ダンジョン&ドラゴンメイド

バショウ科バショウ属

失職のドラゴンメイド!

 世界は変革を余儀なくされた。

 異界の門が開いてから16年、混迷から黎明へ移り変わるには十分な時間だ。

 異人種に異文化、そして魔術技巧ウィズテクは社会に深く食い込み、切り離せない存在となっていた。


 日本国首都――東京も姿を大きく変えた都市の一つだ。


 摩天楼の下を歩くサラリーマンは銃杖ガン・ロッドを携え、エルフがライムグリーンの単車を駆り、シンボルたる東京タワーでドラゴンが翼を休めている。

 ここは非日常ファンタジー日常リアルとなった東京――


「待ってください、店長!」


 電飾看板の華やかな光に照らされた路地。

 そこで懇願の声を上げるのは、路地に土下座するメイドだ。

 金糸を思わせる髪から突き出た角が、乾いたアスファルトに刺さっている。


「待たないよ」


 それを見下ろすベスト姿の男は、土下座など目に入らぬ様子。


「あ、あの!」


 角付きメイドは食い気味に顔を上げる。

 同時にエプロンドレスの内からが立ち、黄金の鱗が光を帯びる。


「君はクビだ」

「そ、そんなぁ…!」


 潤む瞳は翡翠色、半開きの口からは牙が覗く。


 角に牙、尻尾に鱗――地球人ではない。


 クラシカルなメイド服を纏う彼女は、ドラゴンメイド。

 異界の門より流入した異人種である。


「何がだめだったんですか!?」

「あのね、エフェメラ君」


 ベスト姿の男は額を押さえ、背後へと振り返る。

 視線の先には、『迷宮前線きゅんきゅん亭』というファンシーな電飾看板が煌々と輝く。


「たしかに君は人気な娘だった。でもね――」


 過去を思い起こす内、険しさを増す横顔。

 店長を務める男は一拍置き、一息に吐き出す。


「ケチャップは破裂させるし、皿は二つに割るし、モップはへし折る!」


 エフェメラは絶望的に力加減が下手だった。


「本当にすみません!」


 勢いよく頭を下げ、アスファルトに鋭利な角が突き刺さる。


「そして……8人の探索者お客さんを病院送りにした」


 偶々耳にした通行人が顔を引き攣らせ、早足で去っていく。

 東京が迷宮幻出都市ラビュシティとなってから、秋葉原のメイド喫茶は探索者たちにとって憩いの場だ。

 時に勘違いした者も出るが、それは便片付けられてきた。


「それは、あの人たちが尻尾を触ったからです」


 顔を上げたエフェメラは子供のように頬を膨らませ、正当性を主張する。

 それを前にした店長の額に青筋が立つ。


「過剰防衛なんだよ! 確かにお触り厳禁ではあるけども!」

「は、はい!」


 怒声を聞き、正座するエフェメラ。

 彼女が打ちのめした探索者たちは、今も病院のベッドが恋人だ。


「はぁ……」


 店長は重い溜息を吐き、踵を返す。


「これ以上、君を置くことはできない。分かってくれ」


 彼とて解雇したいわけではない。

 異人種の雇用先は少なく、彼女が路頭に迷うのは想像に難くない。


「今度から気をつけますっ…だから!」


 一瞬で距離を縮めたドラゴンメイドは、店長の腰に抱き着く。

 潤む瞳で見上げてくる様は、捨て犬のよう。

 しかし、ここは心を鬼に――


「もう何度も言ったよ。離して…力強っ!?」


 華奢な腕を剥がせない。

 それどころか、徐々に力が強まっている。


「ここを追い出されたら雇ってもらえるところがないんですぅ!」


 エフェメラは必死だった。

 両手の指では足りない解雇を受けた彼女に後はない。


「とにかく手を、離せって!」


 店長も必死だった。

 力加減のできないプレス機に腰を挟まれているからだ。


「いやです! 私の竜生がかかってるんです!」

「僕は生命がかかってるよ!」


 必死の問答は噛み合わず、ついに破局を迎える。


「うっ」

「あ」


 路地に響き渡る快音、白目を剥く店長。

 荒事の絶えない迷宮幻出都市ラビュシティで、骨折など日常茶飯事だ。

 されど、この事故は――


「店長ぅぅ!」


 エフェメラの無職が決定した瞬間であった。

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