【EPISODE1】

■■プロローグ■■

001:「プロローグ(Ⅰ) 冥夜の狂宴」


 死霊法術師ネクロマンサーは人々に忌み嫌われる存在である……


 立っている事が困難なほどの大嵐。散弾銃に撃たれてしまったかのような雨粒が全身に打ち付ける。『破戒僧』の托鉢笠たきはつかさは彼方へ吹き飛ばされ、身に纏うみのも役目を果たせない。

 それでも破戒僧は精神集中。鬼神の如き形相で法術陣を維持し続ける。手にした数珠、そのたまの一つに『法術結晶』がはめ込まれていた。数珠が破戒僧のワンドである。

「ムンッ!」

 破戒僧は気合いを入れ直す! 自身の『アルマ』より生ずる『オーラ』を極限まで高めた『威気イブキ』、或いは「パワーオーラ」と言われる力は法術結晶により物理エネルギー状態へと「生成」される。

 生成された強大なエネルギー。だがそのままでは意味を成さない。術者は『法術陣』を構築することによって様々な物質や物理的エネルギーへと「変換」。破戒僧は数珠の数センチ先に極めて精緻で複雑な法術陣を幾重にも構築していた。

「ムムムム……」

 破戒僧は自らの威気を高めながら、高度で複雑な法術陣を維持し続ける、強靱な精神力。同じく法術で構築した索条ケーブルを通して戦闘中の『鎧武者』を駆動させるための威気パワーオーラを供給し続けていた。

 死霊アンデッドを生前同様の状態で駆動させる。最上位級の法術師である「死霊法術師ネクロマンサー」にとっても至難のわざ。それを可能としている破戒僧。かつては神童と噂されるほど才能溢れる法術師ゆえである。

「小娘が、この果たし合い、我等と出会った事に後悔するのだな!」

 死霊法術師の補助と制御により、鎧武者は天下無双と噂されていた生前の戦闘力を完全に取り戻していた。

「ウオオオオオオオオ!!」

 鎧武者はけだもの咆哮ほうこうが如き叫び声。両手に一振りずつ大太刀、幾度も重斬撃を放つ。戦闘用に高められた威気、『闘気バトル・オーラ』を纏う大太刀の威力は絶大。鉄筋コンクリート、剥き出しになった太い鉄骨をも容易に断ち切ることができた。

「グオォ!」

「ウオゥ!」

 鎧武者は大太刀を自在に操り、敵アンデッドを追い詰めようとする。かつて天にも届く高さを誇った超高層ビル、転移によってビルは真っ二つに折れていた。傾いたビルの壁面を鎧武者と少女が縦横無尽に走り回る。

 決闘の相手は小柄で華奢な少女。容姿はフードとマントに隠され不明。

「何故斬れぬ!?」

 破戒僧は焦り、苛立つ。我が鎧武者ともが長年磨き上げた剣技が通じない。何度刀を振るっても、紙一重で躱されてしまう。それでも鎧武者は記憶と身体に刻まれた剣技を駆使し『少女型アンデッド』を攻め続けた。

「オオオオオッ」

 鎧武者の猛攻。大嵐の中、倒壊したビル、水に濡れたコンクリート、足場は悪い。草鞋わらじが滑り、体勢が崩れそうになる。それでも巨体を何度も跳躍ジャンプジャンプさせ、少女型のアンデッドを追い詰めていく。

「もう何度斬られてもおかしくないはず。なのに!」

 少女型アンデッドの動きは不安定な足場の中、まるでダンスを舞い踊っているかのように優雅。強者つわものが翻弄され続けていた。

 破戒僧舌打ち。

「クッ、よく逃げ回る」

 アンデッドは意識や人格「人の心」は。だが、脳や神経、身体に刻まれた「生前の記憶」は死後暫く肉体に留まっている。死後直後ならより多く、腐乱死霊ゾンビ白骨死霊スケルトンに成り果てたとしても、僅かに残った「魂の記憶」。それが死体を動かすキーとなる。

 鎧武者の記憶は、破戒僧にある技を発動するよう告げた。

「承知!」

 敵の動きは見切った、敵もこちらの斬撃がどれ程の速さか、慣れ始めているだろう。故に鎧武者が繰り出す必殺技は絶対に躱せない。

縮地しゅくち!!」

 瞬間、鎧武者の巨体は残像を残し視界から消えた。二本の大太刀をX字に構え超音速で突進、達人でも反応出来ない超高速の必殺技が少女型アンデッドに襲いかかった。先刻までの速さに慣れた敵は為す術無く斬られ……

「何と!!」

 斬ったはずの少女が斬れていない。二本の大太刀は少女の首筋に届く直前、ほんの数ミリ、見えない鎧に阻まれていた。

「防御闘気!? ……なのか」

 少女の身体は、全身が強力な闘気によって守られ、鋼鉄を断ち斬るほどの威力を誇る鎧武者の斬撃が弾かれていたのだ。

莫迦ばかな!」

 鎧武者が何度も大太刀を振り下ろした。金属同士が衝突しているかのような火花が散る。少女は避けようとすらしなかった。全ての重斬撃は少女が纏っている闘気の鎧に防がれ身体には届かない。鋭い金属音が嵐の夜に鳴り響く。

「ウオオオ!」

 鎧武者渾身の一撃、刃こぼれをおこし、最後は大太刀が一本折れてしまった。

金剛こんごうの如き硬さ。これほどの防御闘気、拙僧は知らぬ」

 魂無き死者が魂より発する生命力、オーラを発生させる事は絶対不可能。「オーラを発生させられる」と言う事はというあかし。だが、敵の死霊は間違い無くオーラ……否、極限まで高められた戦闘用の威気、「闘気バトル・オーラ」を使いこなしていた。

「有り得ぬ!?」

 破戒僧は少女の後方で腕組みして立っている術者、死霊法術師に視線を移した。

「何もしていないのか? どんな秘術を用いているのだ?」

 目の前で戦っている少女は死霊アンデッドである事だけは確か。

「何をすれば、死霊のみで闘気を? 解らぬ! 敵は拙僧以上の……」

 目の前で戦っている少女型のアンデッド、生前どれ程の強者だったのか? そして、ただ立っているだけの死霊法術師も自身以上の階位レベルなのか。

「……認めぬ! 拙僧は絶対に認めぬぞ!」

 鎧武者は一旦飛び退き少女型アンデッドと距離をおいた。

 対峙した両者。決闘に相応しい大嵐の夜。


冥夜の狂宴よるのうたげ』。今宵の舞台は魔界遺跡。

 

 中央諸侯群より少し離れた神域外。狂宴の舞台は『魔界遺跡』。数百年前に時空間転移して来たのだろう。かなり風化していた。

 地表ごと抉り取られていた魔界の大都市。天にも届く高層ビル群は時空間転移時の激しい衝撃で全て崩壊、地表は数十度傾いたまま。半分朽ち果てた道路標識は魔界文字で書かれている。辛うじて「ブルジュ・ハ……」他は錆落ち解読する事は難しくなっていた。この遺跡は夢幻この世界には存在しない「石油オイル」によって繁栄し、砂漠の中に建設された巨大都市メトロポリスの一部分。

 またこの一帯は『神域』の加護が及ばぬ領域。故に魔界より次々魔物モンスターが転移侵攻して来る。人は暮らせぬ死の大地である。

 危険な神域外、しかも魔物の動きが活性化する闇夜。数多くの魔物が蠢く魔界遺跡に人影。マントを纏った四人の冒険者。死霊法術師と死霊アンデッドチームとなり「冥夜の狂宴」と言われる決闘を繰り広げていた。

 一方は三メートルを超える巨漢と小柄な中年男。二人の容姿、服装は遙か彼方、『大陸(Ⅰ)』、通称「盤古パンゲア」から旅してきた冒険者である事を物語っている。

 小柄な男は雨よけの蓑を纏い薄汚れボロボロになった墨染めの袈裟。彼は「大陸(Ⅰ)」で広く信仰されている宗教の一つ、「ダルシャナ教」の僧侶だった。

 旅の僧侶…………否、今は死霊法術師に堕ちたが故、御仏みほとけの教えに背き「破戒僧」と成り果ててしまった男。

 身の丈三メートルを超える巨漢の男はアンデッド、「鎧武者」。大鎧に身を包んだ武者、或いは僧兵だろうか? 顔は白い頭巾「裹頭」によって隠されていた。身に纏う大鎧、かつては銘のある一品だったであろう……だが、数多くの果たし合いで傷つき汚れ、また死霊の身体に癒着していた。両手に大太刀二本、背中には放射状に太刀を十本背負う、異形の侍。

 破戒僧は対峙しているもう一組の冒険者。彼等はこの大陸、『大陸(Ⅱ)』通称「パノティア」出身の冒険者であろう。

 両名とも顔はフードで覆われどの様な人物かは不明。二人が身に着けているマントは漆黒、極上の素材と仕立て、更に見事な刺繍を施されていた、新品と見紛う。彼等はかなり身分の高い貴族らしい。少女型アンデッドは漆黒のドレス姿。死霊法術師は燕尾服だろう……まだ十代? とても若い。『若い冒険者』達。

 鎧武者は隙無く構え、少女型アンデッドは戦闘態勢を取らず突っ立ったまま。

「ムム、なかなかの強者だ……」

 破戒僧は数珠を強く握りしめた。

「だが、勝たねばならぬ……勝たねば……全てが……」

 破戒僧は一瞬、過去の記憶を思い起こした。

「拙僧の友は天下無双をこころざし、修行と果たし合いに明け暮れ、天下に名の知れた武芸者とまで噂されるようなった」

 破戒僧は死霊となった友の背を見つめた。

「だが……友は道半ばで病に倒れ……そのまま……」

 我が友が『闘術』を極めた者の証、天下無双の称号「大剣豪」である事を世ににしら示す! それが冥夜の狂宴に参加した理由である。

 敵は……少女型アンデッドを操る術者は死霊同様若い女の子。だが、相手が死霊法術師であれば容姿は欺瞞ぎまんかもしれない。

「死霊法術師同士の果たし合い、油断せぬぞ」

 破戒僧は目を瞑り、落ち着きを取り戻す。

「これもまた、果たし合いに過ぎぬ……我等はただ……」

 死霊法術師同士の決闘が「冥夜の狂宴」と呼ばれるようになったのはつい最近。

「推して参るのみ!! 『バースト』!」

 破戒僧の魂は一瞬小さく輝いた、次の瞬間、破戒僧の身体ら威気が爆発的に噴出する。人間の限界を超えた爆発的オーラ。

 破戒僧と鎧武者を繋ぐ索条ケーブルに超高エネルギーが伝達され、鎧武者の全身からも闘気が噴出した。

 全てのに存在する「アルマ」、魂には異界へと通じる門があると言い伝えられていた。門より発せられる根源的「力」は全身を巡る生体エネルギー「オーラ」と呼称されている。限界を超え、極限まで高められたオーラ、「威気イブキ」は夢幻世界に遍く存在し、唯一、オーラとのみ反応すると言われている『幻空域エーテル』を励起せ、様々な原子や物質と同じ性質を持つ『幻子メダジオン』を顕現リアライズさせる。

 全身光輝く鎧武者。吹き上がる闘気。顕現リアライズした事によって、闘気は光輝く「幻子メダジオン」を生成し、オーラは可視化、実体化した。

 少女型アンデッドが防御闘気によって重斬撃を弾く事が出来るのも、少女の闘気が常人には不可視の薄さで、強固な「金属系幻子」を実体化させていたからである。


 オーラの実体化。夢幻世界における戦闘バトルの根幹を成す技である。


 破戒僧が大きな声で叫んだ。

「我が友、魂色は「若葉色」。闘気バトル・オーラ、銘は大樹!! 『大樹の闘気』也」

 少女型アンデッドの術者。後方に立つ若い死霊法術師は腕組みしたまま戦況を見守っていた。小さく呟く。

「ふ~ん。「木のオーラ」の発展系……水のオーラも少し混じっているか? 大樹のオーラねぇ。「侍」が操る闘気術の猿真似。まぁ奴等、パンゲア民だしな」

 若い死霊法術師は不敵な笑み。

「バーストしたか……なら、もうチョットは楽しませてくれよ」

 鎧武者の闘気が変化……小さな芽が生長し、葉が生い茂り大樹になって行くよう具現化していく。そのまま巨体の背に大きな木、大樹が実体化した。

 闘気が幻子により大樹の姿を象る。「オーラの具現化」である。

「イザ尋常に勝負!」

 大樹の形が変化し十本の枝となる、枝はそれぞれ手の形状に変化し、背中に差した十本の太刀を引き抜いた。

「十二観音!」

 両手に持った大太刀と会わせ、十二本の太刀を駆使し、鎧武者は猛攻を仕掛けた。バースト状態。強力な闘気を纏った大太刀の切れ味は更に増している。

 少女型アンデッドはそれらの猛攻を躱し、一旦後方へ飛び退く。

「無駄!!」

 大樹の手は長さを自在に操れる。闘気を纏った十本の太刀は、回避不能の軌道を描きき少女型のアンデッドに襲いかかった。

 若い死霊法術師、フードに隠された口元が笑みを浮かべた。

「木のオーラの性質を利用した剣戟、それが彼奴等きゃつらの『戦闘術ファイアート』って訳か、ふ~ん。その程度じゃ……」

 次の瞬間、鋭い金属音、十本の太刀は全て吹き飛ばされた。

「!!」

 少女型アンデッドはワンドを握っていた。破戒僧が叫ぶ。

「法術師!? いや」

 ワンドが展開、「大鎌槍サイズハルバート」に変化した。槍斧ハルバートの一種、斧の部分が巨大な鎌状になっている大鎌槍。とある理由からこの「大陸(Ⅱ)パノティア」の女性貴族が闘術用の武器として広く愛用されていた。

 少女型のアンデッドが装備していた大鎌槍、携帯できるよう折りたたむ事の出来る冒険者用。展開状態、やいばは法術により形成されている。闘気を纏った光の刃ビームサーベル

 少女型のアンデッドは大鎌槍を振り回す、その動きは天女の舞、最後は槍を大上段に構え、鋭く尖った大鎌の刃先は天を向いた。時が止まったような静かな構え。

 破戒僧、鎧武者ともこれほどまでに美しい構えを見た事がない。それは少女型アンデッドが今まで戦ってきた相手とは別格の強さである事を示していた。

「お姉様……こんなザコ侍につるぎで応えるのですか? お優し過ぎです」

 若い死霊法術師は小さく溜息をついた。

「友よ……」

 人格を失い、死肉の塊となってしまった友。目の前に立つ最強の敵との戦いに震えていたのか? それとも死者が死の恐怖に打ち震えていたのか?

「勝たねば友は!!」

 破戒僧の叫び。十本の太刀は再び少女型アンデッドに向かい攻撃を仕掛けた。大樹の闘気によって操られた十本の刀。常人なら為す術無く斬られてしまうだろう。だが少女型アンデッドはそれら全てを大鎌槍一本で弾き返した。大鎌槍、巨大な鎌は柄をほんの僅、八の字に回転させるだけで広範囲を防御可能にする。大鎌槍は攻防一体の長柄兵器ポールウエポン。嵐の夜に舞う少女型アンデッド。

 鎧武者は全ての太刀を防ぎきられた。

「だがまだだ!!」

 腕組みしたまま、遠くから戦いを見つめていた若い死霊法術師は小さく呟いた。

「フン、影葉……ね」

 鎧武者が放った必殺の一撃、それは十本の太刀で怒濤の攻撃を繰り出し、それでも仕留められない強敵に対し用いる技。

「有り得ない、あの乱戦、あの攻撃の中で闘気の流れが見えるはずが!」

 人間の死角から攻撃を仕掛ける闘気を纏った小刀、薄く引きのばし目に見えず、地中をつたい足下から奇襲攻撃を仕掛ける必殺技「影葉」。少女型アンデッドは腰に差した小太刀を僅かに抜いて刀身で影葉……隠された攻撃を防いでいたのだ。

「……ったく、ザコ戦法ばかり。テメエのアンデッドじゃあお姉様の稽古相手すら務まらねえぜ」

 鎧武者は飛び退き体勢を立て直そうとする。

「お姉様、いい加減もう終わらせましょう」

「おのれぇ!」

 破戒僧、怒り、鎧武者を突進させる。

「ザコがギャァギャァギャァギャァよく吠える」

 若い死霊法術師は呆れていた。

「お姉様、この戦いは完全完璧に時間の無駄。鍛錬にすらなりません」

「オオオオッ! 許せん!」

 鎧武者、と破戒僧が同時に叫び声をあげながら突貫。

 突貫してくる鎧武者に対し、少女型アンデッドの攻撃。闘気技の一つ「破闘気」。全身から放たれた火の属性を持つ破闘気、強烈な衝撃波となって顕現リアライズしている大樹の闘気を破壊、炎上させた。

「グオォ」

 吹き飛ばされた「幻子」の枝。

 若い死霊法術師。

「お~お、よく燃えるぜ」

 太刀が吹き飛ばされ周囲に散らばり地面に突き刺さる。大樹を構成していた「幻子」はオーラ力が失われると、物質化、原子化が維持できなくなり、元のエーテルへ還り、この世界から消滅する。

「何という闘気の威力…………まだまだ!!」

 破戒僧は諦めない、諦めれば、負ければ全ては……

「ウオオオ!」

 だが、大樹の闘気を再び具現化させる時間は無かった。突貫してきた少女型アンデッド。防御しなければ斬られ……

 鎧武者の両肩から黒色の血飛沫が吹き出した。既に肩から両腕を斬られていた。バーストしていないにもかかわらず、少女型アンデッドは早かった。バーストによって全感覚が高められているはずの鎧武者が知覚することすら出来ない程に……

 破戒僧の目に涙が溢れ出した。この決闘、果たし合いではなかった。

「我等は、ただただ弄ばれていたのか……!?」

 斬られた瞬間、破戒僧は死霊法術師として、を打ち砕かれてしまった事を悟った。

「ハイ終了。どーこが天下無双だ。このクソザコが! お姉様の戦闘力すら見抜けてねえ。一つだけヒントを教えてやる。「テメエ等はズブ濡れ」「オレ様達はまったく濡れてねえ」それすら気がついていねえようじゃぁ、テメエらの階位レベルせいぜい田舎侍、いいや……底辺侍。侍を名乗ることすら恥ずかしいぜ」

 強さの次元が違い過ぎた。

「ウォォォォォ!!」

 鎧武者が吠える。もはや攻撃手段は無い。その咆哮は嘆きなのか?

「うるせえ、敗北者が喚くな」

 若い死霊法術師は小さく呟いた。

「友よーっ!!」

 破戒僧が絶叫する。

 少女型アンデッドは左手で抜き手。頑強な大鎧を素手で打ち抜き体内からを抜き出した。


 この瞬間「破戒僧」は「冥夜の狂宴」から脱落した……


「ギャァオオオオオオ」

 鎧武者は制御を失い只の死霊アンデッドへと還っていく。

「あああっ……」

 制御を失った鎧武者、暴れ回り、そのまま足を滑らせ大きな音と共に濡れた地面に倒れた。アンデッド両肩から大量の『黒魔血』が流れ出る。

 天下無双の夢は……あっけなくついえた。

 少女型アンデッドは首飾り、『銀河教ユニバ=ネビュラス』の星紋に手を触れた。合成音声で、祈りの言葉を天に捧げ、倒れた鎧武者に触れた。

 光輝く星紋、高められた少女型アンデッドのオーラは威気と変化、更に闘気とは異なる別種類のオーラが全身から発せられた。それは神聖な力と癒しを人々にもたらす『聖気ホーリー・オーラ』。聖気も闘気と同じく「幻空域エーテル」を励起させ、「幻子メダジオン」が生成される。

 少女型アンデッド、祈りは天に通じ、常世とこよより降臨した銀河教の「聖霊」、「浄化の小天使」、そのアルマが召喚された。

 幻子メダジオンが身体を構成する依り代となり、光輝く愛らしい小天使が顕現リアライズした。『闘術』『法術』と並び、夢幻世界で様々な奇跡を起こすスキル

「……『霊術』……莫迦な……」

 目に涙を浮かべた破戒僧、その光景を見つめる事しか出来なかった。

 鎧武者の肉体、魔素や毒素等を消滅させる浄化の小天使は小さな翼を巨大化させ鎧武者を包み込む。鎧武者は浄化の奇跡により、光の粒と化し、消滅していった。

「有り得ない、絶対に有り得ない、不可能だ」

 破戒僧は戦いの結末を即座に受け入れることが出来なかった。

「死人が魂……アンデッドには魂が無い……はず、それが霊術を? 如何にして」

「フン、人工的に魂。いや闘気すら再現できねえ。テメエも武者同様凡夫ザコ死霊法術師ネクロマンサーって事だ。「完全な不死者」の創造。この狂った宴には役不足、オーディションで落とされるレベルだぜ」

 若い女子の死霊法術師、フードに隠され顔は不明。

「さて、「夢幻の心臓」は手に入った。クソ雨の夜にオレ様を呼び出しやがって」

 そして、若い死霊法術師は口が悪い。

 鎧武者は完全に光の粒となって常世とこよ……アルマの世界へと旅立っていった。大鎧と太刀、そして破戒僧によって人工的に造られた、死霊の臓器類だけが残され……友は永遠に失われた。

 破戒僧はそのまま、へたり込む。

「完全自立、生前の力……闘気を操り霊術まで……死霊が祈りを……それではまるで「お始祖様」の力……」

 全ての死霊法術師が目指す死霊アンデッド頂点。それは死霊法術の大系を完成させたと言い伝えられている始祖にして究極の死霊法術師ネクロマンサー、厄災の使徒、第二世『魔帝デモンカイゼル』。彼の者が創造したと言われる伝説の死霊アンデッド完全な不死者ヴィクター』を再び創造する事。

 かつて神童と噂された破戒僧ですらその片鱗しか手にすることが出来なかった。だが、目の前に立つ若い死霊法術師はその高みに手が届きつつある事は確か。凡夫には想像すら叶わない、最上階位ハイレベルの死霊法術師だった。

 死霊法術師はアンデッドの手から「夢幻の心臓」を譲り受ける。法術によってこびり付いた血肉を燃やす、ターン・アンデッドの黒い炎。

「まぁ、テメエの友人は本望だっただろうぜ……死霊と化してまで……最後の果たし合い、お姉様は正真正銘、天下無双の「大剣豪」なのだからな。まぁ当然、ぜんぜん、まったく、これっぽっちも本気じゃあなかったけどな」

 若い死霊法術師は懐からもう一つ「夢幻の心臓」を取り出した。大きさは鎧武者の中枢として使用されていた物より小さい。「夢幻の心臓」は鮮血が結晶化したような赤く輝く宝玉、夢幻の心臓を制御回路サーキット、擬似的な魂として用いればアンデッドの能力を飛躍的に向上させることが出来た。冥夜の狂宴の紹介状には、失われた魔帝の絶技と説明されている。

 夢幻の心臓二つを近づけると一つに……輝きが増した。

「ふーん、こうすると探知範囲が広がるって訳か」

 探知範囲に数個の点。他の「夢幻の心臓」所持者の位置が表示されていた。

「なぁるほど。こうやって戦い続けろってって事か。えげつないぜ」

「…………」

 若い死霊法術師はを失い、項垂れる破戒僧を一瞥した。

「破戒僧に堕ちてまで、死霊法術の探求に人生の全てを捧げた拙僧は……」

 大粒の雨が破戒僧を打ち付ける。

「戦いは終わった、ここがテメエの夢の果てだ」

「ここが、拙僧の……」

 へたり込んだまま、破壊僧は若い死霊法術師を見つめた。

「そうだ、所詮は凡夫ザコの見果てぬ夢。友を失い、テメエの狂宴よるは終わった。もう夜明け、お目覚めの時間だぜ」

 破戒僧は呆然としながらも一人呟き続けた。

「拙僧がもっと能力が高かったら。友が病に倒れなかったら……夢幻の心臓の解析が……もっと多くを学べれば……ぬしのような天才ならば……もっともっと強力な素体が……もっともっともっと、死霊法術師に極み……」

 死霊法術は人を狂わせる「魔術」の極み。故に、少女型アンデッドを所有する若い死霊法術師は破戒僧に対し、一言だけ語りかけた。

「一つだけ忠告しておく。にだけは堕ちるんじゃねえぞ。じゃあな、オレ様達、死霊法術師の行く先は皆同じ。冥府じごくでまた会おうぜ」

 若い死霊法術師は少女型アンデッドと共に魔界遺跡を後にした。


 冥夜の狂宴、それは「魔術」を極めようとする者達に用意された破滅への道。

 いつの間にか嵐は去り、雲間から夢幻世界三つの月。その一つ、死者の月と言われる「碧い月」が覗き見え魔界遺跡を照らし出した。

「次は、何処だ? 一体誰と戦う……?」

 夢幻の心臓が示す光点はある地点を示していた。

「ふ~ん。『ルーナ=ハウル領』ねぇ、大王都の裏庭。チョコッと遠いな」

 若い死霊法術師は遙か彼方、次なる敵を求め天を見上げた。




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