少女流離譚-菊桜物語- 風来の御子は百鬼夜行を終わらせる 読切版

こしこん

読切版 壱

「へいっ!かき揚げそばお待ち!!」


 わたし、三原緒國みはらおくには今…富久原ふくはらの都の天ぷらそばを食べたいというかねてよりの願いを叶えることができました。


「わぁ…!いただきますっ!!」


 お出汁の香りに誘われるままに蕎麦を啜り、揚げたてサクサクのかき揚げを箸で切り分けて頬張る。


 違う食感を味わって油っぽくなった口をつゆで流せば気分はもう富久原の町人。


「美味しい…!」

「ははっ!あんがとよ!…お嬢ちゃん、もしかしてお忍びのお姫様とかかい?」

「ぶふっ!?」


 ありえないことを言われて思わずむせてしまう。


「お、お姫様ぁっ!?」

「そんな頭巾引っ被ってる奴なんて訳ありくらいなもんだ。食べ方も堂に入って綺麗だしよぉ」


 富久原は寒いからってお婆ちゃんが持たせてくれたんだけど、そんなに目立つかな?


「違いますよぉっ!」

「そうか。よそから来たみてぇだが、出稼ぎかい?」

「元服したので神簡しんかんを授かりに来ました」

「そりゃあめでたい!いいもん貰えりゃいいな!」

「ありがとうございます!…あっ、おかわり下さい」

「おうよ!俺もガキん頃はいい神簡授かって風来者ふうらいものになりてぇって思ったもんさ」


 そう言いながら二杯目のかき揚げそばを置く店主さん。


「けど、今じゃ蕎麦屋のオヤジだ。…何が言いてぇかって言うとだな…」


 そこで言葉を切った店主さんは頭を掻いて真剣な眼差しを向けてきた。


「貰ったもんで生きてくしかねぇってことよ」

「…っ!はいっ!!あのっ、もう一杯!」

「よく食うな!?」


 三杯目のかき揚げそばを待つ間に富久原の街を見回す。


 視界いっぱいに広がるのは想像していた以上に華やかな富久原の暮らし。


 飯屋に呉服屋、金物屋に甘味屋。


 故郷とは比べ物にならないほどの数の店が立ち並び、誰も彼もが活気に溢れていてまるでお祭りのよう。


 おかわりのそばを食べていると、どこかから軽快な鼓と笛の音が聞こえてきた。


 音のする方を見ると、大勢の人が集まって人混みを作っている。


「おぉっ!歩き巫女の来舞らいぶだ!」

「らいぶ?」

「路上で舞を奉納する神事だ!一見の価値ありだぜ!」

「行ってみます!ごちそうさまでした!!」


 天ぷらそば三杯分の代金を置いて人だかりに向かう。


 その途上、後ろから蹄の音が聞こえてきた。


「どけどけどけぇ~いっっ!!!」

「ひゃあっ!?」


 咄嗟に横に飛びのくと、ついさっきまでわたしがいた場所を馬に乗った男性が通り抜けていく。


 危ないなぁ…


 そう思いながら馬の背を見送っていたわたしの目にあるものが映る。


「っっ!!?」


 それは道を歩いている笠を被った黒髪の女の子。


 女の子は馬に気づいていないのか、避ける様子はなく男性も減速しない。


 街中では本気で走っちゃダメっておばあちゃんに言われたけど、今は緊急事態。


「…」


 気を整えて大きく息を吸い…


「っっ!!」


 吐くと同時に大地を蹴り上げて『跳ぶ』!


 一歩では足りなかったから二歩。


 全力で踏み込んだ体は馬を抜いて一直線に女の子を目指し、その体を抱き締められる距離に到達する。


 女の子の腰を抱きながら空中で姿勢を反転させて着地。


 その拍子に笠が落ちてしまった。


「まだまだだなぁ…」


 お婆ちゃんなら笠を落とさず一歩で助けられただろう。


「????」


 女の子は何が起きたか分からないと言った様子で鬼灯のような赤い瞳を丸くしている。


「えっと、大じょ…っ!?」


 声をかけようとよく顔を見て、それが目に入った。


「おい貴様ら!!」

「っ!!」


 咄嗟に笠を拾って女の子に被せる。


 声の方を見ると、さっきの男性が馬に乗ったまま近づいてきていた。


「よくもわしの前を横切ってくれたな!」

「も、申し訳ありませぬ!」


 悪いのはどう考えてもあっちだけど、身なりを見るに相手は武士。


 ここは波風を立てない方がいい。


「貴様、風来者か?」

「いえ。神簡を授かるべく富久原に参りました」

「無礼者!頭巾を脱がぬとは何事だ!」

「申し訳ありませぬ!」


 言われてみれば、このまま話すのは失礼だ。わたしは許しを得て顔を上げると、頭巾を脱いで風呂敷にしまった。


 頭巾を脱ぎ、翻る私の髪。それを見た女の子の目が大きく見開かれる。


「桜の髪…!?」

「なっ!?」


 素顔を見せると男性の表情が一変。さっきまで怒り心頭だった顔が嘘のように緩み、全身を舐め回すように見つめてきた。


「う、美しい…!」

「えっ?」

「げふんっ!…武士の前を横切り、通行を妨げるなど本来であれば万死に値する。だが、貴様次第では許してやらんこともないぞ」

「と、申しますと?」

「わしの側女そばめとなれ。さすればその者共々許してやろう」

「そ、側女でございますか!?」


 初対面のわたしにそんな大役を!?


「…」


 武士の側女なんて普通なら願ってもないお仕事。でも、わたしにはわたしの夢がある。


 相手の面目を潰さずそれとなく断る方法。


 それを模索していると、誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返ると、深茶色の髪を後ろで束ね、腰に刀を差した妙齢の女性の姿が。


「そこの方」

「なんだ!?町人風情が気安、く…っ!?」


 声をかけられた男性の顔が次第に青ざめていく。女性は馬に乗る男性を一瞥して淡々と言う。


「富久原での乗馬は原則御法度。申し開きをしたいなら許可証を見せて頂戴」

「だ、黙れ!巻狩まきがりが奉行の真似事とは片腹痛い!!貴様にそのような権限はなかろう!?」

「そうね。けど、貴方がどこの藩の誰それで、ここで何をしていたかを証言することは容易いと思うけど」

「ぐっ!!」


 男性の顔が歪んだところで女性が畳みかける。


「今日は神授のしんじゅのぎが執り行われる日。藩としても不祥事は避けたいのではなくて?」


 返す言葉をなくした男性は女性を睨みつけ、下馬してそそくさと立ち去った。


「さてと…」


 女性がわたし達に振り返る。わたしと目が合った女性は驚いたように目を丸くした。


「菊と琥珀…!?」

「…?」


 多分、わたしの髪と瞳のことだろう。


 おばあちゃんも桜のような淡い桃色の髪に混ざった金色を菊、茶色の瞳を琥珀のようだとよく言ってくれた。


「…まさかね。大丈夫?災難だったわね」


 すぐにふっと笑みを零すとわたし達に手を差し伸べる。


 その手を取って立ち上がると、女性はわたしの腰に差さった刀に視線を移した。


「富久原での抜刀は御法度。それを抜いていたら厳罰に処さなければならなかったわ」


 射抜くような視線に思わず身が竦む。この人…かなりできる!


「私はここで失礼するわ。富久原の都、楽しんでいってね」

「はい!ありがとうございます!」

「…あ、ありがとう」


 わたし達がお礼を言うと、女性は会釈して去って行った。


「今の巻狩の香熊かくま様だよな?」

「あぁ、なんと勇ましい…!」

「あの桜色の子かわいくね?」

「声かけちゃおっかな~?」


 女性が去った途端、一連のやり取りを見ていた人達が俄に騒ぎ出す。


 わたしはともかく、この子まで目立つのはまずい!


「こっち!」


 咄嗟に女の子の手を取り、人気の少ない裏路地に逃げ込む。


「大丈夫?怪我はない?」

「…どうして、言わなかったの?」


 言葉の意味が分からず首を傾げていると、女の子が笠を脱いだ。


「気づいてたんでしょう?ワタシが鬼だって」


 彼女の額に生えているのは縦に並んだ上下二本の小さな角。人間を襲うこともある化生の一族、鬼の証だ。


「うん。びっくりしたよ」

「どうして助けたの?」

「助けたのは成り行き。言わなかったのは…悪い鬼に見えなかったから、かな?」

「見えなかった?」

「だって、悪い鬼だったらあの人を殺してたでしょ?」


 意味がよく分からなかったのか、きょとんとした顔でわたしを見上げる。


「じゃあもう行くね」

「待って」


 去ろうとするわたしの手を引く女の子。


「ワタシは紗兎さと。あなたは?」

「緒國…。三原緒國。またね、紗兎ちゃん」


 また会えるかは分からないけど、また会えたらもうちょっと話してみたい。


 紗兎ちゃんと別れたわたしは神授の儀が執り行われる大社へと向かうのだった。




 -神授の儀-


 それは元服した人達が八百万の神々よりその力が宿った不思議な巻物、「神簡」を授かる神事。


 一年に一度各地の大社で行われ、特に富久原のそれは物見遊山と出世の好機も兼ねて毎年数多くの人が訪れる。


 何を授かれるかは文字通り神のみぞ知る。


 その力次第では有力な藩に仕官できたり、さっきのかくま様?のように巻狩に就くこともできる。


「…」


 そしていよいよわたしの番。


 神授の間の神授台に上がったわたしに突き刺さる四方八方からの視線。


 これだけの人に注目されたことがないからすっごく緊張する。でも、こんなところで臆してたら夢なんて叶わない。


 いい神簡を貰らってその力で家を、三原家を再興する夢は。 


「父上、母上…!」


  幼い頃に流行り病で亡くなったという両親が遺してくれたお守りを懐から取り出し、ギュッと握り締める。


 中には固くて小さな物が二つ入っているけど、開けたらご利益がなくなるらしいから中身は見たことがない。


「始めます」


 宮司さんの言葉を合図に巫女さん達が祝詞を読み上げる。


 わたしはそれを聞きながら巫女さんが差しだした白紙の巻物を手に取る。


「では…」


 紐を解き、巻物を開く。


 何も書かれていない真っ白な巻物が…瞬く間に漆黒に染まる。


「なっ!?」


 巻物を染めた黒が煙のように噴出し、神授の間をここではないどこかへと塗り潰していった。


「えっ?えぇっ!?」


 そこは一面岩だらけの荒野。


 青々とした空の下に打ち捨てられたように並ぶそれはまるで夢の跡の屍のよう。


 その中心に座すのは四角い石のようなものを積んで作られた岩の神社。


「ここ、どこ…?」


 まるで見たこともない風景に気圧され、辺りを見渡すしかできないわたしの頭上に突如大きな影が差す。


「…っっ!?!?」


 見上げた先には空に浮かぶ大きな塔。


 否…、とてつもなく大きい枯れた大樹のような真っ黒な腕。


 親指の位置からして多分左腕だ。


「ひっ!あぁっ…!!」


 湧き上がる恐怖のままに逃げようとしても体はびくともしない。


 そして、頭上から声が降ってくる。



 ニ チモ コチチリツイコナリ



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