読切版 伍
「〜〜〜っっ!?!?!?」
「ーーーーっっ!!!」
突如絶叫を上げ、のたうち回る化け物達。さっきまでの臨戦態勢が嘘のように総崩れになり、鉄壁の布陣に綻びが生じる。
「何が起きてるの?」
「鬼術。耳鳴り起こした」
「きじゅつ?」
「鬼が使う妖術よ。雌が使うなんて話聞いたことないわ」
香熊様はその切っ先を紗兎ちゃんからもだえ苦しむ化け物達に向け直す。
「ありがとう!紗兎ちゃん!」
「気にしないで。昼間のお礼」
「助太刀感謝するわ。今のうちに芯を探すわよ」
「はい!」
「ならこの子を使うといい。…有明!!」
紗兎ちゃんがそう叫ぶと、熊くらい大きい真っ黒な何かがものすごい速さでこっちに向かってきた。
黒い狼だ。
耳が垂れてて鼻が短かい変わった風貌のそれは紗兎ちゃんのもとに駆けつけるとちょこんと可愛らしくお座りした。
「式獣!?」
「有明。この子なら芯の匂いを辿れる」
「かっ…」
「三原さん?」
つぶらな瞳、狼にしては短くさらりとした毛、動くたびにヒラヒラと揺れる垂れた耳…
「かわいいーーっっ!!!」
「えぇ…」
「わたしは緒國!よろしくねっ、有明」
「待って。有明は…」
手を差し伸べると有明の顔が手に近づいてくる。
鼻をひくつかせて匂いを嗅いだ有明は真っ赤な帯のような舌を伸ばしてわたしの手を舐めた。
そして敵じゃないと分かってくれたのか、大きな尻尾を振りながらわたしの顔をペロペロと舐め始めた。
「ひゃあっ!?あははっ!くすぐったいよぉ」
「懐いた…!?」
「ちょっと!今そんなことしてる場合じゃないでしょう!」
「あっ!そうでした!」
有明があまりにも可愛かったからついつい忘れていた。
鼻を擦り付けて甘えてくる有明をひと撫でして改めて喪簡に向き直る。
「わたしは有明と芯を探します!」
「私は今のうちに奴らを叩くわ」
「じゃあワタシもそれやる」
紗兎ちゃんの提案に香熊様はぎょっとした顔で彼女を見る。
「何を企んでいるの?」
「さっき言った。昼間のお礼」
その答えに納得がいかないのか、香熊様は渋々といった顔で前を向く。
「行くよ有明!」
「わふっ!!」
「妙な真似をすれば斬る。忘れないで」
「
作戦会議を終えたわたし達はそれぞれの役目を果たすために走り出す。
まずは少しずつだけど回復し始めた化け物達を香熊様と紗兎ちゃんが討伐していく。
紗兎ちゃんの膂力は凄まじく、素手で化け物を殴り潰したり、足を掴んで地面に叩きつける様はまさに怪力乱神。
香熊様と力を合わせ、巨大な喪簡へと挑んでいた。
「わたし達も負けてられないね!」
「あぅっ!」
芯の匂いを探し当てたのか、有明が走り出す。有明の視線を追うとそこにはさっき涙を流して絶叫したあの肉塊があった。
「これが芯!?」
「わふっ」
多分香熊様が両断した時にこぼれ落ちたんだろう。すぐ目の前にあったのに気づかなかったなんて…。
『ヨウ…ヨウ…』
「っ?」
肉塊の口が言葉を紡ぐ。
何を言っているのかと耳を澄ませた…その時だった。
「っっ!?」
突然体が宙に放り出された。…いや、有明に放り投げられたのだ。
答えはすぐに分かった。
前触れもなく地面から生えてきた化け物の群れが有明を包み込むように捕縛したのだ。
「わたしを守ってくれた?…まさかっ!!」
嫌な予感に駆られて香熊様達の方を見ると、そっちも最悪の状況に陥っていた。
肉塊から液体のような形に姿を変えた喪簡…いや、喪簡だと思ってた化け物の塊に二人が絡め取られていた。
全部罠だったんだ…!!
気づいた時にはもう遅く、着地する頃には完全な孤立無援。
「チコウ…チコウ…」
真っ白な肉塊がボコボコと隆起し、徐々に大きさを増していく。
やがて人の形を成した肉塊の中から黒ずみ、朽ち果てた巻物が飛び出した。
多分あれが芯だろう。
開かれた巻物は包帯のように肉塊の全身をぐるぐる巻きにし…黄金色に輝き始めた。
「ニ…クニ…」
「っ!!」
両手を広げ、よたよたと歩いてくる喪簡の肩を袈裟に薙ぐ。
けれどさっきまでとは打って変わって固くなった体には文字通り刃が立たない。
「ふっ!はぁっ!たぁっ!!」
一合、二合、三合…
何度斬りつけても意味はなく、咄嗟に距離を取って観察する。
動きが遅くて読みやすい。けど、すごく硬い。
これじゃ天翔駆狼流の業も通用しないだろう。
一旦引いて幕府の兵や巻狩に助太刀を頼む手もある。
それじゃあ時間がかかりすぎる。その間に香熊様達がどうなるか…
「…開帳」
これで何ができるかわからない。
「お願い!何か出てっっ!!」
けど、今はこれに賭けるしかない!!
『空亡!!!』
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