4. 異世界ディスコミニケーション

「プルム様、それではこのタマネギたちを強くしてください」


 全滅を覚悟していたタマネギたち。だが、過酷な状況にもかかわらず僅かながら生き残っていた。このまま育ててやりたい。そう考えたストレルは、このタマネギを強くしてもらうことに決めた。


「うむ、わかった。じゃが、その前に、タマネギとやらの特徴を教えるのじゃ。素性を知っているのと知らぬのでは効果に差が出る」

「え? タマネギを知らないんですか?」


 ストレルは意外に思った。プルムとは普通に言葉が通じる。だから、当然のようにタマネギについても知っているものと思っていた。だが、よくよく思い出してみるとプルムは“タマネギとやら”という曖昧な言い方をしていたことを思い出す。


「ぬ……知らんのじゃ。じゃが、妾が物知らずというわけではないぞ。マーグフルーラは多様な植物がひしめき合っておるのじゃ。おそらくは、この試練の地よりもずっとずっとたくさんの植物が存在しておる。その全てを把握するなど、不可能じゃ!」


 プルムが苦い顔で言い訳めいた言葉を口にする。それもそうかとストレルは納得した。環境が違えば植物の分布は異なる。その全てを把握するなんてことは学者だとしても無理だ。


 説明の必要性を理解したストレルは、自分の知りうる知識をプルムへと伝えた。


「何となくじゃが、理解した。どうやらポルペッタに似た植物のようじゃな」

「ポルペッタ?」


 ストレルが首を傾げる。ポルペッタなる植物に聞き覚えはなかった。その反応を見て、今度はプルムが解説に回る。


「ポルペッタは食用植物じゃな。球根の部分を食すのじゃ。何層にも分かれておって、皮を剥くときどこまで剥けば良いのかわからなくなるそうじゃ」


(それは確かにタマネギに似ているなぁ。もしかしたら、呼び名が違うだけなのかも)


 ストレルはふむふむと頷いた。


「細くて長い葉が真っ直ぐに生える。その部分は他の食用植物に似ておるの」


(おお、やっぱりタマネギかもしれない!)


 タマネギの葉は見た目がネギに似ている。


「色は青じゃのぅ。他にもあるが、青が一般的じゃ」


(青? じゃあ、タマネギじゃない……のか?)


 ストレルの知るタマネギは可食部分が白い。青いタマネギは知らなかった。だが、世の中には紫タマネギというものがあると聞く。色が違うだけでは、完全に否定はできない。


「特徴的なのは刺激が強いところじゃな。刻むと涙がぽろぽろと出るのじゃ」


(それはタマネギだね! 間違いない)


 タマネギの催涙成分については有名な話だ。ここまで特徴が一致すれば、タマネギに違いないとストレルは確信したのだが……


「わりと凶暴で、隙を見せると襲ってくるのが厄介じゃのぅ」


 最後の特徴で全てが覆った。


「いや、それは絶対にタマネギじゃない! いったい、何の話をしてるんだよ!」

「だから、ポルペッタと言っておるじゃろうが!」


 そうであった。ストレルは改めて実感する。プルムの話を自分の常識ではかっては駄目だと。


 ともかく、知識の共有はできた。いよいよタマネギを強化する時だ。


「では、やるぞ。せっかくなので、全力じゃ!」


 プルムは、植物栄養剤によって高まった力を一気に解き放つ。全身が仄かに光り出し、オーラを纏ったような状態になった。波打つオーラの一部から幾筋かの光の束がほとばしる。その先にあるのは、タマネギの芽だ。全部で五つある。


「凄い……」


 ストレルから感嘆の言葉が漏れる。それほどまでに、神秘的な光景だった。光を浴びた芽は、虹色に輝き、プラムの力を受けて生まれ変わろうとしている。


「んん?」


 少しだけおかしいかなと思ったのは、その直後。タマネギの芽が急速に成長すると。青々とした葉を茂らせたのだ。タマネギを強くすると言うことで話はついたはずだが、成長させるとは聞いていなかった。


「え……ええ?」


 不信感は高まる。草の根元、地面に接する位置にぽこりと丸い物が出現したのだ。おそらくはタマネギであるはずのソレは、本来のものよりも格段に大きい。おそらくは、ストレルの頭部よりも。


(そう言えば、大きさについてはしっかり伝えてなかったか。失敗だったなぁ)


 ストレルは異変の原因を、情報共有の甘さだと考えた。プルムのイメージしたタマネギは、きっとこれくらいだったのだろうと。


 とはいえ、味や食感については齟齬がないようにしっかりと伝えてある。大きさに関しては予想外だが、さほど問題ではないと思っていた。このときまでは。


 だが、巨大タマネギのそばから何かがずぼりと生えてきたところで、考えが甘かったと悟る。問題ないわけがない。全く、全然、これっぽっちも大丈夫ではなかった。


「腕!?」


 タマネギの両脇に生えてきたのは、どう見ても腕だった。しかも、しっかりと筋肉がついた格闘家のような人の腕である。


 異常事態は終わらない。天に真っ直ぐ伸びた五対の腕が一斉にバタリと倒れた。腕は地面に這いつくばり、ぷるぷると震え出す。いや、違う。これは力が込められているのだ。周囲の土が盛り上がりタマネギがせり出してくる。


 その下にくっついているのは人の体だった。筋骨隆々とした逞しい肉体。それが上半身まで這い出てきたところで――――すぽんと地面から飛び出してきた。


「ひぇ」


 あまりの光景に驚き腰を抜かすストレル。その周囲を取り囲むかのような位置にすちゃりと着地したのは、五つの人影だ。


 体付きは、屈強な男性。ほぼ全裸だが、茶色のブーメランパンツのようなものを着用しているのでギリギリセーフだ。頭は巨大タマネギで、だとするとそこから生い茂る葉は髪の毛に当たるのだろうか。


 異様な状況だ。本来ならば、身を挺してストレルを庇うはずのバラートさえ、混乱して即座には動けなかった。


 だが、空気に飲まれていたのは、人間二人だけ。プルムは動じていないどころか、満面の笑みを浮かべて、ストレルに言い放つ。


「どうじゃ! とても強そうじゃろう!」


 強そうだ。そこに疑いは微塵もない。


(でも、違う! 物理的な強さはいらないんだよ!)


 ストレルはそのままうずくまると頭を抱えて丸くなった。




 異文化どころか異世界人とのコミュニケーションは実に難しい。果たして、ストレルは幼女魔王を上手く扱えるのか?


 この答えは……またの機会に。


―――


本作品は以上です!

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【短編】庭から生えた魔王様 小龍ろん @dolphin025025

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