読切版 陸

 神簡を開きその名を口にしたその瞬間、富久原に常闇が降り立った。


「あの時の…!!」


 神簡を授かった時と同じ暗闇が全てを包み込む。立っているのかすら分からない闇の中…それは開いた。


 空中にぽつりと煌めく、目も眩むような二つの紅。


「何、これ…?」


 呆然と立ち尽くすわたしのすぐ目の前で、喪簡の体が何かに掴まれた。


「アァ…アゥ…」


 もがき苦しむ喪簡を掴んでいたのはあの時見た左腕。 腕は喪簡を持ち上げると空に浮かぶ二つの紅の近くへとそれを持っていく。


 そして真紅の門が…大きな口が開いた。


「あっ…、あっ…!!」


 神簡は八百万の神々から授かる御力だってお婆ちゃんは言っていた。


 でも、これは違う!こんなの神様なんかじゃない!!わたしは…【誰からナニを授かったの】


「ひぃっ!?」


 口に投げ込まれた喪簡は耳ざわりな異音と共に噛み砕かれていく。


 飛び散る金の破片と共に、目の前に何かが落ちてきた。


 喪簡の首だ。


「ァ…タ……」



 会いたかったよ



 それが喪簡の最期の言葉。


 伸びた左腕が首を摘んで口に放り込み、口が黒ずんだ巻物を吐き出す。


 吐き出されたそれはわたしのすぐ横で浮遊している巻物へと吸い込まれ、完全に飲み込まれたところで神簡が閉じて消えた。


 そして、口から漆黒の濃霧…否、大量の虫が飛翔する。


 虫達は穢土に咲いた黒い蓮を片っ端から食べ尽くし、やがて事切れて地面に堆積していく。


 虫達の死骸が徐々に炭となって風に散り、完全に消え去る頃には黒い蓮も、澱んだ大地もない綺麗な地面へと変わっていた。


 それを見届けた赤い目はゆっくりと閉じて消え、富久原に夜明けの光が差し込む。


「お、終わった…?」


 事態が受け入れられずに放心していると、小さな物音がした。


「紗兎ちゃん!香熊様!」


 慌てて駆け寄り抱き起こす。目立った外傷はなく、見た限りでは特に異常はない。


「お怪我はありませんか!?」

「うん…」

「えぇ…」


 香熊様は周囲を見渡してわたしに向き直る。


「穢土が消えてる!?何が起きたの?」

「えっと、わたしの神簡が消しました」

「…はぁっ!?消した!?それは本当な…」

「あのっ!!」


 香熊様の話を遮った紗兎ちゃんは起き上がって距離を取り…突然わたしに跪いた。


「緒國さん…ううん。緒國様。どうか、どうかワタシを貴女の家来にして下さい!」

「えっ…ええええええっっっ!?!?!?」

「け、家来ぃっ!?」


 突然の申し出に戸惑うも、その目を見れば分かる。


 紗兎ちゃんは本気だ。


「ワタシはずっと探しておりました。故郷の穢土を祓い、百鬼夜行を終わらせる方法を。緒國様…。ワタシは貴女に忠誠を誓います。なので、どうか…!どうか!我が故郷の穢土を祓って下さいませ!」


 よくよく考えたら、その提案は魅力的かもしれない。


 武家には家臣が不可欠。その点で言えば紗兎ちゃんは申し分ない実力者だ。


「うちは貧乏だから、すぐに禄は払えないよ」

「出世払いで構いません」


 そんな風に言われたら、絶対に再興するしかなくなるじゃない。


「…分かった。これからよろしくね…紗兎!」

「…っ!はっ!!」

「判断早くないかしら!?」


 初めての家臣がもたらしてくれた小さくても確かな夢への第一歩。


 それは明け始めた空のように明るく澄み渡っていた。




【あとがき】

 今回のお話は1話だけ思いついた長編を読み切りという形にしたものです


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少女流離譚-菊桜物語- 風来の御子は百鬼夜行を終わらせる 読切版 こしこん @kosikon

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