水のトリトン - 濃尾

濃尾

水のトリトン - 濃尾

水のトリトン - 濃尾







直径約30メートルの半円の線状に綺麗に配置した総勢40人のメーザーガンを構えた少年達。




その電子光学サイトは半円の反対側、直径30メートルの円の先端部にいる一人の少年に狙いを定めていた。




少年も正面、15メートル先の円の中心にいる一人の中年男性に同じ装備を向けている。




「皆、武器を降ろせ。」中年男性が低く逞しい声で言った。


「…お前もだよ、ソロン?」中年男性は‟ソロン”と呼んだ自分にメーザーガンを向けている少年に優しく語りかけた。




「帰ってください、…船長。」ソロンの声は落ち着いていた。




「私は誰も傷つけたくない。それはお前も知っているはずだ、ソロン。そして私達には帰る所はもう無いのだよ。」


‟船長”と呼ばれた中年男性は答えた。




「ええ、貴方が誰も傷つけたくはないと願っている事は知っています。しかし、‟人間の歴史”が、この銃を貴方に向けさせているのです。」




「そう言うお前が今している行為は‟前車の轍わだちを踏む”というものだよ?」




「はい。理解しています。」




「話し合おう、ソロン。」




「調停、講和、条約。貴方たちの歴史でそれが永く続いたことがありましたか?」




「…それでもだ。」船長が少し手を差し伸べた。




「…裁定は下りました。…次動いたら撃ちます…。」ソロンの狙いは揺るがなかった。







地球から観たはくちょう座の方向、約300光年。


‟ケプラー1649”。


その周囲を地球時間、約20日で回る‟ケプラー1649c”は水に覆われた惑星であった。


そこに‟トリトン”が到着したのは今から約半年前。




トリトンの恒星間航行の間、約400年、眠っていたものが目覚め始めた。




地球人の少年達。




彼らの見た目はほぼ均質で15、6歳に見えた。緩いカールのかかった淡いブルーの髪を耳にかかるくらいのボブヘアにしている。




瞳はハシバミ色。色白、華奢で身長は約170センチ。服装は薄手の紺、栗色、緑のチュニック。




その数十人の少年の中にひときわ目を惹く少年がいた。




見かけは他の少年とさほど変わりないが、髪の色がただ一人、染付のようなコバルトブルーだった。


チュニックの色もただ一人、ボルドーの赤。




少年たちの集団はしきりにコバルトブルーの髪色の少年に話しかけ、その少年はそれに答えてあちこち指を差していた。




どうやらリーダーのようだ。




やがて会話が終わると制服の色ごとに隊列を組み、静止した。




トリトンはナミアゲハの蛹のような複雑な曲面を持った紡錘形に、一面艶のない緑青色の船体色だった。




広い上甲板に整列した彼らは何かを待っていた。




やがて上甲板のひときわ高い場から一人の男が現れた。




紫色のチュニックに腰までの長さの緋色のマント。


年齢は40代前半だろうか?


身長は少年たちとさほど変わらないが、がっしりとした体躯だ。




何より目を惹かれるのが、この男の髪色もコバルトブルーだった。




「船長に、敬礼っ!」最前列中央のボルドーの赤い制服、コバルトブルーの髪色の少年が号令した。




隊列の50名ほどの少年たちは一斉に右手を額の右眉上に拳を当てた。




男は少年たちをゆっくり見まわし、答礼した。そして言った。




「トリトンの子らよ、我々は遂に着いた。約束の地に。さあ、始めよう!」









‟ケプラー1945c”は単に‟ケプラー”とトリトン乗組員に呼ばれていた。‟ケプラー1945”は‟ケプラーの太陽”と呼ばれていた。




先程も触れたが、ケプラーの太陽をケプラーが公転する周期は地球時間で約20日(20ソル)。




大きさは地球とほぼ同じ大きさである。




ケプラーに着水する前にロボットによる入念な探査がされたが島嶼の影はなく、海洋底の平均深度は約1000メートルあった。




気象はケプラーの気温と海水温を常に全球で平均約26℃に穏やかに保っていた。




海水の組成は地球とは違うバランスで微量元素は並んでいたが、概ね平均的な地球の海水と変わらないだろうという化学分析だった。




海水からのDNA、RNAサンプルは全く得られなかった。




海洋底の岩礁をロボットで探査し、持ち帰った多くのサンプルは大変良好な結果で資源も豊富だろう、と言える分析結果だった。




「未踏の楽園」。




それがケプラーの第一印象だった。











ケプラーに着水して約20ソル。




当直の少年のレーダーが右舷から何か近づいてくるのを見つけた。少年はモニターで確かめた。


…人間が泳いでくる!約80メートル。




非常呼集がかけられて全周囲警戒態勢がとられた。


しかし、右舷から近づいてくる人間以外何も見えなかった。




船長が舷側を覗き込んだ。少年だった。




「どこから来た!」船長は高さ60メートルはあろうかという喫水線に向かい叫んだ。




少年は舷側の反対側を指さした。




「他に仲間は!」少年は首を横に振った。




「言葉が通じてる…?おおい!今からボートを降ろす!登ってこい!」船長が指図した。




「タリス、ボートを降ろせ!そして誰も、何があっても、敵対的行動を絶対に取らぬように!初めてのお客様だ!解ったな!?」




ボートが降ろされ少年を収容し、上甲板まで引き揚げた。




泳いできた少年は驚くほどトリトンの少年たちと顔つき体つきが似ていた。




違いは特殊な光り方をする体にピッタリとしたスーツで顔面と手足以外は覆われている事と、手足にみずかきがあり、耳介から肩にかけて薄いひだがある事だけだった。




少年たちを上甲板から引き上げさせ、泳いできた少年と、船長、そして、ボートを降ろした‟タリス”と呼ばれたコバルトブルーの髪色の少年だけが残り、ソファと椅子とテーブルが用意された。




「ようこそ。お客人。私の名前はヴェヌス・ラングル。腹はすいてないかい?私の言葉が解るかい?」椅子に座った船長は穏やかに微笑んだ。




「あなたの、ことば、わかり、ます。わたしの、なまえは‟そろん”、です。はじめ、まして。らんぐる、さん。」




と‟ソロン”と名乗った少年はソファに座り船長をじっと見つめながら無表情で答えた。




「言葉が通じるのか?いいぞ!ああ、私の事はヴェヌス、と呼んでくれ給え。…先ほどと同じ質問で済まないが、君は何処から来たのだね?」




「あちら、です。とても、とおい。」と少年はまた泳いできた方向を指さした。




「どのくらい、とおい?」




「とても、とおい。」




「うーん、時間と距離か…。」船長はコバルトブルーの横分けにした髪をまさぐった。




「…良い出だしです。焦らずとも。」船長の横に起立していたタリスがややきつい眼差しで少年を見ながら同じコバルトブルーの髪を海風にたなびかせながら助言した。




「…そうだな、上出来だ。ねえ?君はこんなもの食べられるかい?」船長はそういうとガラスの皿に盛られ、ホイップクリームとサクランボが添えられたカスタードプディングを少年の前に押し出した。




少年はテーブルに顔を引き付け、カスタードプディングの匂いを嗅いだ。「…。」




「どうかな?」期待に胸を膨らませ、船長の目は大きく見開かれた。




「…いただき、ます。」少年は微笑んだ。




「そうか!あ、これはスプーンと言って…。」と船長が食事のマナーを説明しようとすると、




「わかり、ます。」といって少年はナフキンを首に差し込み、器用にスプーンでカスタードプディングを掬すくって食べて見せた。




「こりゃあ、たまげた!」滅多にない船長のあまり上品でない一言にタリスは危うく噴き出す所だった。




「おいしい、です、とても、とても。」




ソロンは二人を見て嬉しそうに微笑んだ。実に嬉しそうに。









「あちら側に回り込んでくれぇ!ロープに気をつけてなぁ!」




トリトン乗組員の少年がそう言うと、ソロンは手を振って舷側から船底へ潜っていった。


と、思うと既にロープ片手に反対舷側から顔を出した。




「…ここ一回り何千メートルあると思う?」


「さあ?でも、俺なら底まで行く前に死んでるよ…。」


「あの耳の所のひだ、アレが…。」


「ああ、鰓えらなんだろ?」


「水中で息が出来る。それだけじゃない。手足に水かき。そしてあのスーツ…。」


「ああ、オレは昨日、水面から奴がジャンプしたのを見たよ。…アレは第二甲板まで届いてたね…。」




「一体何もんなんだい?」




「さあ?船長が‟お構いナシ”っていうんだからオレらの知る事じゃないよ。何しろ‟船長直属”だからな…。」


「知ってるか?あいつ、なにも食わないらしいぜ?」


「え?…でも船長のクリスマス用カスタードプディングを…?」


「食べれない訳じゃない。食べなくとも良いらしい。‟光合成”だって。」




「…ああ!あの‟お昼寝タイム”!」




「そう!」




「…本当に何もんなんだい!?」




「さあ!?船長が‟お構いナシ”っていうんだからオレらの知る事じゃないよ!何しろ‟船長直属”だからな!」







「ああ!ソロン、やはりここか。」




「あ!船長!お邪魔でしたか?すぐに…」


「いや、そうじゃない。…君が収集していない情報はもうここ、‟閲覧室”にしかないと聞いたよ?」


「データライブラリは重複情報が多いですね。しかし、ここの‟本物の本”は素晴らしいです…。」




「そういうものも重要なのさ、って‟釈迦に説法”だな。」




「フフ、面白い言い回しですね、ソレ?」




「ハハッ、そう言われたらそうだな。…君がここに着いて3か月。もう言葉で不自由は感じないだろ?物凄い語学力だ。」




「いいえ。実際、今も勉強になりました。」




「他の学科も最近は首位独走だ。‟知る”って楽しいだろ?」




「知らない事ばかりです。…でも知って苦しい事もある、と知りました…。」 ソロンの顔が曇った






「…それは何だい?」船長はソロンの横の椅子に座りながら言った。




「いろいろ、です…。」重厚なテーブルに目を伏せたソロンの眉間にしわが寄った。




「例えば?」




「人類の…歴史です。」




「…なるほど。」船長も眉間にしわを寄せ天井を見上げた。




「人類の歴史は…‟殺し合いの歴史”ともいえそうです…。」ソロンは低く呟いた。




「ああ、…。残念な事だ…。」船長は同意した。




「‟殺すな”、と多くの書物のデータに刻まれています。しかし、人間は殺し合ってきました…。」




「地球上に繫栄したあらゆる動物の中で人類程、同種同士で組織だった殺戮さつりくをする動物はそれほどいない。激しい攻撃性が同種にも向けられる。しかし、彼らにも訳があった。‟仲間を護る”、という理由が。」




「基本的に自分に遺伝的に親しい同種を‟同族”と見做し、それ以外を排除しようとする行動ですね?それが‟戦争”の根幹でしょう…。」




「…惑星間航行技術を得てもそれは変わらなかった。…我々トリトンの乗組員はその‟最後の希望”なのだよ。…いや、訂正する。最後の希望だと‟思っていた”。」




船長は遠くを見つめた。




「今から地球時間で約400年前、太陽系戦争が起こった。詳細は判らないが、‟火星連合の中の狂信的集団”が太陽に‟重力子爆弾”を投射したようだ…。彼らは太陽系全体を葬り去る行動を起こしたのだよ…。」




「…はい。」




「それを知った我々は戦争をやめて人類の生き残りを図った。とても幸運なことに、重力子爆弾がエネルギーを開放するまで約3年あった。」




船長はうなだれてため息をついた。




「人類の希望を託すため創られたのが‟トリトンプロジェクト” なのだ。正確にはトリトンは船の名前じゃない。恒星間航行船と我々乗組員の総称だ。」








顔を上げ、船長は続けた。




「地球から約300光年先にハビタブルゾーンがある可能性が高い星、‟ケプラー1649c”に定住する基盤を創る。それがトリトンプロジェクトだ。」




「…はい…。」




「我々はケプラーに着いた。幸運にも定住可能性が高い惑星に。しかし先客がいた。君だよ。ソロス。…君は一体何者なんだい?」




ソロンはゆっくりと立ち上がって振り向くと船長の目をじっと見て言った。






「船長に大事なお話があります。…貴方たちが戦争をやめてトリトンプロジェクトに専念し始めた時、貴方が言う火星連合の中の狂信的集団は密かに計画を立てていました。同族だけ生き延びて、全てを滅ぼし去る計画を。」




「…何て事だ…。」




「彼らは‟ハイパーループ”を完成させました。光速の99.999%で移動できる仕組みです。貴方たちが来ることは100年前から想定されていました。私は‟裁定者”です。…船長。」







「‟裁定者”…。何を裁定するのだね?」




「船長、少し長くなりますが聞いてください。…我々がここにきて100年。我々の‟始祖”は新たな安住地が見つかれば、自らのような‟古い人類”と同じ過ちはもう二度と繰り返してほしくない、と思いました。」




「…。」




「攻撃性の抑制、環境との調和、平和で穏やかな暮らし…。我々はそれを成し遂げました。」




「…構成員の数は?」




ソロンは船長の質問を無視して続けた。




「しかし、それを脅かすかも知れない存在がやがて来る。その存在を‟見極める”のが私に課せられた使命です。」




「見極める?」




「私の同族は私程、地球人に似ていません。貴方たちとのコミュニケーションのために私はリデザインされています。我々は古い人類についての情報が多く欠落していました。そのために私が差し向けられました。」




「そうなのか…。」




「…貴方たちとのコミュニケーションで学んだ貴方たちという存在は‟侵略性”が高い、と私は判断しました。」




「…具体的には?」




「人類の歴史。そして貴方たち。トリトン乗組員の集団統率の為の秩序、規律、罰則。すべて他集団と争うための基盤です。私たちが棄てたものです。」




「…君たち先住者に我々も学ぼう。ソロン、我々を助けてくれないか?」




「‟同化”。我々と同じデザインを受け入れて古い人類である事を放棄できますか?」




「それは…出来かねる。…それは、…大変失礼だが…、‟人間性の消失”、とは言えないかね?」




「…‟応え”は判っていました。もし、私がそれを許せば、ここで貴方たちは繫栄する。無秩序に。そして環境から奪いつくし、集団は分裂し、また争いを始める。そして死ぬ。多くの者が死ぬ。我々を巻き込んで。それは許せません。そういう時の為に私が用意されました。…私には…貴方たち古い人類を一瞬で消し去る‟力”があります。」




「…どうやって?」




「…‟力の行使”です。具体的手段は言う必要はありません。言っておきますが、私は‟力”を背景に貴方たちを同化したくはありません。」




「君たちには干渉しない。決して!」




「…その約束が信用できる根拠は?」




「…私を信用してくれ!」




「船長は信用に値する人物です。…しかしその後は?」




「皆に約束させる!命に代えても!」




「…信用できたらいいのですが。…根拠が薄弱です。私も‟同族”の運命がかかっています。安請け合いは出来ないのです。」




「ではどうしたらよい!?」




「この星から立ち去って頂きたい。」








「…。」




「そうでしょう。出来ないでしょう。この星程、理想的な居住環境を見つけることは難しいでしょう。貴方たちはまた戻って来る。」




「…まだ交渉の余地はないかい?話し合おう。」




「…無駄です。古い人類にはどうあがいても先はありません…。同化しましょう。我々に。」








「…少し考えさせてくれ、皆の意見も聞きたい。」




「貴方が‟力”について説明しても…反乱、そして私への拷問でしょう。私の同族について聞き出そうとするでしょう。お断りしておきますが、私の記憶は思念通信で同族と今も共有中です。貴方たちと合う前から。




「何?」




「そして私はその苦痛を耐え忍ぼうとは思っていません。そう言う状況が発生したらすぐにでも‟力”を行使します。」


「待ってくれ!」




ソロンは船長へ顔を近づけた。




「…船長、貴方は未知の恐怖に怯えています。それには心から同情します。しかし、我々と同化して失うものは‟支配欲”だけです…。船長、…貴方には、解るはずです…。」




ソロンは泣いていた。




「…コレが‟激情”、というものですか?…何と形容したらよいのか…。」




「…認めよう…。ソロンを見ていると…解る気がする…。しかし、私には他の者を全員説得できる自信が…ない…。私は、彼らへの責任が、ある…。」




船長の目からも頬へ涙が伝った。




船長の前から横へ移動してソロンは座った。




「…苦しいかい?」船長が聞いた。




「はい。とても苦しい…。」ソロンが答えた。




船長はそっとソロンの手を取った。




二人の間に沈黙が訪れた。






長い間、うなだれていたソロンがゆっくりと背筋を伸ばし、前を見たまま言った。


「…船長、私から一つ提案があります…。」









直径約30メートルの半円の線状に綺麗に配置した総勢40人のメーザーガンを構えた少年達。








その電子光学サイトは半円の反対側、直径30メートルの円の先端部にいる一人の少年に狙いを定めていた。




少年も正面、15メートル先の円の中心にいる一人の中年男性に同じ装備を向けている。




「皆、武器を降ろせ。」中年男性が低く逞しい声で言った。




「…お前もだよ、ソロン?」中年男性は‟ソロン”と呼んだ自分にメーザーガンを向けている少年に優しく語りかけた。




「帰ってください、…船長。」ソロンの声は落ち着いていた。




「私は誰も傷つけたくない。それはお前も知っているはずだ、ソロン。そして私達には帰る所はもう無いのだよ。」‟船長”と呼ばれた中年男性は答えた。




「ええ、貴方が誰も傷つけたくはないと願っている事は知っています。しかし、‟人間の歴史”がこの銃を貴方に向けさせているのです。」




「そう言うお前が今している行為は‟前車の轍を踏む”というものだよ?」




「はい。理解しています。」




「話し合おう、ソロン。」




「調停、講和、条約。貴方たちの歴史でそれが永く続いたことがありましたか?」




「…それでもだ。」船長が少し手を差し伸べた。




「…裁定は下りました。…次動いたら撃ちます…。」ソロンの狙いは揺るがなかった。




「何故こんなことに!?」タリスがソロンから目を離さず他の乗組員に声を潜めて聞いた。




「解りません!…船長からの総員上甲板に装備B‐2で集合、との連絡で着て見たらこの状況でした!」




「…ソロン!もし貴様が発砲したら、私は貴様を射殺する!他の者は発砲禁止!」タリスが叫んだ。




「そして船長が死んだらタリス、君が‟メタモルフォーゼ”して‟次代船長”になるのでしょう?‟冗長性の確保”…船長は用済みです。」




ソロンがメーザーガンの引き金を引いた。




鞭を撃つような音と共に船長の額に当たった光線が船長を後ろへ倒しタリスもソロンに発砲しソロンも崩れ落ちた。









「私がメーザーガンの出力を減衰させて船長に発砲したのが何故、判ったのですか?」ソロンが医務室のベッド上でタリスに聞いた。




「判ったわけでは無い。しかし馬鹿にするな。状況が出来過ぎていた。作為を感じた。お前と船長のな。船長の安否を確かめてからでもお前を殺すのは遅くはない。…ソロン、…お前は一体何がしたかったのだ?」




「…裁定者としての務めです。しかし、もう一度、確かめる必要を感じました。…タリス、断っておきますが、もし貴方があの時メーザーガンで殺そうとしてもそれは出来ませんでした。私にはまだ勤めがありますから。」




「…そうなのか。…何を確かめるんだ?」




「…‟我々の未来の可能性”です。…私は…判らなくなりました。…今も判りません…。」




「それはつまり、どういうことだい?ソロン?」




ソロンの隣のベッドに寝ている船長が聞いた。






ソロンは二人を見て嬉しそうに微笑んだ。実に嬉しそうに。










            完



【後書き】


克明な夢の断片を覚えています。


水中を魚のようなスピードで泳ぐ私らしき少年主人公「水生人?」。


周辺で私を追う普通の人間の少年達。


彼らがWWⅠ期のような小銃で撃ってきますが圧倒的なスピードと水によるらしい減衰で私は致命傷は負わない。


私が追われている理由はその前に彼らのリーダーらしき男を私が射殺したからです。


私が持つ小銃に着剣した銃剣の先端に小銃弾が当たり刃の先端がこぼれる。


わたしはますますスピードを上げました。


他にも示唆的でありながら解けない謎のような夢の断片。


それを物語にしました。















































直径約30メートルの半円の線状に綺麗に配置した総勢40人のメーザーガンを構えた少年達。








その電子光学サイトは半円の反対側、直径30メートルの円の先端部にいる一人の少年に狙いを定めていた。








少年も正面、15メートル先の円の中心にいる一人の中年男性に同じ装備を向けている。








「皆、武器を降ろせ。」中年男性が低く逞しい声で言った。








「…お前もだよ、ソロン?」中年男性は‟ソロン”と呼んだ自分にメーザーガンを向けている少年に優しく語りかけた。








「帰ってください、…船長。」ソロンの声は落ち着いていた。








「私は誰も傷つけたくない。それはお前も知っているはずだ、ソロン。そして私達には帰る所はもう無いのだよ。」




‟船長”と呼ばれた中年男性は答えた。








「ええ、貴方が誰も傷つけたくはないと願っている事は知っています。しかし、‟人間の歴史”が私にこの銃を貴方に向けさせているのです。」








「そう言うお前が今している行為は‟前車のわだちを踏む”というものだよ?」








「はい。理解しています。」








「話し合おう、ソロン。」








「調停、講和、条約。貴方たちの歴史でそれが永く続いたことがありましたか?」








「…それでもだ。」船長が少し手を差し伸べた。








「…裁定は下りました。…次動いたら撃ちます…。」ソロンの狙いは揺るがなかった。



























































地球から観たはくちょう座の方向、約300光年。








‟ケプラー1649”。








その周囲を地球時間、約20日で回る‟ケプラー1649c”は水に覆われた惑星であった。
















そこに‟トリトン”が到着したのは今から約半年前。








トリトンの恒星間航行の間、約400年、眠っていたものが目覚め始めた。








地球人の少年達。








彼らの見た目はほぼ均質で15、6歳に見えた。緩いカールのかかった淡いブルーの髪を耳にかかるくらいのボブヘアにしている。




瞳はハシバミ色。色白、華奢で身長は約170センチ。服装は薄手の紺、栗色、緑のチュニック。




その数十人の少年の中にひときわ目を惹く少年がいた。




見かけは他の少年とさほど変わりないが、髪の色がただ一人、染付のようなコバルトブルーだった。




チュニックの色もただ一人、ボルドーの赤。




少年たちの集団はしきりにコバルトブルーの髪色の少年に話しかけ、その少年はそれに答えてあちこち指を差していた。








どうやらリーダーのようだ。








やがて会話が終わると制服の色ごとに隊列を組み、静止した。








トリトンはナミアゲハの蛹のような複雑な曲面を持った紡錘形に、一面艶のない緑青色の船体色だった。








広い上甲板に整列した彼らは何かを待っていた。
















やがて上甲板のひときわ高い場から一人の男が現れた。








紫色のチュニックに腰までの長さの緋色のマント。








年齢は40代前半だろうか?身長は少年たちとさほど変わらないが、がっしりとした体躯だ。








何より目を惹かれるのが、この男の髪色もコバルトブルーだった。








「船長に、敬礼っ!」最前列中央のボルドーの赤い制服、コバルトブルーの髪色の少年が号令した。








隊列の50名ほどの少年たちは一斉に右手を額の右眉上に拳を当てた。
















男は少年たちをゆっくり見まわし、答礼した。そして言った。








「トリトンの子らよ、我々は遂に着いた。約束の地に。さあ、始めよう!」































































‟ケプラー1945c”は単に‟ケプラー”とトリトン乗組員に呼ばれていた。‟ケプラー1945”は‟ケプラーの太陽”と呼ばれていた。








先程も触れたが、ケプラーの太陽をケプラーが公転する周期は地球時間で約20日(20ソル)。








大きさは地球とほぼ同じ大きさである。








ケプラーに着水する前にロボットによる入念な探査がされたが島嶼の影はなく、海洋底の平均深度は約1000メートルあった。








気象はケプラーの気温と海水温を常に全球で平均約26℃に穏やかに保っていた。








海水の組成は地球とは違うバランスで微量元素は並んでいたが、概ね平均的な地球の海水と変わらないだろうという化学分析だった。




海水からのDNA、RNAサンプルは全く得られなかった。








海洋底の岩礁をロボットで探査し、持ち帰った多くのサンプルは大変良好な結果で資源も豊富だろう、と言える分析結果だった。








「未踏の楽園」。








それがケプラーの第一印象だった。























































ケプラーに着水して約20ソル。








当直の少年のレーダーが右舷から何か近づいてくるのを見つけた。少年はモニターで確かめた。…人間が泳いでくる!約80メートル。




非常呼集がかけられて全周囲警戒態勢がとられた。しかし、右舷から近づいてくる人間以外何も見えなかった。








船長が舷側を覗き込んだ。少年だった。








「どこから来た!」船長は高さ60メートルはあろうかという喫水線に向かい叫んだ。








少年は舷側の反対側を指さした。








「他に仲間は!」少年は首を横に振った。








「言葉が通じてる…?おおい!今からボートを降ろす!登ってこい!」船長が指図した。




「タリス、ボートを降ろせ!そして誰も、何があっても、敵対的行動を絶対に取らぬように!初めてのお客様だ!解ったな!?」








ボートが降ろされ少年を収容し、上甲板まで引き揚げた。
















泳いできた少年は驚くほどトリトンの少年たちと顔つき体つきが似ていた。




違いは特殊な光り方をする体にピッタリとしたスーツで顔面と手足以外は覆われている事と、手足にみずかきがあり、耳介から肩にかけて薄いひだがある事だけだった。
















少年たちを上甲板から引き上げさせ、泳いできた少年と、船長、そして、ボートを降ろした‟タリス”と呼ばれたコバルトブルーの髪色の少年だけが残り、ソファと椅子とテーブルが用意された。
















「ようこそ。お客人。私の名前はヴェヌス・ラングル。腹はすいてないかい?私の言葉が解るかい?」椅子に座った船長は穏やかに微笑んだ。
















「あなたの、ことば、わかり、ます。わたしの、なまえは‟そろん”、です。はじめ、まして。らんぐる、さん。」




と‟ソロン”と名乗った少年はソファに座り船長をじっと見つめながら無表情で答えた。
















「言葉が通じるのかい?いいぞ!ああ、私の事はヴェヌス、と呼んでくれ給え。…先ほどと同じ質問で済まないが、君は何処から来たのだね?」
















「あちら、です。とても、とおい。」と少年はまた泳いできた方向を指さした。








「どのくらい、とおい?」








「とても、とおい。」








「うーん、時間と距離か…。」船長はコバルトブルーの横分けにした髪をまさぐった。








「…良い出だしです。焦らずとも。」船長の横に起立していたタリスがややきつい眼差しで少年を見ながら同じコバルトブルーの髪を海風にたなびかせながら助言した。








「…そうだな、上出来だ。ねえ?君はこんなもの食べられるかい?」船長はそういうとガラスの皿に盛られたカスタードプディングを少年の前に押し出した。
















少年はテーブルに顔を引き付けカスタードプディングの匂いを嗅いだ。「…。」








「どうかな?」期待に胸を膨らませ、船長の目は大きく見開かれた。








「…いただき、ます。」少年は微笑んだ。








「そうか!あ、これはスプーンと言って…。」と船長が食事のマナーを説明しようとすると、








「ありがとう、ござい、ます。わかり、ます。」といって少年はナフキンを首に差し込み、器用にスプーンでカスタードプディングをすくって食べて見せた。








「こりゃあ、たまげた!」滅多にない船長のあまり上品でない一言にタリスは危うく噴き出す所だった。








「おいしい、です、とても、とても。」ソロンは二人を見て嬉しそうに微笑んだ。実に嬉しそうに。























































「あちら側に回り込んでくれぇ!ロープに気をつけてなぁ!」








トリトン乗組員の少年がそう言うと、ソロンは手を振って舷側から船底へ潜っていった。








と、思うと既にロープ片手に反対舷側から顔を出した。








「…ここ一回り何千メートルあると思う?」








「さあ?でも俺なら底まで行く前に死んでるよ…。」








「あの耳の所のひだ。アレが…。」








「ああ、えらなんだろ?」








「水中で息が出来るだけじゃない。手足に水かき。そしてあのスーツ…。」








「ああ、オレは昨日、水面から奴がジャンプしたのを見たよ。…アレは第二甲板まで届いてたね…。」








「一体何もんなんだい?」








「さあ?船長が‟お構いナシ”っていうんだからオレらの知る事じゃないよ。何しろ‟船長直属”だからな…。」








「知ってるか?あいつ、なにも食わないらしいぜ?」








「え?…でも船長のクリスマス用カスタードプディングを…?」








「食べれない訳じゃない。食べなくとも良いらしい。‟光合成”だって。」








「…ああ!あの‟お昼寝タイム”!」








「そう!」








「…本当に何もんなんだい!?」








「さあ!?船長が‟お構いナシ”っていうんだからオレらの知る事じゃないよ!何しろ‟船長直属”だからな!」























































「ああ、ソロン、やはりここか。」








「あ!船長!お邪魔でしたか?すぐに…」








「いや、そうじゃない。…君が収集していない情報はもうここ、‟閲覧室”にしかないと聞いたよ?」








「データライブラリは重複情報が多いですね。しかし、ここの‟本物の本”は素晴らしいです…。」








「そういうものも重要なのさ、って‟釈迦に説法”だな。」








「フフ、面白い言い回しですね、ソレ?」








「君がここに着いて3か月。もう言葉で不自由は感じないだろ?物凄い語学力だ。」








「いいえ。実際今も勉強になりました。」








「他の学科も最近は首位独走だ。‟知る”って楽しいだろ?」








「知らない事ばかりです。…でも知って苦しい事もある、と知りました…。」








「…それは何だい?」船長はソロンの横の椅子に座りながら言った。








「いろいろ、です…。」重厚なテーブルに目を伏せたソロンの眉間にしわが寄った。








「例えば?」








「人類の…歴史です。」








「…なるほど。」船長も眉間にしわを寄せ天井を見上げた。








「人類の歴史は…‟殺し合いの歴史”ともいえそうです…。」ソロンは低く呟いた。








「ああ、…。残念な事だ…。」船長は同意した。








「‟殺すな”、と多くの書物のデータに刻まれています。しかし、人間は殺し合ってきました…。」








「地球上に繫栄したあらゆる動物の中で人類程、同種同士で組織だった殺戮さつりくをする動物はそれほどいない。激しい攻撃性が同種にも向けられる。しかし、彼らにも訳があった。‟仲間を護る”、という理由が。」








「基本的に自分に遺伝的に親しい同種を‟同族”と見做し、それ以外を排除しようとする行動ですね?それが‟戦争”の根幹でしょう…。」








「…惑星間航行技術を得てもそれは変わらなかった。…我々トリトンの乗組員はその‟最後の希望”なのだよ。…いや、訂正する。最後の希望だと‟思っていた”。」




船長は遠くを見つめた。




「今から地球時間で約400年前、太陽系戦争が起こった。詳細は判らないが、‟火星連合の中の狂信的集団”が太陽に‟重力子爆弾”を投射したようだ…。彼らは太陽系全体を葬り去る行動を起こしたのだよ…。」








「…はい。」








「それを知った我々は戦争をやめて人類の生き残りを図った。とても幸運なことに、重力子爆弾がエネルギーを開放するまで約3年あった。」




船長はうなだれてため息をついた。




「人類の希望を託すため創られたのが‟トリトンプロジェクト” なのだ。正確にはトリトンは船の名前じゃない。恒星間航行船と我々乗組員の総称だ。」




顔を上げ、船長は続けた。




「地球から約300光年先にハビタブルゾーンがある可能性が高い星、‟ケプラー1649c”に定住する基盤を創る。それがトリトンプロジェクトだ。」








「…はい…。」








「我々はケプラーに着いた。幸運にも定住可能性が高い惑星に。しかし先客がいた。君だよ。ソロス。…君は一体何者なんだい?」
















ソロンはゆっくりと立ち上がって振り向くと船長の目をじっと見て言った。
















「貴方たちが戦争をやめてトリトンプロジェクトに専念し始めた時、貴方が言う火星連合の中の狂信的集団は密かに計画を立てていました。同族だけ生き延びて、全てを滅ぼし去る計画を。」




「…何て事だ…。」




「彼らは‟ハイパーループ”を完成させました。光速の99.999%で移動できる仕組みです。貴方たちが来ることは100年前から想定されていました。私は‟裁定者”です。…船長。」







































































「‟裁定者”…。何を裁定するのだね?」








「船長、少し長くなりますが聞いてください。…我々がここにきて100年。我々の‟始祖”は新たな安住地が見つかれば、自らのような‟古い人類”と同じ過ちはもう二度と繰り返してほしくない、と思いました。」




「…。」




「攻撃性の抑制、環境との調和、平和で穏やかな暮らし…。我々はそれを成し遂げました。」




「…構成員の数は?」




ソロンは船長の質問を無視して続けた。




「しかし、それを脅かすかも知れない存在がやがて来る。その存在を‟見極める”のが私に課せられた使命です。」




「見極める?」




「私の同族は私程、地球人に似ていません。貴方たちとのコミュニケーションのために私はリデザインされています。我々は古い人類についての情報が多く欠落していました。そのために私が差し向けられました。」




「そうなのか…。」




「貴方たちとのコミュニケーションで学んだ貴方たちという存在は‟侵略性”が高い、と私は判断しました。」








「…具体的には?」








「人類の歴史。そして貴方たち、トリトン乗組員の集団統率の為の秩序、規律、罰則。すべて他集団と争うための基盤です。私たちが棄てたものです。」








「…君たち先住者に我々も学ぼう。ソロン、我々を助けてくれないか?」








「‟同化”。我々と同じデザインを受け入れて古い人類である事を放棄できますか?」








「それは…出来かねる。…それは、…失礼だが、‟人間性の消失”とは言えないかね?」








「…‟応え”は判っていました。もし、私がそれを許せば、ここで貴方たちは繫栄する。無秩序に。そして環境から奪いつくし、集団は分裂し、また争いを始める。そして死ぬ。多くの者が死ぬ。我々を巻き込んで。それは許せません。そういう時の為に私が用意されました。私には…貴方たち古い人類を‟一瞬で消し去る力”があります。」


「…どうやって?」


「‟力の行使”です。具体的手段は言う必要はありません。言っておきますが、私は‟力”を背景に貴方たちを同化したくはありません。」


「君たちには干渉しない。決して!」




「…その約束が信用できる根拠は?」




「…私を信用してくれ!」




「船長は信用に値する人物です。…しかしその後は?」




「皆に約束させる!命に代えても!」




「…信用できたらいいのですが、根拠が薄弱です。私も‟同族”の運命がかかっています。安請け合いは出来ないのです。」




「ではどうしたらよい!?」




「この星から立ち去って頂きたい。」




「…。」




「そうでしょう。出来ないでしょう。この星程、理想的な居住環境を見つけることは難しいでしょう。貴方たちはまた戻って来る。」




「…まだ交渉の余地はないかい?話し合おう。」




「…無駄です。古い人類にはどうあがいても先はありません…。同化しましょう。我々に。」




「…少し考えさせてくれ、皆の意見も聞きたい。」




「貴方が‟力”について説明しても…反乱、そして私への拷問でしょう。私の同族について聞き出そうとするでしょう。お断りしておきますが、私の記憶は思念通信で同族と今も共有中です。貴方たちと合う前から


「何?」




「そして私はその苦痛を耐え忍ぼうとは思っていません。そう言う状況が発生したらすぐにでも‟力”を行使します。」




ソロンは船長へ顔を近づけた。




「…船長、貴方は未知の恐怖に怯えています。それには心から同情します。しかし、我々と同化して失うものは‟支配欲”だけです…。船長、…貴方には解るはずです…。」




ソロンは泣いていた。




「…コレが‟激情”、というものですか?…何と形容したらよいのか…。」




「…認めよう…。ソロンを見ていると…解る気がする…。しかし私には他の者を全員説得できる自信がない…。私は彼らへの責任が、ある…。」








船長の目からも頬へ涙が伝った。




船長の前から横へ移動してソロンは座った。




「苦しいかい?」船長が聞いた。




「はい。とても苦しい…。」ソロンが答えた。




二人の間に沈黙が訪れた。






長い間、うなだれていたソロンがゆっくりと背筋を伸ばし、前を見たまま言った。


「…船長、私から一つ提案があります…。」













直径約30メートルの半円の線状に綺麗に配置した総勢40人のメーザーガンを構えた少年達。




その電子光学サイトは半円の反対側、直径30メートルの円の先端部にいる一人の少年に狙いを定めていた。








少年も正面、15メートル先の円の中心にいる一人の中年男性に同じ装備を向けている。




「皆、武器を降ろせ。」中年男性が低く逞しい声で言った。




「…お前もだよ、ソロン?」中年男性は‟ソロン”と呼んだ自分にメーザーガンを向けている少年に優しく語りかけた。




「帰ってください、…船長。」ソロンの声は落ち着いていた。




「私は誰も傷つけたくない。それはお前も知っているはずだ、ソロン。そして私達には帰る所はもう無いのだよ。」‟船長”と呼ばれた中年男性は答えた。




「ええ、貴方が誰も傷つけたくはないと願っている事は知っています。しかし、‟人間の歴史”が私にこの銃を貴方に向けさせているのです。」




「そう言うお前が今している行為は‟前車の轍を踏む”というものだよ?」


「はい。理解しています。」






「話し合おう、ソロン。」






「調停、講和、条約。貴方たちの歴史でそれが永く続いたことがありましたか?」




「…それでもだ。」船長が少し手を差し伸べた。




「…裁定は下りました。…次動いたら撃ちます…。」ソロンの狙いは揺るがなかった。






「何故こんなことに!?」タリスがソロンから目を離さず他の乗組員に声を潜めて聞いた。


「解りません!…船長からの総員上甲板に装備B‐2で集合、との連絡で着て見たらこの状況でした!」




「…ソロン!もし貴様が発砲したら、私は貴様を射殺する!他の者は発砲禁止!」タリスが叫んだ。




「そして船長が死んだらタリス、君が‟メタモルフォーゼ”して‟次代船長”になるのでしょ?‟冗長性の確保”…船長は用済みです。」




ソロンがメーザーガンの引き金を引いた。




鞭を撃つような音と共に船長の額に当たった光線が船長を後ろへ倒し、タリスもソロンに発砲した。




ソロンも崩れ落ちた。











「私がメーザーガンの出力を減衰させて船長に発砲したのが何故、判ったのですか?」ソロンが医務室のベッド上でタリスに聞いた。








「判ったわけでは無い。しかし馬鹿にするな。状況が出来過ぎていた。作為を感じた。お前と船長のな。船長の安否を確かめてからでもお前を殺すのは遅くはない。…ソロン、…お前は一体何がしたかったのだ?」








「裁定者としての務めです。もう一度、確かめる必要を感じました。タリス、断っておきますが、もし貴方があの時殺そうとしてもそれは出来ませんでした。私にはまだ勤めがありますから。」




「そうなのか、…何を確かめるんだ?」


「‟我々の未来の可能性”です。私は…判らなくなりました。…今も判りません…。」




「それはつまり、どういうことだい?ソロン?」




ソロンの隣のベッドに寝ている船長が聞いた。






ソロンは二人を見て嬉しそうに微笑んだ。実に嬉しそうに。








         完

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水のトリトン - 濃尾 濃尾 @noubi

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