第2話 SideーStory 社畜が叱られるまで

 その上司は役職を平然 押付へいぜん おしつけ係と定義されていた。40代前半の、名前は平凡すぎて伏せるが、仮に山本餃子武郎やまもとぎょうざぶろうとしておこう。

 山本餃子武郎は、新藤陸の上司である。生まれはアリゾーン・デ・シュボル。栃木は那須塩原の森林地帯、なぜかそこだけ木がない約7坪の旗竿地を勝手に借りて住まいを創った一家のもとに生まれた。


             ――では、はじまりはじまり。


 新藤陸はすがすがしい顔をしてオフィスから戻ってきた。平然押付係・山本餃子武郎の鋭いがそれを逃すはずもなく。

 山本餃子武郎は普段より幾分か厳しい目をしながら、「なぜ外出した?」と聞き始めた。


「さぁ……」


 山本は無言になった。鋭い瞳は崩さないまま、次の言葉を考えた。こんな時こそ、なんといえばいいのかわからない。


(――『とぼけるな!』? それは安直すぎるなぁ。まだ静かな振りをしておく。それも一つの手だが、もっといいのがあるはずだ……)


 無言な上司を見上げながら、ただただ怯えている部下がなぜかいとおしく思えてきて、山本は、ひとまずここで怒りをきりあげた。


「とにかくだな。……ノルマを上げるだけで許してやろう」


 そして、山本は自分に課せられた大量な仕事の山を見せつけた。「簗工業やなこうぎょうさんからだ。大手の取引先で、大量発注の契約間近だ、知ってるか?」

 

 簗工業は言わずと知れたうちのお得意さんだ。「客は神だ」は基本の基すぎてだれも口にしない、そんなオフィス。

 真夜中に、今にも消えそうな和風の灯をともしながら、……ひとり黙々と作業をこなす者、自分に嫌気が差してただ泣く者、そしてベランダに出ながら満天の星を見上げ、何かに憑れたような顔をしたり、呆けた表情を浮かべたりするものの群れ。それがうちの会社、吉報看板きっぽうかんばん中社だ。

 

 山本にも心はあった。「せめて社員をこき使うなら中小企業であってほしい」が、少しだけ残った山本の理性だ。機械的な労働をする部下たちもそれくらいの理性は残っており、そしてそれを心得ていた。

 だが残念なことに、吉報看板中社は週に5本くらいコマーシャルも流れるほどの、すぐ忘れ去られるタイプの中堅どころの会社である。

 

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社畜が国王になるまで 『タイムマシーンよさらば』 沼津平成はテツこりと相談中です。 @Numadu-StickmanNovel

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