読切版 肆

「はぁっ、はぁっ…!」


 喪簡と対峙して早数分。刃を交えているうちにいいことと悪いことがわかった。


 いいことはものすごく弱いこと。


 最初は妖怪とも人間ともつかない奇妙な動きに惑わされたけど、予備動作をよく見れば次の攻撃が手に取るように読めるし攻撃も単調で御しやすい。


 正直お昼寝してるお婆ちゃんの方がよっぽど怖い。


 そして悪いことは…今のわたしにこれを倒す方法がないこと。


 いくら斬っても斬ったそばから傷が癒えるし、手足を切り落としてもタケノコのようにまた生えてくる。


「草薙の剣とかいるのかなぁ?」


 わたしの手にはお婆ちゃんから貰った刀と…白紙の神簡しかない!


「あっ!神簡!」


 何が起きるか分からないけど使ってみても損はないはず。


 確か使い方は…


「開帳!!」


 喪簡の攻撃を避けながらそう宣言すると胸の前辺りに光が集まり、その光が昼間に授かった真っ黒な神簡、『空亡ノ段』に変化する。


 そして神簡の紐が独りでに解かれてその中身が開かれる。


「空な…」


 その名を呼んで権能を顕現させようとした…その時だった。


「せいっ!!」


 突如喪簡の胴体が袈裟に割れた。ううん。誰かが袈裟に切り捨てた。


 刀を手に喪簡の胴を切り裂いたその人は…尖った嘴のようなものがついたお面を被り、羽織を纏った謎の人だった。


「だ、誰ぇーーーっっ!!?」


 えっ!?新手の化け物!?でも体は白くないし見た目も人間だし…。


 というか喪簡を斬ってくれたんだから味方、だよね?


 何の前触れもなく現れたお面の人を警戒していると、向こうの方から凄まじい速さでこっちに向かってきた。


「あなた!!」

「ひぃっ!?ど、どちら様でしょうか!?」

「これをつけなさい!」

「えっ?…おぶっ!?」


 言うが早いか、腰に下げていた同じお面をわたしの顔に叩きつけるように被せてきた。


 顔に密着した次の瞬間、意識が刈り取られそうなほどの異臭が鼻を襲う。


「く…くっさぁっっ!!?これすっごく臭いんですけどぉっ!?」

「我慢しなさい!怨気で死ぬよりましよ!」

「えんき?死ぬ?何の話でしょうか?」


 お面を脱ぎながらそう言うと、お面の人がわずかに押し黙った。


「なんともないの…?」

「はい」

「どういうこと…?あり得ないわっ…!」


 お面を突き返すとお面の人は信じられないと言った声と共に俯いてしまった。


 この人、何がしたいんだろう?


 できればゆっくり話し合って誤解や行き違いをなくしたいところだけど、今は戦闘の最中。


 そんな事相手が許してはくれない。


「-------っっっ!!!!!」


 耳をつんざくほどの大音声に振り返ると、そこには泣き別れになった体の断面から新しい体を生やそうとしている喪簡の姿が。


「再生が早すぎる…!思った以上に厄介ね」

「あの…」

「後は私が引き受けるわ。早く避難しなさい」

「あなたは一体…ひゃあっ!?」


 言い終わらないうちに切り捨てられて転がっていた肉塊が炸裂し大小様々な肉片が矢のように飛び散る。


 飛び散った肉片から一斉に孵化する夥しい数の化け物。それはまるで喪簡を守る兵のようにわたし達を包囲する。


「囲まれた…!再生までの時間稼ぎ、というわけね」


 四方八方をぐるりと囲んだ化け物達はわたし達との距離をじりじりと詰めてくる。


 この程度の包囲、一人なら抜けられるけど今はこの人がいる。


 この人もできるみたいだし一緒に化け物を斬りながら包囲を抜けるしかないかなぁ…?


 などと考えながら視線を下げると、足下に転がっていた化け物の成り損ねのような肉塊とばっちり目が合った。


 刀を構えて警戒していると、肉塊はその体にくっついた無数の目から涙を流し始める。


 な、泣いてる…?


 突然泣き出した肉塊に困惑しているとその体の至るところが裂傷のように裂けて開き…


「ーーーーー!!!!」


 耳障りな絶叫が辺りに響き渡った。そして、 突如として地面が唸りを上げる。


 さっきまで一歩も動かなかった喪簡が動き出したのだ。


「動けるの!?」


 全身に生えた無数の手足をも使った俊足で襲来する喪簡を跳んで避けると、化け物達も跳び上がってわたしを追いかけてきた。


「なんでわたしぃっ!?」


 さっきまでの動きから一転。


 まるでわたしに恨みがあるかのように執拗にわたしだけを狙ってくる。


「ふっ!せいっ!はぁっ!!」


 でもそのおかげで敵の注意から外れたお面の人が化け物を次々と切り捨てていく。


 あれは多分神簡の力だろう。


 刀だけじゃなくて手や足、果ては羽織の袖までもが攻撃を防ぎ、敵を切り裂く攻防一体の武器と化している。


 でも、それでも喪簡には届かない。


「キリがありませんね…」

「えぇ。喪簡は芯になってる巻物を斬らないと倒せないわ」  


 背中合わせで敵と対峙しながら方針を話し合う。


 誰かと一緒に戦うなんて経験はこれが初めてだけど、誰かが背中を守ってくれるのは心強い。


「巻物?それってどこにあるんですか?」

「喪簡によって違うからなんとも言えないわ。まずはそれを探したいのだけ…どぉっ!」


 お面の人が作戦会議中に割り込んできた化け物を斬り伏せる。


「芯を探すにしてもこれが厄介ね。少しでいいから動きを止められたらいいのだけど…」

「止まってー!ってお願いすれば…」

「名案ね。今際の際まで取っておくわ」


 あーでもないこーでもないと話し合いながら斬り続ける。


 もう何度目かも分からない猛攻を凌いでいると、お面の人があっと声を上げた。


「…っ!そろそろ渡来を変えないと」

「とらい?」

「えぇ。穢土の怨気を防ぐためのお面よ。ここに怨気を中和する漢方が仕込まれてるの」


 そう言ってお面から突き出した嘴のような突起を指差す。


 あの匂いって漢方だったんだ…


「そのえんき?ってそんなに危ないんですか?」

「人間が何の備えもなく吸い続けてたら一刻も経たずに意識を失って最悪死に至るわ」

「そんなに!?」

「なんで平気なのか不思議で仕方ないわ。もしかして、鬼か妖怪だったりする?」

「ち、違いますよぉ…」


 少なくともわたしは人間だ。お婆ちゃんみたいな羽もないし。


 お面の人は渡来を外し、さっきわたしが突き返した予備の渡来を被る。


「あっ!昼間の!!」


 ほんのひと時見えた素顔。それは昼間わたし達を助けてくれた人だった。


「香熊羽華子よ」

「三原緒國です」

「三原さん。お互い生きて帰りましょう」

「はいっ!!」


 ようやく自己紹介ができたところで改めて喪簡退治!!…そう意気込んだわたし達は背後に迫る気配に気づきほぼ同時に振り返る。


 視線の先にあったのは火事や火急の事態を告げるための火の見櫓。そしてそのてっぺんに立ってわたし達を見下ろす…


「紗兎ちゃん?」


 昼間ぶりに会った鬼の女の子。


「…」


 何故か琵琶を持っている紗兎ちゃんは火の見櫓から飛び降りてこっちに近づいてきた。


「あなた昼間の…!?角つきの雌なんて珍しいわね」


 香熊様は敵意を露にしながら紗兎ちゃんに刀を向ける。


「待って下さい!紗兎ちゃんは悪い鬼じゃありません!」

「富久原に入った鬼は例外なく死罪よ」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ…!」


 何とか説得を試みていると紗兎ちゃんがわたし達のすぐ横まで歩み寄ってきた。


 そして琵琶にばちをかけ…


鬼術きじゅつ…」



《はちょうちょうらおん》』



 妖しげな調べが戦場と化した富久原に響き渡った。

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