紗和の瞑想10分

星咲 紗和(ほしざき さわ)

本編

主治医に「瞑想をしてみたらどう?」と言われたとき、正直戸惑った。瞑想といえば、特別な道具が必要だったり、何か宗教的なことが絡んでいるようなイメージがあった。忙しい日々の中でわざわざそんなことをする時間があるのか、そもそも私に続けられるのか――疑問と不安が頭をよぎった。


でも、先生は「たった10分でいいんだよ」と優しく言った。「呼吸に集中するだけで、心が落ち着いてくるよ。今の紗和さんにはそれが大切だと思うんだ。」その言葉に背中を押され、半信半疑ながらも試してみることにした。


まずはアプリをスマートフォンにダウンロードした。瞑想アプリがこんなにたくさんあるなんて知らなかった。レビューや使いやすそうなインターフェースを見比べながら、一番手軽そうなものを選んだ。準備が整うと、早速アプリを起動し、ナレーションに従って瞑想を始めてみる。


「目を閉じて、静かな場所に座ってください。」という穏やかな声が流れる。リビングのソファに腰を下ろし、深く息を吸ってみた。最初は正直、「これで本当に何か変わるのだろうか」と疑いの気持ちが先に立っていた。でも、とにかく言われた通りにやってみようと決めて、意識を呼吸に向けることにした。


深く吸って、ゆっくり吐く。その繰り返しに集中しようと思えば思うほど、なぜか頭の中にいろいろなことが浮かんでくる。今日の仕事でミスをしたこと、明日までにやらなければいけないタスク、友達との会話で気になったこと…。それらを一つひとつ振り払おうとするたびに、もっと頭が騒がしくなるような気がした。


でも、不思議なことに、呼吸に意識を戻すたびに少しずつ雑念が遠のいていくのを感じた。最初は慌ただしく感じていた心が、呼吸のリズムに合わせるように落ち着いていく。アプリのガイドが「考えが浮かんできても、そのまま流して、また呼吸に戻りましょう」と言う声に励まされ、ただ「吸う」「吐く」を繰り返した。


気づけば10分が終わっていた。アプリが「お疲れ様でした」と告げるまで、時計を気にすることもなく過ごしていたことに驚いた。普段、10分と言えばとても長く感じるものだ。スマホの通知や、やるべきことが次々と頭に浮かぶ中では、時間がなかなか進まないように思える。それなのに、この10分は不思議と一瞬だったように感じた。


瞑想が終わったあと、なんとなく体が軽くなったような気がした。心が少し落ち着き、時間の流れがゆっくり感じられるようになった。特に驚いたのは、そのあと家族と話している自分が、いつもより穏やかに接していると気づいた瞬間だった。イライラせず、相手の話をちゃんと聞けている自分がいた。それは「優しくなった」とも言えるかもしれない。10分の呼吸が、こんな風に気持ちを変えてくれるとは思ってもみなかった。


翌日も同じように瞑想を試してみた。そしてまた10分があっという間に過ぎた。そのたびに、何か少しずつ自分の中が整っていくような感覚があった。もしかすると、これが「自分と向き合う」ということなのかもしれない。これまで、日々の忙しさに追われて、自分の気持ちや心の声に耳を傾ける時間などなかった。瞑想をしている間だけは、そうした「静かな時間」を持つことができた。


1週間も続けると、少しずつ瞑想が習慣化されていくのを感じた。最初は「何をしていいかわからない」と思っていたけれど、今では呼吸に集中すること自体が心地よいと感じられるようになっている。雑念が浮かぶのも自然なことだと受け入れられるようになった。


瞑想を始めてから、確かにストレスの受け止め方が変わったような気がする。例えば、仕事で嫌なことがあっても、以前ほど深刻に悩むことがなくなった。感情に振り回される前に、「深呼吸しよう」という選択肢が自然に浮かんでくるのだ。そして、それが意外と効果的であることに驚く。


もちろん、瞑想だけで全ての問題が解決するわけではない。それでも、10分間の瞑想は、私の心に小さな余白を作ってくれる。その余白があるからこそ、忙しい日常の中でも少しだけ心を休ませることができる。


「紗和の瞑想10分」はまだ始まったばかりだ。でも、この10分が、私の心を少しずつ変えていくことを確信している。これからも毎日続けてみようと思う。この静かで豊かな時間を、もっと深めていきたい。

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紗和の瞑想10分 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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