第4話
今日は朝から天気が悪かったけど、下校時間になって本格的に一雨きそうな空模様になった。
「明日の朝まで大雨らしいし今日はさっさと帰ろっか」
「そうだねー」
みんなも今日は乗り気じゃないみたいなので駅前で解散することにした。
「あ」
「っ!」
グイっと友達に手を引かれる。
バランスを崩して倒れそうになったけど別の友達が支えてくれて、そのまま立ち位置が入れ替わった。
「静かにしてね」
バクバクと心臓が勝手に暴れだして、それでも何もなかったみたいな顔で地面を見ていた。
そのまましばらく歩いていると、私たちの横を見慣れた白いセダンが通り過ぎて行った。
「行ったねー」
「凛ちゃん、もういいよー」
「大丈夫?」
「……平気。問題ない」
私を支えていてくれた友達が手を離した。
「今日はもう解散しよっか。ほら、凛ちゃんの王子様も心配してるしさ」
「いやー、達也くんも健気だよねー」
「……そうやってからかうのやめて」
「もー、凛ちゃんてば本当にガンコだよね」
「そういうところが可愛いんだけどね。おーい、達也くーん!」
みんなが笑いながら達也を呼ぶと、私たちの後方で自転車を押して歩いていた達也が近寄ってきた。
「どうした?」
「はいこれ凛ちゃん。しっかりボディガードよろしくね」
「それじゃ二人ともまたねー!」
私を達也に押し付けるとみんなそのまま帰ってしまった。
「……後ろ乗るか?」
「別に。大丈夫だし」
「そっか」
言葉少なめに、いつもの道を歩いて帰る。
家に到着してすぐに雨が降り始めた。
*
「日替わり定食……?」
「そう。今度から始めることになったから、凛も食べてみてくれよ」
「……それって、これで足りる?」
手の中にある五百円玉を達也に見せた。ママがここで食べなさいと言って渡してくれる大事なお金。
「もちろん足りるよ。あと、デザートに凛の好きな杏仁豆腐もついてくるぞ」
「じゃ、じゃあそれをお願いします!」
「はい、まいどありー」
達也くんに注文を頼むとすぐに『日替わり定食』が出てきた。
いつものチャーハンとは違う、見たことのないお料理がお盆に載っている。
「今日はホイコーローだ! 父ちゃんの料理はすごい美味いから食ってみろよ!」
「う、うん。いただきます」
野菜とお肉がたっぷり入ったお料理を口に入れると今で食べたことのない味がした。だけど、全然嫌じゃない。達也くんが言っていたように、とっても美味しかった。
「美味しい!」
「そうだろそうだろ」
お父さんの料理を褒められて達也くんも嬉しそう。同じテーブルに座って、達也くんは私が食べ終わるまでずっと見ていた。
「……俺も父ちゃんに料理習おうかなー」
「? 達也くんがお料理つくるの?」
「俺がすんげー美味い料理作るからさ、そしたら凛にも食わせてやるよ」
「うん。楽しみにしているね!」
この日から、達也くんはお父さんと一緒に料理の練習をし始めた。
*
「……懐かしい夢、見たなぁ」
私の小さい頃の夢。たぶん、一番幸せだった頃の夢。
おじさんの作る日替わり定食が毎日楽しみで、達也の料理の練習の話を聞きながらママが迎えに来るまで待っていた、穏やかな日々。
隣に腕を伸ばすと達也がそこにいる。外は真っ暗闇で朝は遠い。
安心感と一緒に眠気が押し寄せてきた。
でも、この夢の続きは見たくないな、と思った。
窓の外ではまだ雨が降り続いていた。
*
「最近、凛の母ちゃんが迎えに来るの遅くないか?」
「……うん」
少し前までは夕方になる前に迎えに来てくれたのに、今は夜まで来ない。
「ママ、パチンコで勝ってるんだって。だから家でも機嫌がいいの」
「へー、負けてるよりはいいんじゃないか?」
「うん、ただ……」
ママが機嫌がいいと私も嬉しい。だけど、素直に喜べない。
「……わたしの知らない男の人の話を、ママが最近よくするの……それも、とっても嬉しそうに……」
あんな嬉しそうな顔をしたママ、私は見たことがなかった。
「お化粧とかもしているし、電話でお話することもあったし、それに――」
どんどんママが変わっていく。私の知らないママになっていく。
「凛、帰るわよー。……はぁ」
「あ、ママ……。それじゃあ、またね、達也くん」
「おう、暗いから気をつけて帰ろよ。またな」
ママと一緒の帰り道。今までなら機嫌よく今日はいくら勝ったとか、イライラしながら全然ダメだったとかお話してくれたのに、今はうわの空で何か考え事をしている。
とても大事な何かが変わってしまったみたいで、私はそれがとても怖かった。
――それから数日後、ママが知らない男の人を家に連れて来た。
優しそうな顔をしていた。うちに来るたびにお土産だと言ってお菓子を持ってきてくれた。でも、達也くんのおじさんと違って私はその人が怖かった。
その人が来ると私は決まって他の部屋に逃げ出した。ママもそんな私に何も言わず、むしろ嬉しそうにしていたと思う。
そして二人でパパとママの部屋に入って、そのまま何時間も出てこない。それがなぜか嫌で嫌でたまらなかった。
「もしも何かあったらうちに来なさい」
「達也も少しは頼りになるし好きに使っていいからね」
おじさんとおばさんがそう言ってくれた。この二人が本当のパパとママだったらいいのにと思うことが何回もあった。
知らない男の人は何度もうちにやってきたけど、そのうち他の人を連れてくるようになった。友人だと言ってママと一緒にお酒を飲んだりしている。
そのうち、その友人とママが二人だけでも会うようになった。時には三人で寝室に籠っていることもあった。
“そういうこと”を理解できるようになって、しばらくした頃。
ある雨の日に、初めて見る男がうちにやってきた。
「凛。××さんが挨拶をしたいと言っているの。一階に降りて挨拶しなさい」
ママが私の部屋のドアを叩く。
「凛ちゃん、あの人は俺がいつもお世話になっている人でさ。少しだけでいいから顔を見せてくれないか?」
ドアの外からあの男が声をかける。最初は優しそうな言葉で取り繕っていたのに、段々と苛立ちが混ざって化けの皮が剝がれていく。
何度も何度も激しくドアが叩かれ、ガチャガチャとドアノブを回される。怖い。声が出ない。足が竦む。
ママのヒステリックな声。男たちの怒声。ドアを蹴り破ろうとする音。
窓の外で雨が降り続いていた。
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