舎を訪ねたときにビードロのことを聞いてね。
男から
(見た目じゃ
僕たちは人にとてもよく似ている。鉱石の種類によって目の色が違う僕らも、それ以外は黒髪にやや白い肌という普通の少年たちと変わらなかった。動きや言葉に人形っぽさはなく、電気のおかげで体温だって感じられる。
(それなのに、どうして僕が
もしかして好事家なんだろうか。だとすれば、どこか知らない場所に連れて行かれるかもしれない。僕は一気に不安になった。動揺する僕に男が微笑みかける。
「わたしは
「え……?」
「そうだった。引き取り当日まで受け取り主の話はしないんだったね」
「……あの、本当に僕の引き取りを……?」
「もちろん。ほら、これが証拠だ。さっき急いで店主にもらってきたんだ」
そう言って男が差し出したのは水晶舎のロゴが入った受取証だった。“
「間違いなく、店の受取証ですね」
「信じてもらえたようでよかった」
男性がホッとしたように笑う。
「もしかして、最初から僕が
「見かけたのは偶然だけど、すぐにきみだとわかったよ。だから慌てて声をかけたんだ」
「慌てて?」
「二日後には迎えに行くはずのきみが、あんなところでフラフラしているなんて驚くだろう? もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って焦ったよ」
つまり、最初から僕が
(そりゃあ僕を選ぶときに顔くらいは見ただろうけど……)
それでも薄暗い夕方の、しかも完全に影になっていた路地の入り口にいた僕に気づくだろうか。
「もしかして何か疑ってるかな?」
「……いえ。店主が許可を出したのなら疑う必要はありません」
「でも疑っている。どうして暗かったあの場所できみに気づくことができたのか気になっている。違うかい?」
男の言葉に頷くことなく、そっと手元のビードロに視線を落とす。
「きみを初めて見たのは二十年ほど前だ」
「え?」
予期していなかった言葉に顔を上げた。
「あの頃、きみたちを作った博士は子どもたちを集めて科学教室を開いていてね。わたしはそこの生徒だったんだ」
博士が普段何をしていたか僕は知らない。二十年前だと僕が作られたあたりだから、まだ眠っていた可能性もある。最年長の
「そのとき屋敷の中で少し迷ってしまってね。トイレを借りたはいいけど、教室を開いていた部屋がどこだかわからなくなってしまったんだ」
「……あの家は増築をくり返しているんで、廊下が半分迷路みたいになっているんです」
「そう、まさに迷路のようだった。そこできみが眠っている部屋に迷い込んでしまったんだ。あのときの衝撃は一生忘れられない。なんて綺麗な子なんだろうと我を忘れて見入ってしまったよ。……あれがわたしの初恋だった」
「え?」
男の言葉に目を見開いた。だってそうじゃないか。人形に恋をするなんてどうかしている。人に愛されるのが存在意義の僕たちだって、人が人に対して抱く恋だの愛だのの対象にならないことくらい知っている。それなのに男は目元を少し赤くしながら僕を見ていた。
「見入っていた僕に、博士は『この子が好きかい?』と聞いてきたんだ。もちろん好きだと即答したよ。そうしたら『この子に溢れんばかりの愛を与えられるようになったら、この子を迎えに来るといい』と言ってくれた。それからのわたしは、きみを迎えるのに相応しい大人になろうと必死だった」
博士がそんなことを……。信じられないけれど、あり得なくはないなと思った。博士は自分の命が残り少ないことをずっと気にしていた。残される僕たちがどうなるか心配し、だから文学者の店主と約束してまで僕たちを任せることにした。
「……あなたは博士が認めた人ってことになるんでしょうか」
「そうあってほしいと願っている。何よりきみがそばにいたいと思ってくれると嬉しいんだけど」
男を見る。三つ揃えのスーツ姿は博士を思い起こさせるからか悪くない。僕を見る眼差しは少し熱っぽいものの穏やかで、やっぱり博士を思い出させた。三十前後に見えるということは、子どものときからずっと僕を想い続けてきたということなのだろう。
(僕を選び、その後もずっと想ってくれてたってことか)
同じ
(しかも二十年近くもなんて)
だから店主も受け取りを認めたのかもしれない。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「博士のように、僕を置いていったりはしませんか?」
男がほんの少し眉尻を下げた。まるで最期を悟った博士のような表情に胸がチクリとする。
「すまない、絶対に置いていかないという約束はできない」
胸がチクチクと痛くなる言葉だ。
「残念ながらわたしには寿命があるからね。でも、死ぬその瞬間まできみのそばにいると誓うよ。もちろん出かけるときも一緒だし、天に召されるそのときまで片時も離れないと約束しよう」
そう言って僕をじっと見つめた。安っぽい言葉だけれど、声に精電気にも似たハレーションが混じっているのを感じる。
僕は「そうですか」と頷いた。博士との思い出にあふれたあの店を出ても、きっと大丈夫。この人なら僕を最期まで愛してくれる。
「僕は
そう言って右手を差し出すと、ふわりと微笑み「倖也でいいよ」と口にした。
電気石人形(トルマリンドール)の見る夢 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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