読切版 参
「ふんっ!!」
町人を襲う化け物を背後から一刀で切り捨てる。背を斬るなんて卑怯だけど、人の命がかかってる以上私の矜持など些事でしかない。
「あ、ありがとうございます!!」
「この辺りの敵は討伐したわ。早く避難しなさい」
「はいっ!」
立ち上がって逃げていく背中を見送り、次なる敵と取り残された町人を探して燃え盛る富久原を駆ける。
「香熊!!」
呼び止める声に振り返ると
「平湖様!」
「そちらはどうなっておる?」
「避難は進んでおりますが、討伐はキリがありませぬ」
「あれを斬らねば終わらぬらしいな」
平湖様が忌々しげに見上げる先には、今なお己の身を千切って化け物を生み出し続ける喪簡の姿があった。
「香熊。
「はっ!」
腰に下げた
「奴は既に根付いて
「っ!?」
早すぎる!?
最早一刻の猶予もないという現実に歯噛みしていると、平湖様が自分の渡来を私に差し出した。
「香熊。お前にあの喪簡の討伐を命じる」
「なっ!?」
「このままでは富久原が穢土に沈む。町人の避難は我らと同心で進める故、お前は先んじて本体を叩いてくれ」
平湖様の言う通り、このままでは穢土の拡大を許してしまうことになる。故に誰かが本体を斬って元を断たなければならない。
「あれほどの大物だ。不安になるのも分かる。だが、生きて帰れるのはお前の神簡の他にはない」
流石は平湖様…。私達のことをよく見ておられる。
「頼んだぞ」
「はっ!
使命を課された以上私自身の迷いや不安なんてどうでもいい。
「避難が済み次第我らも加勢する。…死ぬでないぞ」
「はっ!!」
巻狩として、幕府の刀として富久原の街と町人達を守るために喪簡を斬る!!
「…?」
走り始めてしばらくした頃、私の胸に一抹の違和感が去来する。
「敵がいない?」
本来なら大元に近づくほど番犬が増えるものだけど、むしろ富久原を駆け回っていた時より減っている気がする。
「あっ!香熊様!!」
声に足を止めて振り向くと、町人の男性が手を振りながらこちらに走ってきた。
「お助けくだせぇっ!みんなとはぐれちまって…!!」
「ここをまっすぐ行けば他の巻狩がいるわ」
「へぇ!ありがとうごぜぇやす!!」
道を示すと町人は何度も頭を下げて避難しようとする。
「待って」
「へぇ?なんでしょう?」
「この辺りで誰かに会った?」
「へぇ!桜色の髪の巻狩様に!!見かけねぇ御方でしたが、新入りですかい?」
「桜色…?っ!?」
桜色の髪。その言葉で昼間に見た女の子が脳裏をよぎる。
もしかして、この辺りに敵がいないのって…。
「その子、どこに行ったか分かる?」
「へぇ。あの馬鹿でけぇ化け物の方に行きやした」
「やっぱり…!」
彼女が何者で何の目的があって喪簡を目指してるかは分からない。
でも、あれは多少強い程度でどうこうできる相手じゃない。
「ありがとう。あなたもすぐ避難しなさい」
「へぇ!」
助けた町人と別れ、再び喪簡を目指す。
彼女のおかげかは分からないけど、道中敵らしい敵に会うこともなかったおかげで想定よりも早く喪簡と会敵することができた。
「本当に大きいわね…」
見上げる先に鎮座するのは辛うじて人のように見える酷く歪んだ醜悪な怪物。
その体は小国の城くらいに大きく、その身を構成する大小様々な化け物が思い思いに蠢き合って吐き気すら覚えるおぞましさを醸し出していた。
「
喪簡とその周囲に渦巻くのは視認できるほどに濃密な紫色の霧。
そしてその足元に広がる不浄に澱んだ穢土とそこに咲いた無数の黒い蓮。
持ってきた渡来を被り、刀を抜き放ったまさにその時…敵の攻撃が始まった。
「…っ!」
咄嗟に刀を構えるもこちらを攻撃してくる気配がない。
「あれはっ!」
その正体はすぐにわかった。昼間会った桜色の髪の女の子だ。
「渡来を付けてない!?」
渡来を被らず素顔のまま戦っていることも驚きだけど、それ以上に驚きなのはその身のこなし。
城ほどもある巨大な喪簡と対峙する女の子は目にも止まらぬ速さで敵を翻弄する。
巨大な体の一部で周囲の家々を薙ぎ払い叩き潰すのは序の口。
体中の手が肉片を石のように投げたり、化け物達が女の子を捕まえようと殺到するもその足は止まらない。
少しの足場で軽やかに跳躍し、天地を選ばず跳び回るその姿はまさに…
「天狗…」
手数と速さでは喪簡はまるで刃が立たず何度も何度も切り裂かれ刻まれていく。
でも、それだけじゃ喪簡には勝てない。
「開帳…
神簡はその名を呼ぶことで自らの内から顕現しその権能を振るうことができる。
私の神簡、建御名方ノ段の権能は硬化。
私が触れているものと私自身を金剛石のように硬くすることができる。
生き物には使えないけど、こういう乱戦でも無傷で立ち回れるとても心強い神簡だ。
戦支度を整えた私は改めて喪簡の背を不意討つべく仕掛けに出た。
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