第6話

 ――セックスは嫌いだ。


 男も嫌い。

 女も嫌い。

 全部、大嫌い。


 達也とセックスしたのはただの八つ当たり。

 “あいつら”の思い通りになるのが嫌だった。

 それと、達也に返せるものが他に思いつかなかったから。


 だから毎日達也としているのも迷惑料代わり。

 私だって女子高生の“カラダ”はそれなりの値段で売れると知っている。

 達也だって口では渋るけどやりたがっている。

 だから私は自分の体を達也に差し出している。


 他に何も差し出せるものがないから。

 だから、仕方なく相手をしているだけで。


 セックスなんて――大嫌いだ。


 *


「……制服、取りに戻りたい」

 一週間、うちに引きこもっていた凛はそう言った。

「学校行くなら、制服が必要でしょ?」

 俺も父さんたちも家から出ない凛を心配していた。だから学校に通う元気が出るなら大歓迎だった。

 けど、制服が必要なら新しいのを買えばいい。わざわざ凛の家から取ってくる必要はない。

「遠くから様子を見て、あいつらがいるようなら帰るから……お願い」

 結局、俺が折れて凛を家まで連れて行った。

 凛の本気のお願いは滅多ないから叶えてやりたかった。


「……今はいないみたい」

 家の周りをぐるりと回ってあいつらが来ていないか確認する。

 凛の家はまだ父親はいた頃に建てた普通の一軒家で、駐車場はついていない。“あいつら”が凛の家に来る時は白いセダンに乗ってきて、いつも凛の家の前に駐車していた。

「……音もしない。靴もない」

 恐る恐る玄関のドアを開けて中に入る。この時間帯は凛の母親も相手の男も滅多に帰ってこないと言う凛の予想通り、家には誰もいなかった。

 一階のあちこちにゴミや埃が溜まっていた。リビングの床にも酒瓶やジャンクフードの包装紙なんかが転がっている。テーブルの上だけは綺麗に片づけられていて小銭が置かれていた。

「……二階に行きましょう」

 リビングの中に一歩足を踏み入れた凛だったけど、惨状を確認するとすぐに出てきた。

「うわ……」

「……」

 階段を上がって二階、凛の部屋の前で絶句する。外から破られたドアが部屋の中に転がっていた。部屋の中は荒らされていた。クローゼットやタンスの中身はめちゃくちゃに引きずり出されて床に落ちていたし、机の上にあったものなどが無造作にばら撒かれていた。

 酷い有様だったけど、あの日凛が逃げてきて正解だったと改めて思った。

 ふと足元に転がっていた写真立てを手に取った。

 とても小さかった頃の凛を中心にして仲の良さそうな若い夫婦がほほ笑んでいる写真。幸せな家族の姿がそこにあった。俺は何もなかったフリをして写真立てを床の隅に伏せた。

「……凛。持っていくものを詰めよう」

「……うん」

 お目当ての制服は床の上に転がされていて、何度も踏まれたように足跡がついてぐちゃぐちゃになっていた。

「……買い替える」

「そうだな。他のも……ここに置いていこう」

 凛が持っていた数少ない服のほとんどは放り出されて、踏みにじられて、汚されていた。俺も凛も、これをもう一度拾って持って帰る気にはなれなかった。

 タンスの引き出しに入っていた無事な衣服や、凛が持っていきたいと言った私物を急いで段ボール箱に詰めていく。帰りに見つかって逃げるかもしれないと考えて、小さめの段ボールを一箱だけしか用意していなかった。

「あんまり長居して見つかっても面倒だしそろそろ帰るか?」

「……うん」

 まだ残っているものもあるけど何回か往復すれば事足りるだろう。次からは凛を置いて俺だけ取りに来てもいいしな。

「ほら、凛。後ろに乗って」

「わかった」

 自転車の前籠に段ボールを放り込み、凛を後ろに乗せて勢いよく漕ぎ出した。住宅街の角を曲がればすぐに見えなくなる。

 こうして俺たちは無事に戻り、凛は新しい制服で再び学校に通うことになった。


 *


「凛ちゃん大変だったんだね~。私たちがついているから安心していいよ~。よしよし」

「撫でないで。髪が崩れる」

「そのツンツンした態度、相変わらず可愛い~」

 一週間ぶりに登校した凛があっという間に友達に囲まれた。そして、目聡い友人たちに根掘り葉掘り聞かれているうちに洗いざらい喋ってしまったらしい。なんで制服が新品になっているとかわかるんだろう。女子ってそういうものなのか?

「凛ちゃん、登下校は私たちと一緒にいようね」

「変態親父が襲ってきたらわたしのキックで追い払ってやるから!」

 俺の家はこの学校の最寄り駅の周辺にある。凛の家もすぐ近くにあるので、凛の母親や男たちとバッタリ出くわす可能性もある。だから女子たちみんなで凛をガードすると意気込んでいる。

 俺と一緒にいるよりはあのグループの中に埋もれた方が見つかりにくいと思う。まあ、それだけだと不安だから俺も側から離れないようにするけど。

「やあやあ、達也くん」

「……なんだよ」

 にしし、と笑いながら一人の女子がにじり寄ってくる。俺と凛の小学校時代からの知り合いだ。

「弱ってる凛ちゃんをパックリいただいちゃったんだって~? 君も悪い男だね~、このこの~」

「……うるさい」

 こいつや他の女子のせいで凛が擦れてしまったに違いない。小さい頃の凛は素直で可愛い女の子だったのに。

「まあ、初恋が叶ってよかったね」

「……」

 のん気にそう言って祝ってくれるんだが。

 俺と凛の関係は世間一般の恋人関係とはどこかずれている気がする。

 結局、俺たちは体の関係を結んだだけで幼馴染同士から抜け出せていないのだ。

 だから今の言葉を素直に受け入れられずにいる。

「あれ? まだ告白していないの? 流石にそれは……ちょっと引くよ?」

「うるさい」

 教室の窓の外を見るとあいにくの曇り空。

 俺と凛には、まだしばらく時間が必要なんだろう。

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ほろ苦くてほんのり甘いハッピーエンド短編集 カタリ @tkr2022

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