10話 再生
ここはどこだろう。
そう、トラックに轢かれたんだった。
だけど、生きてるみたい。
でも、真っ暗で目の前には何も見えない。
目はみえず、光ひとつない世界。
喉も傷ついたのかしら。
自分から喋ることもできない。
耳だけが聞こえた。
「手も足も、体さえもほとんど失って、これから生きていけないでしょう。もう、延命はやめましょうよ。」
「ただ、脳はしっかりと動いていて、脳死状態にならないと殺すことになってしまう。」
医者たちの会話が聞こえた。
「もう延命装置は切ってあげてください。目ももうなくて、顔もぐちゃぐちゃ、こんな姿で生きていけなんて娘がかわいそう。」
「でも、お母さん、今も、お嬢さんは、私たちの会話は聞こえているはずです。殺さないでと思っているかもしれないんですよ。」
「いえ、ずっと悩んでいて、苦しんでいた。もう生きたくないと思います。」
母が泣き崩れる様子が聞こえた。
頭だけになっているのかもしれない。
自分では分からないけど。
今回は自殺じゃない。
だから、そんなに責めないでよ。
苦しくても、ずっと前に進んできたでしょう。
これまで長い間、いろいろな人の人生を過ごしてきたんだから。
でも、ひどい状態みたい。
自殺でなくても、変わらないの?
自分のことばかり考えていた。
不幸だとばかり言っていた。
だからなの?
でも、最近は、心穏やかに暮していたと思う。
寿命を全うすることが大切だって思って生きてきた。
この姿でずっと生きていかなければだめなの?
これから、どのくらい苦悩が続くの。
2人も殺して、罪は増えたものね。それも親友を。
地獄で炎に焼かれるような日々がずっと続くに違いない。
想像もつかないでしょう。
どれほど長く感じるか。
何も見えず、動けずにいる人の1分が。
麻酔が切れれば激痛に襲われる。
痛いと伝えることもできない。
もう、地獄に行った方がまし。
これから、なにを希望に生きていけばいいの。
生きている意味があるのかしら。
でも、このまま苦痛に耐えるしかない。
これまでのことを考えると。
ある日、目が覚めたら一変していたの。
周りが明るい。ここは、どこかしら。
私は、鏡をみると、60歳女性がいた。
そう、昔、隅田川で爆破された弁護士の女性。
私が病院で手当を受けている時だった。
その女性が隅田川で爆破され、爆弾から出た鉄の破片が脳を射抜いた。
でも、体は吹き飛ばされ、隅田川に落ちて奇跡的に損傷は少なかったらしい。
だから、脳移植をしたと医師は話していた。
昔と違って、最近は、脳移植技術も安定し、通常は成功するんだって。
そして、先生は私に言った。
母親と同じぐらいの年齢の別人になってしまったことには困惑するだろう。
でも、せっかくチャンスを与えられたんだ。
だから、しっかりと生きなければならないと。
先生には言い返さなかった。
困惑するはずがない。
私は、はるか昔、この体で生活していたのだから。
そして、自殺しても、また繰り返すだけということもわかってる。
前に進むしかないことも分かってる。
私は、これまで自分が過ごしてきた人物がどうしているか探してみた。
たしかに、それぞれが存在していることは確認できた。
でも、今、生きている人は1人もいなかった。
全員、すでに亡くなっていたの。
男性だったときの定年から50年以上経っているのだから当然ね。
東京の風景も大地震を経て大きく変わっているし。
でも、これまでの経験を活かそう。
男性のことも、女性のことも、いっぱい学んだんだから。
そうだ、私は日本を中国から守ろうと活動していた。
それはやり遂げよう。
もちろん、組織から私はマークされていて、また狙われるでしょう。
でも、それが私の運命だし、与えられた宿命なの。
だから、私は、先生に事情を話し、顔を整形してもらった。
そして、60歳の弁護士は死んだと扱ってもらった。
米国の支援もあり、偽装はスムーズに進んだわ。
もう、組織は私が死んだと誤解しているはず。
自分のお葬式を外から見るのは不思議な気持ちだったけど。
今日は、私が爆破された隅田川沿いの歩道に来ていたの。
川沿いに高層ビルが並ぶ美しい風景を見ながら、気持ちがいい空気の中歩いてみた。
これまで経験した多くの場面を思い浮かべながら。
そして、通り過ぎる、幸せそうな人たちを眺めながら。
人は、周りを傷つけながら生きていく。
同時に、お互いに支えながら過ごす生き物。
そんなに正しいことばかりでは生きていけないことは分かってる。
でも、相手のことを思いやり、意識して正しい道を進まなければならない。
この体は閉経してるから、もう男性への感情に振り回されることはないはず。
私は、周りを公平に照らす太陽を見上げた。
そして、清らかな空気を胸いっぱいに吸い、深呼吸をした。
その時、芽衣とそっくりな女性が、私の横を通り過ぎたの。
友達と話す姿、内容は芽衣そのもの。
でも、芽衣は死んだ。いや、私が殺した。
だから、あの人はうり二つの別人なんだと思う。名前も違うはず。
殺した罪悪感で、全く違う顔が芽衣に見えたのかもしれない。
でも、その顔には笑顔が溢れていた。
私は、その女性に挨拶をすると、彼女も笑顔いっぱいの顔で微笑みかけてくれた。
こんな私でも、許してくれるの? 芽衣。
そんなことはないわね。
私は、手をふり、彼女とは別れた。
彼女は、友達とずっと笑いながら、歩き続ける。
私は、彼女の背中をずっと見守りながら、その場に立ちすくんでいた。
笑顔で微笑んでくれた、芽衣そっくりの彼女に感謝しながら。
これまで普通の人の何倍もの経験をした。
今なら、人生経験も増え、人の気持ちも少しは分かる。
これからは、周りの人を幸せにする人生を送ろう。
私は、朝日を浴びる航空機に乗り、アメリカに出立した。
アメリカ大統領とはアポが取れている。
そもそも、私を助け、死んだと偽装してくれたのはアメリカ大統領。
日本の総理大臣の策略を記載したファイルを入れたUSBメモリーを持って。
ただ、同時刻、中国から戦闘機が飛び立ったことを知らずに。
おじさん、女子高生になる 一宮 沙耶 @saya_love
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