ついに式神教育が始まった。
ちなみに父が俺たちに直接教えてくれる機会は滅多にない。名門陰陽師一族の当主である父は優秀な分だけ仕事も多いらしく、関東一円をあちこち飛び回っているらしい。
そんな父に代わって親戚筋から教師役の人が家にやってきて俺たちにあれこれ教えてくれる。
俺や晴人を含む陰陽師の子供が家から出ることは滅多にない。霊力が豊富なのに戦う術のない子供は妖魔たちの格好の餌食にされてしまうので、最低でも七歳まではほとんど出歩かずに安全な結界の中で過ごす。
三歳から剣術、五歳から符術を学んだのも危険な妖魔たちから身を守るためだったというわけだ。
さて、こうして学び始めた『式神』だけど、式神の『式』とは『使役する』という意味、『神』とは『超常的な存在』という意味になる。つまり陰陽師に使役されている超常的な存在を式神と呼ぶんだ。
では陰陽師はどうやって使役対象である『鬼神』を手に入れるのかというと、『作る』か『捕まえる』の二通りがある。
当然、『捕まえる』よりも『作る』方が簡単なのでまずはその方法から勉強することになった。
陰陽師が作る式神は二種類あって、形代を用意してそこに霊力を込めて作る『擬人式神』と、陰陽師本人の霊力と意志だけで作る『思業式神』に分かれていた。
漫画やゲームでよく見かける、陰陽師が札を使って鳥獣や化け物を呼び出すのが『擬人式神』だ。形代という物質に霊力を込めているので目で見ることができるし、作るのも簡単で初心者向けの式神と言える。
もう一方の『思業式神』は霊力だけで作る式神で目に見えない。そして作るのも難しい上に、式神の性能が術者本人の力量に比例するという上級者向けの式神なんだ。
・『擬人式神』 形代に霊力を込める。目に見える。初心者向け。
・『思業式神』 霊力だけで作る。目に見えない。上級者向け。
もちろん俺は『擬人式神』の作り方から勉強を始めた。俺が天才じゃないことはよく分かっている。基礎からコツコツとやっていくつもりだ。
そうして学び始めた式神作成。予想していた通り、座学(式神についての知識を学んだり、術式を札に書き込んだりすること)はサクッと終わったけど、実技はそう簡単にはいかなかった。
五歳からずっと符術の練習をしていたお陰で霊力操作はできるようになっている。
式神の術式を書いた札(式札)を手に取り、霊力を注ぎ込んで術を起動することはできた。
だけど、それで出来上がったのは左右不揃いで溶けかけた姿のヒトガタだった。もちろん失敗である。
「霊力の込め方が偏っているね。全体に満遍なく同じ量を込めていくんだよ」
「満遍なく……同じ量を……むむむ……」
式神の姿は作るときにある程度自由に決めることができる。鳥型、獣型、人型、妖怪型などだ。
だけど、霊力の込め方にムラがあると『左右の翼の大きさが違う鳥』とか、『頭だけ大きくて体が小さい犬』とか、一目見て失敗作と分かる不格好な式神が出来上がってしまう。
そういう失敗作の式神は霊力を抜いて『魂抜き』した後に、きちとんと『お焚き上げ』して供養する。一度変な癖のついた式札は再利用に向かない上に、放置すると妖魔が入り込んだり、術者の制御から離れた野良式神になることがあるので、しっかりと最後まで後始末までやる必要があるんだ。
そうやって何枚も式札を書き上げ、式神を作り、失敗して、処分して……何度も練習して少しずつ手応えを感じるようになった頃、晴人が座学を終えて実技の練習に移った。
「流石は晴人だ! 実に見事な式神、素晴らしい霊力操作だったぞ!!」
晴人が式神の実技に移ったと聞いて、父が仕事の予定を調整してやってきた。そして父の期待に沿って晴人は式神作成を一発で成功させた。
晴人が作った式神は精悍な若武者で、父を若くしたような、晴人を成長させたような顔つきをしていた。
成人男性よりもやや高めの身長に細身ながらもしっかりと筋肉のついた体つき。甲冑を着込んで手には剣を持っている。霊力は全身にムラなく均一に込められ、軽く動かしただけでも晴人と同じような素晴らしい剣の腕を披露した。
「この式神ならば問題はないな。良い日を選び晴人の初陣を済ませるとしよう」
「はい、父上!」
剣でも符術でも大人顔負けの腕前を披露していた晴人だが、式神作成に成功したので遂に実戦デビューするらしい。わずか七歳で、と思わなくもないが、経験豊富な父たちが認めるんだから問題ないんだろう。
「明人も修行を励んでいるようだな。どうだ、調子は?」
「うーん、今日は調子いいかも?」
晴人との会話が一段落して父が俺の方にもやってきた。明らかに才能に格差がある俺と晴人だけど、それでも父は態度に露骨な差をつけないのは偉いと思う。
特に期待も落胆もしていない目で俺を見つめる父の前で、式札に霊力を込めて式神を作りあげる。
「――あ。……できた?」
俺の目の前に真っ白な少女が立っていた。背格好は今の俺と同じくらい。白い着物に白い髪の、瞳だけが黒々とした少女。
「おお。明人も成功したのか。うむ、初めてにしてはいい出来だ」
先ほどの晴人の若武者と比べると感じられる力はとても小さい。形を崩さないように、バランスを崩さないように慎重に霊力を注いでいったからだろう。
目の前の少女の式神は存在感がとても希薄だった。今にも消えてしまいそうなほど、か弱くて薄い。とてもじゃないけれど戦闘に耐えられそうにもない。
そんな俺の式神を見た父の反応もあっさりとしたもので、さっきまでの喜びようとはまるで違う。
ポンポンと頭の上に手を置き、撫でる。
「これから何体も式神を作っていけば必ず上達するだろう。精進するんだぞ、明人」
「はい、父上」
俺の実戦デビューはまだ先らしい。まあ、戦闘関係の才能にはとっくに見切りをつけているのでどうでもいいんだけど。
晴人が式神の若武者と一緒に戦闘訓練をしている間、俺は少女の式神と一緒にいろいろな実験をしていた。
「じゃあ俺が符を書くから、それを見て同じように符を書いて」
「……(こくん)」
少女と文机に並んで座り、霊力を込めながら一番簡単な基本の護符を書いていく。
それをじっくりと見ていた少女は俺が書き終わるのを見届けると、同じように筆を手に取り、紙に術式を書き始めた。
「なるほど。式神が作った符でも霊力が込められるんだ。でもこっちの方が少ないかな?」
「……」
机の上に二つ並んだ護符。よく見ると筆遣いもまだ未熟な箇所があるし、符に込められている霊力も俺のと比べると少なく感じる。
「使った霊力の量はどっちも同じくらいだったから、式神を経由している分だけ効率が下がっているってことか」
「……」
「ただ、急いで数を揃えたい時なんかは大量に式神を出して量産するのもあり、と」
「……」
少女の式神な何も言わずにただぼんやりと虚空を見つめている。俺の命令に従うだけの簡単な式神なので仕方ない。会話ができるのは高度な式神だけなんだ。
その後、何枚も護符を書かせていると少しづつ筆遣いが上達していった。どうやら何度も繰り返し練習させることで学習することができるらしい。
「式神が式神を作ったらどうなるんだ?」
今度は護符ではなくて、式神を作る術式を紙に書いていく。少女式神も真似をして書き上げ、二枚の式札が完成した。
「まずは俺の式札から」
慎重に霊力を込めていくと、最初に作った白髪黒目の少女式神と瓜二つの式神が完成した。二人並べて見比べてみるが本当に見分けがつかない。
「ふーん、面白いなぁ」
狙ってやってみたこととはいえ、こうもそっくりな式神ができるのは面白い。
次に少女式神が作った式札を使って式神を作る。
「んん? なんか違和感が……でも、一応作れはするんだな」
自分で作った札を使った時と比べて、霊力の通りが少しだけ悪かった気がするけど、それでも無事に三体目の少女式神が完成した。
「同じ……か? いや、なにか違うような……感じられる霊力の強さが、この子だけ弱いか?」
俺が作った式札の式神と比べると、式神が作った式札の式神は微妙に弱い気がする。ほんのわずかな差だが、隣に並べてじっくり見比べると気がつくくらいの些細な差だ。
「やはり俺の手製の式札が一番か。まあ護符でもそうだったし予想通りだ」
コピーからコピーをした二次コピーが劣化していくように、式神から作った式神も劣化していくらしい。
「となると……とりあえず十体くらい俺が式神を作って、式神には霊符を作る練習をさせるか」
霊符は符術を使う時に使う消耗品で、符術の練習には欠かせないものだ。一枚一枚手書きなのだが、この符を丁寧に書こうと思ったら時間もかかるし集中力も続かない。だけど適当に書けばその分術の威力が下がってしまう。どうしても大量生産に向かないんだ。
その霊符を式神に書かせて量産させる。時短に繋がるし符術の練習もできるし、符術の練習をすれば霊力操作や属性変換の修行ができ、巡り巡って式神の品質向上につながる。
「よし、僕の理想の式神を作るために、みんなでがんばろう!」
「「「……」」」
少女式神たちに指示を出して僕の霊符量産計画が始まった。
「……れ、霊力の消費が……。お、思った以上にきつい……」
少女式神を五体まで増やしたところで一旦止めた。五体の式神が同時に霊符を作成し、作成に必要な霊力を俺から吸い上げているんだ。つまり一枚の霊符を作るときの五倍の霊力が消費される。
「ちょ、ちょっと式神を戻して一旦休憩しよう……」
少女式神たちを出しているだけでも霊力は消費するので、一度式札に戻した。
「……待機コストも五倍か。増やしすぎると何もできなくなるな」
式神は式札の状態でも微量の霊力を消費する。僕の作った少女式神はかなり必要霊力が少ない方だけど、それでも数を増やせば負担が増す。
「これは今のうちに対策を考えないといけないぞ」
やっと簡単な式神を作れるようになったのはいいものの、まだまだ問題は山積みだ。
僕の理想の式神を作るためにも、問題点を一つ一つ洗い出して解決策を考えなくてはならない。
「とりあえず、まずは先生たちに聞いてみるか。先人の知恵に頼るのも大事だよね」
前途多難で先の長い作業だけど、ちょっとワクワクしている自分がいた。