番外編6話 祝福
「しまったな……もうこの国で研究が続けられないかもしれない」
メルクノット家の屋敷の長い廊下を歩きながら、珍しくアイリーンが弱気な発言をした。
「まあ良いんじゃないんですかね。あんな男のところに嫁いでも、本当に自由に研究できるとは思えませんし。お金がなくても出来る研究はありますよ。今までの成果だけでも、いくらでも稼げる。あなたならどこへ行ってもやっていける。国があなたを手放すというなら、後悔するのは国のほうだ」
俺は既に、すっかり腹をくくっていた。
政治の中枢に食い込んでいるメルクノット家を怒らせたのだから、これまで通りこの国の金でのんびり研究はできないだろう。
そんなことはもう、とっくに覚悟ができていた。
なにせ俺は、自分に合わないことをしている時の苦しさを、もうイヤと言うほど経験済みなんだ。
「もっ、もしも私がこの国の筆頭魔術師でなくなっても、お前は私の研究助手のままだからな! そういう契約なんだからな!」
「はいはい、分かっていますよ。そういう契約でしたからね。あなたがどこへ行ったとしても、どこへでも付いていきます。あなたの研究の助手をすることが、今の俺の一番やりたいことですから」
俺のその言葉に、氷の魔女と呼ばれるその人は嬉しそうに頬を赤らめ、小さくコクリと頷いたのだった。
*****
そんなわけで、筆頭魔術師の地位を失い、国を追われる覚悟で見合いを断ったアイリーンだったが、拍子抜けなことに全くお咎めなしだった。
それこそ見合いから帰ってきて研究棟に着いた瞬間、すぐにメルクノット家と王宮から連絡がきた。「お咎めなしだから、くれぐれも国から出て行ったりしないでね」と。
メルクノット伯爵家の三男の放蕩息子ぶりは、メルクノット家も王家も重々承知しており、アイリーンへの見合い話は、万が一まとまればラッキーくらいのつもりだったらしい。
もしかしたら氷の魔女であれば、研究費用を底なしに出せば、魔術のことにしか興味がないから相手は誰でも良いと言ってくれるかもしれないと考えたのだそうだ。
だから断ったところでお咎めはないし、逆に国一番の水の魔術師で、今次々と新発見をしているアイリーンが、万が一いづらくなって別の国にでも行ってしまったら大変だと、大慌てで連絡してきたのだと。
一時は俺も生まれ育った国を出る覚悟をしたが、これからも慣れ親しんだ環境で、天職である研究の分析をしながら暮らしていけるのだと分かって安心した。
*****
「いやー、氷の魔女との結婚おめでとうシレジア男爵。あのプロポーズ、見ているだけの俺でもドキドキしたぞ。やる時はやるな! この色男が」
エドが突然、ワケ分からんことを言いだした。
「そうそう。『あなたがどこへ行ったとしても、どこへでも付いていきます。それが今の俺の一番やりたいことですから』……だっけ。もうキューンとした。いつか俺もプロポーズする時、使わせてもらおう」
フリンまで何の話をしているんだ。筋トレのしすぎで、おかしくなったのか?
栄養満点でボリュームがあって、ついでに気心知れた友人もいるという理由でよく使う、衛兵棟の食堂で。
2人の言葉と同時に、食堂内の衛兵たちが一斉に拍手をしだす。
幽閉棟時代によく言葉を交わしていた奴らから、顔を合わせたことがある程度の奴まで。
食堂に居合わせた衛兵たち全員が、良い笑顔で、あるいは少し涙ぐみながら、心からの祝福といったように手を叩いていた。
「いやなんでだよ! 誰かと間違えているだろう。俺は結婚なんて決まってないぞ」
慌ててニセ情報を訂正する。誰かがどこかから持ってきた花束が運ばれてくるのを、あえて見えないフリしながら。
大体なんなんだ、『あなたがどこへ行ったとしても、どこへでも付いていきます。それが今の俺の一番やりたいことですから』って。そんなこと誰も言ってな……いや言ったな!!
しかしそれのどこがプロポーズなんだ。
俺はアイリーンのただの部下。お付きの者、いや犬だ。
なんだか自分で言ってて悲しくなるけどな!
しかし俺の必死の訂正に、エドとフリンは氷の魔女顔負けの冷たい視線を送ってくる。
「お前あれだけ世話を焼いて、お姫様扱いしておいて、どこへでも付いていきますよとかプロポーズしておいてそれはないだろう! それは‼ ないだろう! 男ならもう一生責任とれよ」
「いやいやいや、何言っているんだ。あれがプロポーズなわけないだろう。いいか、俺は誰にだって分かり切っている普通のことを言っただけだ」
今しっかりと訂正しておかないと、なにか取り返しのつかない、とんでもないことになりそうな気がする。
ここは丁寧に説明をして、誤解を解かなくては。
「まず第一に、氷の魔女の魔法の実力はとっくに国内筆頭だし、研究の成果も上げまくっている。だから例え国内で研究の予算がでなくなって追い出されても、どこの国でもやっていける。な? 誰でも知っていることだ。ついでに俺と魔女との労働契約は、国とではなく氷の魔女本人と結ばれているものだから、魔女がどこへ行ってもついていくしかない。ほら普通のことだ。分かったか?」
誰にでも分かりやすく、説明したというのに。
「だからお前は普通じゃねーんだって!」
なぜか食堂にいる全員から、怒られてしまったのだった。
【完結】私は陥れられていたようです kae @kae20231130
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