3. みなぎってきた!

「僕はストレル・ガートナー。ガートナー家の三男だ」

「では、妾も改めて名乗るとしよう! マーグフルーラより来たりし魔王ゼラプル・ムーボスじゃ! 妾のことはプルムと呼ぶがよい。で、こっちはペットのチャッピーじゃな」


 薄い胸を張り、少女が答えた。自称とは言え、やはり魔王と名乗っている。聞き間違いであって欲しかったが、叶わぬ願いだったらしい。


 チャッピーというのはさきほどの蔦の巨獣だ。ストレルの除草剤で枯れてしまったかと思いきや、どうにか生きながらえていたらしい。しかし、すでにその面影はない。大量の枯れ草から這い出てきたときには子犬ほどのサイズに縮んでいたのだ。


 ついでに、少女――プルムも縮んで、いまや幼女といったサイズ感。当然、除草剤にそんな効果はないので、彼女も植物っぽいなにがしかなのだろう。


 ともかく、チャッピーの生存が確認できたおかげで、プルムも泣き止み、こうして交渉を持てるようになったわけである。


 畑を荒らされたストレルは責任を持って元に戻すことを要求。しかし幼女魔王はそれを拒んだ。両者の主張は平行線。だが、ストレルはここであえてがっかりした表情を浮かべて見せる。


「チャッピー、可哀想に……主人に恵まれていないな」

「ぴぃぴぃ!」

「そうじゃそうじゃ! 言うてやれ! 妾とチャッピーは仲良しじゃぞ! 勝手なことを言うでない!」


 ぴょんぴょん跳ねて怒りを表現しているらしいチャッピーと、それに便乗してこちらを責めるプルム。だが、ストレルは表情を変えずに首を振る。そして、ゆっくりとした口調でチャッピーに語りかけた。


「残念だけど、君は見捨てられたんだよ。ペットが起こした問題は主人の責任。だけど、プルム様は責任を放棄された。そうなると、君自身が責任を負うしかないんだ」

「ぴ、ぴぃぃ?」

「ち、違うのじゃ! 見捨ててなど、いないのじゃ!」


 不安げに見上げてくるチャッピーに、プルムがわたわたと弁明した。無論、ストレルも彼女がそんなつもりではなかったことなど承知の上だ。枯れ草の山に縋り付いて号泣した姿を見ているので、彼女にとってチャッピーが大切な存在なのだと知っている。


(まさに計画通り……だねぇ)


 だからこそ、弱点となると考えた。ストレルは、畑のためなら非情になれる男なのだ。


「ば、罰とは何じゃ? チャッピーに何をするつもりなんじゃ!」

「さっきのアレを、また浴びて貰うことになります」

「ぴぃぃ!?」

「な、なんと酷い……」


 厳しい顔を作って告げると、チャッピーは悲鳴を上げ、プルムはその場に崩れ落ちた。流石に、脅しが効き過ぎたかとストレルは慌てる。考えてみれば当たり前で、彼女たちにとって、ストレルの除草剤は有毒物質だ。先ほどの宣告は死罪に等しい。


「くっ……ならば、妾が半分引き受けるのじゃ! それならば、どうにか生き残れるかもしれぬ!」

「ぴぃ!? ぴぃぴぃ!」


 覚悟を決めた様子のプルムに、ストレルは内心で焦った。


「待とう。ちょっと待とう。決断が早すぎる。罰を避けるために、君が責任を取ればいいだけなんだ。冷静になろう」

「妾が責任を……? そう言えば、そんなことを言っておったな」


 責任を取れと言われてプルムはこてんと首を傾げた。だが、すぐに彼女の顔が真っ赤に染まる。


「も、もしやそれは……雄しべと雌しべ的なアレのことか! 妾にはまだ早いのじゃ!」


 雄しべと雌しべ的なアレ。人間で言えば、男女のソレのことである。それを聞いたストレルは――――


「うん? 受粉作業は無理ってことかな? いや、別に他の作業でも」


 まさかのスルー。もともと農作業を手伝わせる気であったため、文字通りの意味として受け取ってしまったのだ。


 そんなやり取りを聞いて、バラートは内心で呟く。


(坊ちゃまもそういうお年頃ですか。そろそろお相手も考えねばなりませんな)


 酷い誤解である。


「プルム様は魔王なんですよね? その力で畑の植物を強くしたりはできませんか?」

「も、もちろんじゃ! 妾は魔王じゃぞ。そのくらい簡単じゃ!」

「おお、そうですか! では、その力で僕の育てる野菜を強くしてもらえませんか?」


 魔王の力を使えば、植物を強くすることができるという。病気にも気候変動にも負けない丈夫な野菜が作れれば、ストレルとしてはしめたものである。仮に、その特性が次代以降も受け継がれるなら、庭を荒らされたことを差し引いてもお釣りがくるほどだ。


「では、早速、やってもらえますか?」

「……仕方あるまい。じょそーざいとやらで、妾の力は大きく失われた今、ここで無理をすれば妾の命は尽きるかもしれぬが……」

「待った。わかった。そこまでしなくていいから」


 どうやら、除草剤が効きすぎたらしい。魔王すら弱体化させるとは、流石は星5ギフトである。だが、そのせいで、プルムに協力してもらうのは難しそうだ。


(……いや、ちょっと待てよ)


 ここでストレルに名案が浮かぶ。除草剤の効果がここまで劇的なら、他の力も高い効果が得られるのではないか。


 適当な容器に手を翳す。ストレルの手のひらから注がれたのは淡い緑色の液体だった。


「これを試してみてください」

「な、なんじゃ? 毒か?」

「違いますよ! これは植物栄養剤です。さっきの除草剤が毒だとしたら、こっちは薬みたいなものですよ」


 除草剤で負傷するなら、植物栄養剤で回復するだろうという単純な発想だ。魔王が力を取り戻す手伝いをする。ある意味では、人類に仇なす行為だ。だが、ストレルは躊躇しなかった。全ては丈夫な作物のために。


 一方、プルムも本能的に液体の効果を感じ取っていた。そうなると、もう目が離せない。


「た、確かに、さっきの液体とは違うようじゃ。それどころか、何とも芳しい……! こ、これは妾が飲んでもいいんじゃな? 本当じゃな?」

「え? あ、うん。どうぞどうぞ」


 妙にテンションの高いプルムの様子に驚きつつ、ストレルは栄養剤を勧める。許可を得たプルムは、一切の躊躇なく、それを飲み干した。


「ふおぉぉおお! みなぎってきたのじゃー! 今の妾に不可能はないのじゃ!」


 両手を掲げて、プルムが天に吠える。栄養剤を取り込んだ瞬間、全身に力が満ちた。今、彼女はかつてないほどの万能感に包まれている。

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