第5話

「ん? お客さんか?」

 ガラス戸の外に誰か来たみたいだ。今日は定休日なんだけど、たまにお客さんが知らずに入ってくることがある。

 包丁を置いて入口に向かうと、ガラッと音を立ててガラス戸が開いた。

「……凛?」

 この雨の中、傘もささずにやってきたのかびしょ濡れだ。顔色も悪いし、よく見てみると靴を履いていないで裸足だった。

「どうしたんだ!?」

「達也……」

 濡れた頬は涙なのか、ただの雨なのかわからない。冷えた体を抱え上げて、奥の居間まで連れていく。凛が震える手で俺の服を掴んだ。

「ママが……」

「おばさんがどうしたんだ?」

 まさかおばさんが倒れたとかそういうことか? 俺はのん気にそんな心配をしてしまった。けれど、凛がぽつりぽつりと呟くように話す内容はただただ胸糞が悪くなるだけの話だった。

 凛の母親が男を連れ込んでいるのは知っていたけど、今まで凛の部屋に近づいたことはなかった。それが徒党を組んで部屋の前にやってきて、鍵を開けろと怒鳴りつけるなんて、どう考えてもまともじゃない。

「それで、ベランダから逃げてきて……」

「……凛が無事でよかった」

 何もなかったと聞いて安心した。

「そうだ。お風呂沸かすから入りなよ。濡れたままだと嫌だろ? 母さんが居れば着替えも用意できたけど、今は父さんと一緒に出掛けているから、代わりに俺の服で良ければ持ってくるし」

「……お風呂まで連れて行ってくれる? 足洗いたい」

「あ……!」

 そう言われて、凛が裸足でうちまで逃げてきたことを思い出した。泥だらけだし怪我をしているかもしれない。

 凛を抱えたまま慌てて風呂場に移動して、シャワーで泥を洗い流す。

「怪我は……擦り傷みたいになっているけど、大丈夫そうかな? 痛いところはあるか?」

「ううん。大丈夫」

 足の裏を覗き込むけど、幸い切れたりはしていなかった。泥や小石がついていたのをお湯で流すと綺麗な足が出てきた。

 すべすべした凛の足の感触に、思わず意識してしまう。こんな時なのに何を考えているんだ。

「こ、このままお風呂に入るといいよ。お湯もすぐにたまると思う。それじゃ、俺は着替え持ってくるから」


 ――ぐいっ


「……凛?」

 なぜか凛の手が俺の服を掴んだまま離さない。

「……達也も濡れているじゃない」

「それは……」

 びしょ濡れの凛を抱きかかえていたから、俺の服もすっかり濡れてしまっていた。だから部屋に戻って着替えようと思ったんだけど……。

 するりと、凛が上着を脱いだ。

「なっ……!?」

 下に着ていたシャツが濡れてピンクのブラが透けて見えている。

「り、凛?」

 返事はない。

 スカートを脱ぎ捨て、すらりとした白い脚と小さな布が見えてしまう。吸い寄せられたように視線がその場所に向かってしまう。

 ぐい、と。

 もう一回服を引っ張られた。

 凛がじっと俺を見ていた。


(どうなってるんだ……?)

 小さな浴槽の中に入った俺の上に凛が座っている。

 俺も凛も一糸纏わぬ生まれたままの姿で、凛が背中を預けるようにして密着している。

 俺は触れてはいけないと思っているのに、凛は遠慮なく俺の体に触れてくる。

「ねえ」

「な、なんだ?」

「お尻に硬いの当たってるんだけど」

 死にたい。

「……うん」

 こんな状況で耐えられるわけがない。隠せるわけもない。バレバレだ。だけどわざわざ言わなくてもいいじゃないか?

 もう少し手心を加えてくれと、心の中で涙を流していると、凛が手を伸ばした。


「達也は、私とセックスしたいの?」


「り、凛……? あ、あの……」

「どうなの? セックスしたいの?」

 そこを握りながら質問してくるのはやめてください……。

 俺は素直に白状した。

「そう……なら、しよっか」

「え?」


 風呂から上がった俺は、凛に誘われるままにベッドに直行して童貞を卒業した。

 凛も初めてだった。


 *


「へたくそ」

「ごめん」

「痛いし、乱暴だし……最悪」

「すみませんでした……」

 ベッドの上で、心地よい倦怠感を感じながら身を寄せ合う。凛の体は簡単に壊れそうなくらい小さい。それなのに乱暴してしまった。反省する。

 ぷちぷちと文句を言っている凛を宥めているとすぐにうつらうつらしてきた。

「……次は、優しくしなさいよ……」

「え……。あ、寝てる」

 やはり疲れていたのか、すぐに凛は眠ってしまった。俺もすぐに眠気が押し寄せてきて、凛を抱きしめたまま眠った。


 それから数時間後、帰ってきた母さんが居間が泥だらけなことに驚き、父さんが包丁や食材を出しっぱなしだったことを怒り、俺の部屋までやってくるのだが。

 その時の“話し合い”で、凛がうちに泊まることが許可され、俺の部屋で一緒に寝起きてすることに繋がるのだった。

 ――凛がうちに逃げてきてからの半年間、凛の母親からの連絡はなかった。

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