番外編5話 放蕩息子

「なんだか最近、いつもお前らが護衛だな。王宮の衛兵の護衛先って、希望が通ったりするのか?」

「ある程度は」


 上司の見合いの日、護衛はお馴染みのエドとフリンだった。

 なれ合い防止やら、城の警備状況の流出防止のため、ある程度色々な場所を順番に護衛することになっているはずの王宮の衛兵だが、最近こいつらが常に俺の周りをウロチョロしているので、思わず隣に座るエドに聞いてしまった。


 馬車移動中。今日はお付きの者として付いてきている俺は、ご主人様とは同じ馬車内には入らず、エドと共に、御者席に座っている。

 むき出しの風がぶつかってきて、少し肌寒い。


「……同じ人の護衛ばかりしていていいものなのか?」

「情報が漏れないように、普通は色んな所の警備に順繰りに回されるものだけどな。逆に護衛対象を固定する場合もある。慣れていた方がいちいち情報を引継ぎする必要もないし。護衛対象に気に入られて指名が入ったり、相性が良いと誰の担当、みたいになるな」

「お前らアイリーンに気に入られているのか」

「いえいえ。氷の魔女様に気に入られているというより、氷の魔女やそのお付きの者と全体的に相性がいいと思われている節がある」

「お付きの者……って俺か」


 まさかお付きの俺の意向まで護衛に反映されるとは思わなかった。

 しかし常に行動を共にするのだから、お付きとの相性もいいに越したことはないだろう。

 気心の知れた友人が常に側にいると、こないだのフィールドワークの緊急事態の時のように、とても心強くてありがたい。

 ……そして今日のように、何やら気の滅入る用事の時も。


 

 アイリーンのお見合いの相手は、メルクノット伯爵家の三男だと言う。

 歴史ある大貴族な上、最近は事業で羽振りも良くて、飛ぶ鳥も落とす勢いと評判だ。しかしそのメルクノット家は、三男が放蕩息子であることでも有名だった。

 家の権力と金を使って、相当遊び回っているらしい。

 ここ最近は政治的にも中枢に食い込んできている伯爵家。潤沢な資金もあり、新しい事業を次々と手がけている。

 魔術の領域で今、次々に新発見をしているアイリーンを一族に取り込めば、さらなる発展が見込めるだろう。

 放蕩息子と言われ、誰もがやんわりと避けている三男の結婚相手としては、なるほど確かにアイリーンは誂えたようにピッタリだ。……メルクノット家からしてみれば。

 

 しかしアイリーンは本当にそんなことで結婚相手を決めても良いのだろうか。

 研究さえ自由にできれば彼女は満足なのだろうか。

 それで幸せなんだろうか。


 使用人の分際で。しかも二度も自分が婚約に失敗しているような男が、何かを言える立場ではないのだけれど。



 *****




 ――ああ、腹が立つなあ。



 メルクノット家の三男は、会った瞬間からアイリーンを見下していた。

 まるで自分の方が上の立場だと、最初から言い聞かそうとしているように。


「まあ条件はこのくらいか。金はいくらでも出してやる。実験は自由にするといい。しかし平民出ごときが、俺に愛されると思うなよ。お前は家では愛人以下だ」

「……はあ」

 

 高圧的に話す放蕩息子に、ピクリとも表情を動かさず、相槌ともいえない言葉を発するだけのアイリーン。

 世間では氷の魔女などと言われているアイリーンだが、今まではそれなりに感情表現をしていたのだと気が付いた。冷たいと言われていても、アイリーンなりに、その表情は拗ねたり、怒ったり、偉そうにしていたり、そしてちょっと優しく笑ったりしていたんだ。


 だからこんなふうに、本当に凍り付いた、完全なる無表情は初めて見た。

 いつも偉そうな態度で、人を犬扱いしてくる、あの我儘姫はどこへ行ったんだろうか。


「っち。可愛げのない女だな。ちょっと珍しい魔力持ちに生まれたってだけで、まさか俺と対等な立場だとは思わないよな!?」

「はあ」


 ――なんでそんな事を言われて、黙っているんだよ。いつもみたいにそんな男、冷たい氷の刃でバッサリと切り捨てろよ。……この人はすごい人なんだ。お前みたいなアホ男が、そんなこと言って良い人じゃないんだよ。


 そんなに研究が大切なんだろうか。これほど失礼なことを言われても我慢しなくてはいけないほど。


 ――だけどな、そんなふうに見下されながら、我慢しながら研究しても、あんたが本当に幸せになれるとはどうしても思えないんだよ。


「少し言い過ぎじゃないですか……ね」


 ――しまった。


 気が付いた時にはもう、口からそんな言葉がこぼれ落ちてしまっていた。

 なんだこれ。また俺、何かに洗脳とかされているんだろうか。

 前科持ちの名誉男爵ごときが、政治の中枢を担う伯爵家の三男様になにを言っているんだ。

 自分らしからぬ言動にそんなことを思ったけれど、あの時と違って、頭はスッキリと晴れている。


「アイリーンは天才です。この国の宝です。ですから、もう少し……」

「何だ? お前は。ああ、調査書にあった、魔女の部下か。魔女が俺と結婚したら、お前クビな。一応俺の妻になる女だ。お前みたいな冴えないオッサンでも、四六時中一緒にいたら体裁が悪い。……っていうか腹立ったな。父上に頼んで国外追放するかー」


 ――それはいい。俺をクビにしたいなら、してもいい。国から追放されても、俺一人なんてどうとでもやっていけるだろう。意外と俺は図太いんだ。

 

――だけどこのお姫様がこんな奴に潰されて、こんな感情の読めない、氷のような無表情でこれからずっと生きていくのは耐えられないだろ!





「……なんだ。結婚したら、こいつクビにされるのか」

 その時、今までずっと「はあ」くらいしか言葉を発しなかったアイリーンが突然、いつもの調子で喋り出した。


「あん? そりゃ当然だろうが」

「ではこの話は断ることわることにする。意外とこいつ、使えるんだ。それじゃあな」


 何の感情も読めない無表情だったのが、突然いつもの偉そうなアイリーンに戻り、絶対零度の氷の眼光が放蕩息子を貫く。

 鋭い氷の目線を直に食らった放蕩息子は、一瞬ビクリと体を強張らせてたじろいだ。


 アイリーンはといえばもう席を立ち、誰に案内されるまでもなく、スタスタと歩き出してしまう。

 上司のこんな行動に慣れ切ったエドとフリン、そして俺も、置いていかれることなく素早くついて行く。

 さすが俺たちの担当護衛。帰るタイミングを打ち合わせしていたかのように息ピッタリだ。


 背中の方からくる放蕩息子の怒鳴り声を聞き流しながら、俺の顔はなぜだか、ニヤニヤが止まらなかった――







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