第2話 三角形の土地

昔勤めていた会社にいた頃の話だ。

管理部に田中君(仮名)という若い男の子がいた。

彼はとても勤勉だったし、身の回りの気がきく、いい人だったのだが、

少し、家庭に問題がある人でもあった。


私はその家庭内環境を本人から聞く事はなかったのだが、

会社内で噂になっているのをよく耳にした。


いい人、というのはとても業が深いと感じる時がある。

その田中君も、とても"いい人"なのであった。

辛い背景を持ちながらも、そんな事は表に出さず、

いつも笑顔で張りの良い声で、対応してくれた。


そんな彼の出社もとても早く、始業前の30分前には会社に来て、すぐ皆が仕事ができるように、準備をしてくれていたのだが、ある日、遅刻した。


10分。たった10分だ。だから、次から気を付けてね、という軽い注意で済んだわけだが、その翌日、彼の遅刻は20分に増えた。


翌日、30分。翌日、40分。翌日、50分と遅刻の時間が遅くなる。

1時間遅刻をしたその日、業を煮やした上司が田中君を追求すると、

彼は小さくなって、「すみません、大変申し訳ありません」と繰り返すのだ。


その後、最終的にはこの遅刻は、弊社の終業時間である18:00の3時間前、

15:00に出社するようになってしまった。

彼が所謂"遅刻魔"のレッテルを張られ始めた頃、朝来ない彼に上司が、

様子を見て来てあげて欲しいと命じられた私は、彼の住居に訪問する事になった。


田中君は会社の近くのアパートで一人暮らしをしていたので、伺うまでそう時間はかからなかったのだが、初めて伺うそのアパートは、真っ黒だった。


最近は一軒家でも黒い色のお家は珍しくないのだが、当時は白やグレー等、淡い色のお家が多かったので、この真っ黒なアパートが周囲の風景から妙に浮いていて、

重苦しく不気味だったのを覚えている。そして、Y字に分かれている道に面しているからか、妙に”細く”見えたのだ。


そのアパートは、三角形だった。三角形というのは、上から見た形が細い三角形だという事である。


その一階に彼は住んでいる、との事で、伺ってドアをノックしようとしたところ、怒鳴りつけられた。話を聞くと、どうやら彼の部屋の上に住んでいる住人だという。


「お前、こいつの会社の人間か?いい加減にしてくれよ、毎晩毎晩下から悲鳴が聞こえて来てよ、こっちは寝れないんだよ!」


話を聞くと、田中君は毎夜夜中過ぎになると、悲鳴を上げているので、眠れないのだという。

改めてお話を聞き、謝罪とお礼を表した後、インターホンを鳴らすと、彼は中にいた。そして話を聞いても、「すぐ行きますー!」と快活な声だけが返ってくる。


気を付けて来てね、と声をかけ、会社に戻ろうとすると、


田中君のすぐ向かい側の部屋を通りがかった途端


「あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


女性の声がした。

驚いて振り返ってみると網戸が閉まっている部屋の奥、

女の人がお人形(?)をかかえて、お辞儀をするようにガックンガックン、揺れているのだが見えた。


いよいよ怖くなって会社に逃げ帰った。

その後、彼がいるうちに私はこころのバランスを崩して会社を辞めたので、彼がどうなったのかは、何もわかっていない。


後々個人的に気になった私は、三角形の土地で、何か要素はないか調べてみた。

すると三角形の土地というのは、角の部分に悪い気(殺気)が溜まり、

角が立つ。と言われるそうだ。


あのアパートにはもしかしたら、そういう要素があったのかもしれないと、今では思っている。

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私と生きた、"怪異"達 道野草太 @kaidan-michikusa

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