清掃のドラゴンメイド!
東京を
ゆえに東京駅は迷宮探索の最前線だが、同時に交通の大動脈としても機能している。
新幹線も在来線も通常通り運行されているのだ。
「こんな広い所を掃除するんだ……」
利用客でごった返す駅構内を物珍しそうに見回すエフェメラ。
失職から2日、彼女は最速の再就職を果たした。
高架下で助けた老人が代表を務める会社――迷宮純化局に。
諸々の手続きを終え、本日が初仕事。
仕事内容は、東京駅の特殊清掃だ。
「エフェメラさん、
エフェメラを呼ぶ無愛想な女の声。
声の主は青い作業服を纏い、腰からバスタードソードを下げた異人種。
純銀の如き髪より長耳を覗かせるエルフだ。
「は、はい!」
そんな先輩の後ろをエフェメラは慌てて追いかける。
迷宮純化局と標された清掃カートを押しながら。
「ここは他社の担当」
雑踏の中を迷うことなく進む小柄な先輩。
その顔を見た通行人は慌てて道を開け、2人の行手を遮るものはない。
「私たちは下だよ」
振り返るエルフの顔には、醜い火傷痕があった。
顔の左半分を覆う火傷痕は無秩序で、
再生治療が容易な時代に、それは誰もが忌避する凶相――
「分かりました、マグノリア先輩!」
喧騒に負けない溌剌とした声が返される。
火傷痕を見ようとエフェメラが態度を変えることはない。
輝く翡翠色の瞳には先輩が映っているだけだ。
「力仕事なら任せてください!」
握り拳を豊かな双丘に当て、エフェメラは自信満々に宣う。
その力んだ一瞬で、清掃カートの持ち手を針金のように曲げる。
「あ」
エフェメラは口元を押さえ、目撃した通行人たちは思わず二度見する。
「……気をつけてね」
プロフィールを事前に確認していたマグノリアだけが冷静に注意を促せた。
「はぃ…」
自信満々だったエフェメラは一瞬で萎れ、申し訳なさで身を縮める。
落ち度はあるが、悪気はない。
力の有り余る彼女は、ただ空回りしているだけなのだ。
そんな新人の姿を横目に、マグノリアは清掃カートからデッキブラシを抜く。
「……掃除用具は
デザインこそ既存製品だが、耐久性と魔力伝導率は全くの別物。
迷宮と隣接する施設の特殊清掃とは、文字通り特殊なのだ。
生半可な得物では務まらない。
「簡単には壊れない、はず」
それだけ告げて、火傷痕を隠すように顔を背けるマグノリア。
デッキブラシを乱雑に戻し、再び歩みを進める。
彼女なりのフォローだ。
「ありがとうございます!」
それが分からぬエフェメラではない。
翡翠色の瞳を輝かせ、尻尾を振りながら先輩の後を追う。
「そんなに力む必要はないよ」
慌ただしい足音を拾って長耳が揺れる。
「掃除するだけだから」
「はい、マグノリア先輩!」
丸の内地下中央口と記された案内図が近づくにつれ、周囲の景色が変質する。
人工照明に代わって蒼い鉱物群が駅構内を照らす。
それは異界の産物――迷宮の吹出物だ。
異界の門が開かれたことで、異空間と化した東京駅の地下は未知の資源を吐き出す。
「ここからは
天然のプラネタリウムと化した駅構内に近づく者は、そういったお宝目当ての探索者が大半。
「分かりました!」
そこにエフェメラたちのような施設管理員が混じる。
迷宮の入口となっても施設の維持管理は欠かせないのだ。
マグノリアは清掃カートを止めさせ、天井の鉱石群を指差す。
「今日は中央口前の……」
「モンスターだ!」
怒声が飛ぶ。
広がる騒めきに、金物の打ち合う甲高い音。
ここは迷宮の最前線、招かれざる客の乱入は珍しくない。
ただ――
「最近多くないか?」
「またかよ、くそっ……」
「なんで上階に向かってくるんだ…!」
得物を抜いた探索者たちが口々に悪態を吐く。
地下へ通じる階段には混沌が満ち、既に戦いの火蓋が切られている。
「今日も生ゴミか……」
それを眺めるマグノリアは、バスタードソードの柄に手をかけるも動かない。
「ど、どうしたらいいんですか?」
「モンスターが生ゴミになるまで待つ」
勝手が分からず周囲を見回すエフェメラに軽く手を振って応じる。
火線が走り、耳をつんざく爆発音が駅構内に鳴り響いた。
それは
「うわっ!」
「くそっ抜かれた!」
しかし、魔術の焔すら逃れ、重々しい羽音が騒乱の中から飛び出す。
漆黒の表皮、6本の脚、4枚の翅――その姿は、巨大な衛生害虫。
本能的に躱した探索者たちを置き去り、異人種の清掃員へ迫る。
「はぁ……またニブルか」
漆黒の異形を前に、溜息を一つ。
マグノリアはバスタードソードを抜き放ち、腰を落とす。
「下がって」
「はい!」
新人を下がらせ、ステップを踏みように床を蹴る。
漆黒の影を追う義眼。
交錯の瞬間、小柄な体を回す。
唸る白刃――その軌跡は、獲物の腹へと走った。
一刀両断。
絶命したニブルはタイルの床へと墜落する。
黒ずんだ体液を散らしながら。
「
エルフが呪文を唄い、義眼の魔術技巧は輝く。
刹那、色のない炎が穢れを灰へ変える。
すべての黒が灰へと変わり、マグノリアはバスタードソードを鞘に収めた。
「わぁぁ…!」
その華麗な手際にエフェメラは目を輝かせ、思わず拍手していた。
「さすがです、マグノリア先輩!」
「そ、そう…?」
駆け寄ってくる新人を見上げ、エルフは真紅の瞳を瞬かせる。
周囲の探索者は既に興味を失っていた。
迷宮において、この程度は対応できなければならない。
だからこそ、初めての反応にマグノリアは戸惑う。
「最近、こういうことが増えて……私としては勘弁したいよ」
翡翠色の瞳に映る銀髪のエルフは、ふいと目を逸らす。
それは気恥ずかしさを誤魔化すための逃避だった。
「……なるほど」
しかし、言葉を額面通り受け取ったエフェメラは、モンスターの侵入を問題と認識した。
原因は判明している。
ならば、新人として貢献できることは何か――
「あ!」
エフェメラは迷案を閃く。
「
「はい?」
マグノリアは目を丸くする。
なぜ禁忌指定された魔術が話題に飛び出したのか、皆目見当もつかない。
「行ってきます、マグノリア先輩!」
しかし、思い立ったら止まれぬドラゴンメイド。
その手には清掃カートから抜き取ったチリトリとデッキブラシ。
「ちょっとエフェメラさん…!?」
エプロンドレスを翻して、探索者の一団を軽々と飛び越す。
先輩の制止よりも早く、メイドの後ろ姿は東京迷宮へと消えていた。
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