9話 地獄の炎

ある日、ポストにメモが入っていたの。

芽衣が亡くなった時、私が突き飛ばしたのを見たって。

まだ、終わってなかった。


明日の夜8時に、近くの公園に来いと書いてあった。

行くことがいいのか、無視するほうがいいのかしら。

でも、無視すると警察に行かれてこじれそうね。

だから、行くことにした。


時間通りに行ってみると、中年の男性が待っていた。


「来たということは、間違いないみたいだな。」

「いえ、誤解されたままだと困るから、違うと言いに来たのよ。」

「そんなはずがない。俺は、お前をちゃんと見ていたんだから。」

「証拠なんてないでしょう。」

「お前たちが、竜也とか言って、争っていたのを聞いたんだ。竜也ってだれか分からないけど、警察に言えば調べてもらえるだろう。そしたら、お前が怪しいと警察も気づくだろうさ。」

「何が欲しいの?」

「500万円もってこい。」

「そんなお金、もっているわけないでしょう。」

「それは俺の知ったことじゃない。体を売るなり、借金するなりしてお金を持ってくればいいんだ。」

「警察に根拠のない脅迫だと言うわよ。」

「そうやって困るのはお前じゃないのか?」


もう、この人を殺すしかないと思った。

せっかく、これまで犯罪を隠してこれたし。

1人殺したら、2人殺すのも変わらない。


私は、考えると言って、その場を去った。

だけど、実は、彼を尾行し、彼の家を突き止めた。

2日間、彼の家を見張って、弱点がないか観察したの。

そして、廊下側の窓がいつも開けられていることを見つけた。


3日目の夜に彼が家に帰って寝静まったころを狙った。

窓からガソリンを入れて、火をつける。

ガソリンは親の車からポンプで抜くだけだった。

だから簡単に入手できたわ。


あとは、早く逃げるだけ。

自分に火の粉が降りかからないように。

監視カメラとかに映らないように。


その火はあっという間に部屋中に広がった。

でも、その男は家から出てこなかった。

煙に巻かれ、その場で倒れたのね。

だから、焼け死んだんだと思う。


翌日のニュースでも、男性1人の死体についてでていた。

火を消し忘れたとか。


私のことを追い詰めると、こうなるのよ。

あなたのせいだからね。

私は、もう人間ではなく、鬼になっていたのかもしれない。

2人も殺して。


その後、また、あの恐怖体験が待っていた。


私の部屋に入ったときだった。

真っ暗ななかで電球のスイッチをつけた。

いきなり電球が爆発し、私は、爆風と熱い炎に焼かれた。


私は、十字架のようなものに押さえつけられた。

永遠に感じられるぐらいの炎を浴びる。


息を吸うと肺の中まで火が入った。

内臓も焼き尽くされる。

これまで、こんな苦しい思いをしたことはない。


爆弾のような爆風で、私は全て焼けて骨だけになった。

骨も床に粉々になって散らばる。

熱い、痛い。もう許して。


私は、汗だくになりベットの上で寝ていた自分に気づいた。

これはいつまで続くの。こんな辛い時間は、もう嫌。


それから、私の顔には、腫れが出てきたの。

やけどしたかのように。


病院に行ったけど原因は不明だった。

整形外科で手術で直せないか相談もした。

でも、また肌はただれて、治すのは難しいんだって。


鏡で見た自分は、もう女性とは言えない。

いえ人間とも言えないひどい姿。

私は鏡の前で呆然と立ち尽くした。


髪の毛も抜け、顔の半分は顔面麻痺になってる。

妖怪のような様相だったから。


しばらくは会社を休まざるを得なかった。

暗い自分の部屋にどじ籠もるしかない。


時々は買い物で近くのスーパーに出かけた。

そうすると、こんな姿をみて、みんな指を刺してくる。

化け物を見たかのように。


私の心はボロボロになった。

芽衣や焼き殺した男性の恨みなのかしら。


もう外に出かける気にもなれなかった。

会社には退職届けを出した。

そして、山梨にあるお母さんの実家に住むことにしたの。


窓から入る陽の光を浴び、お母さん以外の人には会わない。

そんな日々を過ごすうちに、少しは心が落ち着いてきた。


そんな生活をしていると、顔面麻痺は時間とともに治った。

髪の毛も生えてきたわ。

だけど、火傷のような跡は消えなかった。

もう女性として愛される暮らしはできないのね。


この前、風の便りに竜也が結婚したと聞いたの。

SNSには結婚写真が投稿されていた。

そこに写る結婚した女性は、明るく笑って幸せそう。


別に、竜也と再び付き合えるなんて思っていない。

結婚できると思っているわけでもない。

ただ、その写真をみて、もう私には楽しい時間は残されていないと思っただけ。


でも、この人生も不幸と思っていたけど、幸せな時間もあった。

芽衣と大笑いしながら話していた時。

竜也から力強く抱きしめられた時。

どれも幸せを感じていたの。


その前の人生も不幸ばかりではなかった。

不幸な時間が少し多かっただけなのかもしれない。

今では、楽しい思い出ばかりが思い出される。


今日は久しぶりに散歩をしてみた。

まだ寒いけど、温かい日差しが心を癒す。

でも、竜也との日々の想い出が次々と蘇ってきた。


いっぱいの涙が目に溢れる。

前は涙で、ぼやけてよく見えない。

しかも、正面から強い陽の光が差し込み、まぶしい。


青の信号だけは薄っすらと見える。

この横断歩道を渡り、家に戻ろう。

涙でグチョグチョになった顔を洗わないと。


そんなとき、トラックが私の前から突進してきた。

老齢の運転手は心停止でハンドルに覆い被さりながら。

横断歩道をスピードを落とさずに進んだ。

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