読切版 弐

「っ!?」


 恐る恐る目を開くとそこは光を取り戻した神授の間。


 あまりにも元通り過ぎて夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。


 でも、わたしの手に残るこれは夢なんかじゃない。


「空亡(そらなき)ノ段?」


 巻物の冒頭に書かれていた神簡の名前。これがわたしが授かった神簡。


 でも、こんな名前の神様聞いたことない。


「そらなき?」

「聞いたことがないな…」


 それは周りの人達も同じようだ。


「読み上げよ」

「はっ、はい!」


 神簡を授かったら神簡に書かれた力の使い方を読み上げる慣わしになっている。


 けど…


「真っ白!?」


 何も書かれてない!!


 巻物を隅々まで読んでも、延々と白紙が続いていた。


「よ、読めませぬ…!」

「隠し立てするつもりか?」

「何も書かれていないのでございます!」

「そんなはずはなかろう!何も書かれておらぬなど前代未聞ぞ!何があった!?」


 こっちが聞きたいです!!


 名前以外読めないと力説するも宮司さんは半信半疑。


「何も書かれてないだと?」

「つまりはなんの力もないと?」

「とんだ外れ神簡だな」


 方々からの声が突き刺さる。


 結局時間が惜しいからと解放されたけど、なんとも言えない微妙な空気のまま神簡を授かってしまった。




「うぅっ…。富久原恐るべし…!」


 悪いことは続くもの。


 白紙の神簡を授かったわたしに突きつけられたのは宿がどこも埋まっているという現実だった。


 日が落ちるまで駆け回ったけど宿は見つからず、今は街外れにある大きな木の上にいます。


 修行の一環で山ごもりしてたこともあるから野宿はへっちゃら。でも、どうせなら宿に泊まって暖かいお風呂に浸かりたかったなぁ。


「はぐっ!むぐむぐっ!!」


 浮いた宿代で買ったおはぎを力任せに頬張る。流石富久原。おはぎも一級品でとっても美味しい。


「…はぁっ。これからどうしよう…?」


 いい神簡を授かって御家再興に励もうという夢の第一歩から盛大に踏み外してしまった。


 こんな神簡じゃいままで頑張ってくれたお婆ちゃんに楽させてあげることもできないだろう。


「やっぱり、風来者になるしか…ない、のか…なぁ?」


 疲れが溜まっていたのか、はたまたお腹いっぱいになったからか。


 視界が霞み、頭が大きく舟を漕ぐ。


 朝になったら帰る前に富久原を散策しよう。


 そう決めたわたしは襲い来る睡魔に身を任せゆっくりと目を閉じた。



 どれくらい寝ていただろうか?


 木の上で寝ていたわたしは金属を叩くような甲高い音によって叩き起こされた。


「わぁっ!?なになに!?」


 地震!?火事!?


 慌てて荷物を引っ掴んで木のてっぺんに登ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「な、何あれ…!?」


 木のてっぺんから見下ろす夜の富久原は…妖怪のような化け物が跋扈する地獄絵図に塗り変わっていた。


 業火に包まれた街、悲鳴を上げながら逃げる町人、それを追いかける異形の化け物達。


 妖怪のようだけど握りつぶした紙のようにしわくちゃな白い体は妖怪とは似ても似つかない。


 それだけでも十分に脅威なのに、その恐ろしさをかき消すほどの存在が市街地の中心に鎮座していた。


「妖怪の親玉?」


 それは巨人のように大きな真っ白な化生。


 色んな生き物の体が寄り集まってできているような不気味でおぞましい風体の化け物。


 それは体のあちこちに生えた腕で自らの体をちぎっては無造作に投げていく。


 そしてちぎれた肉片がさっきの白い化け物に姿を変えて人々を襲う。


「うっ…!」


 あれを斬らない限り際限なく化け物が増え続ける。


 どうしたものかと考えていると、木の下から悲鳴が聞こえてきた。


「ひいいいいっっ!!来るなっ!来るでないっっ!!」

「あっ!あの人…!」


 へたり込んだまま刀を振り回していたのは昼間馬に乗っていた男性だった。


 あんなへっぴり腰じゃ豆腐も斬れないよ…


 化け物達は男性に夢中でわたしには気づいていない。


「…」


 腰に差した刀の鯉口を切り…真下に向かって跳ぶ。


 標的は男性を襲う化け物達。


天翔駆狼流てんしょうくろうりゅう…」



芒雁すすきかり


 化け物の群れの中心に飛び込み宙で半回転。そのままの姿勢で化け物達の首を一刀の元に刈り落とす。


 妙に柔らかい手応えと共に泣き別れになった首を足場に再度反転して着地。それと同時に首は地面に転げ落ち、体共々真っ黒な炭のようになって砕け散った。


 血は出ないんだ…


 敵がいないことを確認して納刀し、男性へと歩み寄る。


「お怪我はありませぬか?」

「き、貴様は…!かたじけない…っ!!」


 男性は深々と頭を下げてくれた。


「何があったのですか?」

「見て分からぬか!?喪簡もっかんが現れたのだ!」

「も、もっかん…!!とは何でしょうか?」

「知らぬのか!?」


 男性が指差したのは遠くに見える巨大な化け物。


「非業の死を遂げた者の神簡がその無念や怨念を取り込んで怪異と化したものだ。付喪神のようなもの、と言えば分かるか?」

「はいっ」

「神簡は持ち主の死後、懇ろに供養して天に還さねばならぬ。さもなくば喪簡となって浮世を彷徨うこととなるのだ」

「あのような化け物が数多存在する、ということでございますか?」

「馬鹿を申せ!あのような大物聞いたこともないわ!」


 あれほど大きな喪簡とやらはそうそう出ないものらしい。


「貴様も疾く逃げよ。後は幕府の兵と巻狩に任せればよい」


 確かに、あれほど大きな化け物は個人の手に余る。それこそ御伽草子に出てくる英雄でもなければ退治なんて不可能だろう。


 でも、


「ありがとうございます。ですが、それはできませぬ」


 はいそうですかと逃げられるほど富久原との繋がりは浅くない。


「馬鹿者!命が惜しくないのか!?」

「無論惜しゅうございます。ですが、わたしは明日富久原を散策してから故郷に帰ろうと決めておりました」

「はっ?」

「昼に食べたそば屋にまた行って祖母への土産におはぎを買って…。そんなささやかな楽しみを奪い、罪なき人々を苦しめるあれが許せぬのでございます」


 散々だった神授の儀を忘れるくらい遊び回ってから帰ろうと思っていたのが、あんな訳の分からない化け物のせいでおじゃんになろうとしているのだ。


 人の楽しみを奪い、華やかな富久原の街と人々を滅茶苦茶にしたあの化け物の思い通りにしてやるのが癪になった。


 立ち向かう理由なんてそれで十分だ。


「然様なことを言うておる場合ではない!奴は穢…あっ!おいっ!!」


 男性が何かを言っていたけどわたしの耳にはもう届かない。


 建物の屋根から屋根へと跳び移りながら喪簡を目指して駆け出した。

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