3
「ただいまー」
家に帰ると、玄関に花が飾られていた。
今日は妻の30歳の誕生日。いつもそばにいてくれる彼女に、感謝の気持ちを込めて送った花束だ。
「ぱっぱあ」
リビングのドアを開けると、もうすぐ二歳になる息子が両手を広げてテトテトと出迎えてくれる。
「ただいま〜」
妻似の息子をぎゅうーっと力いっぱい抱きしめると、ジタバタと少し嫌がられる。その反応が可愛くてにやけていると、キッチンから妻が出てきた。
「おかえり。もうすぐごはんできるよ」
キッチンからは、肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。夕飯はたぶん、息子の好きなハンバーグだ。
「うん。ケーキ、買ってきた」
駅の近くにある妻の好きな店で買った誕生日ケーキ。その箱を手渡すと、彼女が嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ありがとう。あとお花も。びっくりしちゃった」
嬉しそうな妻の言葉に、今さらながら少し照れる。
「誕生日なのに、今年はどこにも食べに連れて行けなかったからさ……」
「そんなの気にしなくていいのに。でも、嬉しかったよ。あなたに届けてもらえて」
妻の言い方には、なんだか妙な違和感がある。首を傾げた俺は、妻の首元に光るものに気が付いた。
妻がつけていたのは、学生時代に俺がプレゼントしたネックレス。
妻はそれをとても大切にしていて、付き合っているときも結婚してからも、ずっと付けてくれていたが、二年前に息子が産まれてからは「引っ張られて千切れちゃいそうだから……」とジュエリーケースに入れていた。
だから、つけているのを見るのはひさしぶりかもしれない。
「それ、なつかしいな」
指差して笑う俺に、「そうでしょう」と、妻もふふっと笑い返してくる。
何の気まぐれでネックレスを出してきたのかはわからないが、それは俺にとって特別に思い入れのあるものだ。
妻の首元で揺れる、ピンクゴールドの小さなハートのモチーフ。
このネックレスがなければ、彼女との今はなかったかもしれない。
もう十年くらい昔。配達のバイトの途中でうっかり落としたネックレスが、離れかけていた俺と妻の未来を繋げてくれた。
そういえばあのとき、落としたネックレスを俺に届けてくれた女性が、誕生日に夫から花束をプレゼントされていて。幸せそうな彼女のことを少しだけ羨んだっけ。
あれから時は過ぎ……。妻の誕生日に花を贈っている今の俺は、同じ世界の誰かに羨まれるような、幸せなやつになれているだろうか。
「お誕生日おめでとう、菜々」
「ありがとう、洸希」
今の俺のそばには微笑む妻と、彼女によく似た可愛い息子がいて。毎日が、優しい幸せで満たされている。
fin.
今日という日に同じ世界で 月ヶ瀬 杏 @ann_tsukigase
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