第37話 白金級のファシオ
白金級討採者であるファシオ、ダルガ、オルガの三人は、インクライの討採組合を出た後ラガースタ領の領都オーデンセンへ向かった。そこで別の討採者から、プルクラたちが魔獣の集団暴走を未然に防いだと噂になっていることを聞いた。
ファシオは生意気な新人が許せない。集団暴走を未然に防ぐなど不可能なことだ。何かの偶然が重なって、それを自分の手柄にしたに違いないのだ。どうしても“指導”してやらないと気が済まない。
それから、プルクラは三人で行動しており、その中に“剣聖ジガン”がいることを突き止めた。そして、ジガンがファルサという村で生活しているということも。
地竜車を貸し切り、ファシオたちはファルサ村に向かった。こうなったファシオは止められない。ダルガとオルガの兄妹は半ば諦め、ファシオと行動を共にした。ファシオがやり過ぎないように、いざとなったら止めなければならない。
「いいわ。まずあんたから指導してやる!」
「ギータ、下がってろ」
桃髪のファシオが身体強化十倍を使い、両手に持った短刀でジガンに襲い掛かった。左の短刀が首を、時間差で右が脇の太い血管を狙っている。
(ん?)
ジガンはその二連撃を易々と受け流した。あまりに軽く、見え見えな攻撃だったので、本命の攻撃は別だろうと疑った。案の定短刀の連撃は囮で、鋭い蹴りが下から顎を狙ってくる。爪先には短い刃が仕込まれていた。
その短い刃にジガンは丁寧に剣を沿わせ、僅かに角度を変えて蹴りを逸らした。狙った場所と違う方向に蹴りを逸らされ、ファシオがほんの少しだけ体勢を崩す。その一瞬に、ジガンはファシオの軸足を払った。
ファシオは両足が宙に浮いた状態になり、派手に背中から落ちた。その喉元にジガンが切っ先を突き付ける。
「ぐっ……」
「まだやるか? 言っておくけどなぁ、プルクラは俺なんか足元にも及ばねぇほど
ジガンは地面に背中をつけたファシオに、次いで後ろで様子を窺っているダルガとオルガに告げた。最後の方は懇願である。ニーグラムに知れたら何をされるか分かったものではない。こいつらがどうなろうが知ったことではないが、巻き添えだけはごめんだ。
「……あんた、“剣聖”ジガンね?」
「…………“剣聖”って呼ぶんじゃねぇよ……」
ファシオの目は敗者のそれではなかった。まだぎらぎらしている。剣の切っ先を短刀で払って飛び起き、獣のように獰猛な表情でジガンを睨む。
「銀級のくせにっ! 白金級に盾突くなんて生意気なのよ!」
「……白金級ってそんなに偉いの?」
ファシオは討採者の等級に並々ならぬ拘りを持っていた。それは自分の存在意義そのものと言って良かった。幼い頃に親を亡くし、周囲の人間に疎まれ、子供だけで生きていくことを強いられたファシオにとって、白金級討採者の肩書は心の拠り所だった。
ファシオの境遇と気持ちを知るダルガとオルガの兄妹は、ただファシオを見守ることしか出来なかった。間違いにファシオ自身が気付くことを願いながら。
「偉いに決まってる! 白金級の私にひれ伏せっ!」
鬼気迫る勢いでファシオが攻撃を繰り出す。それは決して拙いわけでなく、寧ろジガンも感心するほどだ。体の動かし方、キレ、短刀の扱い、剣筋、狙いどころ。対人戦でこれほど戦い慣れているのが驚きである。
しかし、ジガンの目には遅く感じた。それは恐らく、プルクラの速さを間近に見ていたことが原因だろう。アウリの速さもそうだ。二人の、今まで経験したことのない速さを少し見慣れたお陰で、白金級として文句のない筈であるファシオの動きに全く驚きを感じないのだ。
ジガンは、ファシオによる怒涛の攻撃を最小限の動きで躱し、捌く。体重の乗った渾身の一撃は剣で逸らしてファシオの体勢を崩す。だが敢えてその隙に攻撃は加えない。自分が隙を晒しているのはファシオ自身が一番良く分かっていた。
(あっちの二人が攻撃してこないのは、攻撃する気がないのか?)
ダルガとオルガは少し離れた場所でただ見守っていた。その目は、ジガンに対して申し訳なく思っているように見える。
「はぁ、はぁ……」
二十分の一刻(六分)ほどで、ファシオの息が上がり攻撃が止む。
「気が済んだか?」
「何で当たらないのよ……」
「そりゃ、見えてるからなぁ」
「見えてたって、普通は反応できないのよ!? 何であんただけ涼しい顔してんのよ!?」
「だって疲れてねぇもん」
ファシオが驚愕に目を丸くした。自分がこれだけ汗だくになっているのに、ジガンは額に薄っすらと汗をかいている程度。誰が見てもその差は歴然だ。
「別に、お前が
「なっ……銀級が偉そうに!」
「そりゃ済まん。最近俺の周りは化け物みたいな奴ばっかりなもんだから」
ベルサス村で戦った“鬼”。直接戦ってはいないが、その後に現れたヌォルの分体。黒竜。あー、なんか俺、呪われてない? なんか悪いことした? ジガンは遠い目になった。
プルクラやアウリは、話が通じるだけ可愛いものだ。いきなり襲ってきたりしないし。呪いは掛けてきやがるけども。
「あーもう、やめやめ! あんたとやっても疲れるだけだわ!」
「おぅ、止めてくれるなら助かる」
「その代わり、私に剣を教えなさいよ」
「は? お断りだ」
「なんでよ!?」
プルクラだけでも持て余しているのに、これ以上厄介な弟子は要らない。生意気だし。
「……私はファシオよ。後ろは、大男がダルガ、魔術師がオルガ」
「ジガンだ……って知ってたな」
「じゃ、自己紹介も済んだから剣を教えてよぉ?」
「何で自己紹介したら教えてもらえるって思ってんの!? その思考が俺にはさっぱり分からねぇんだけど!」
ファシオが手を変え品を変えジガンに教えを乞おうとするが、ジガンは首を縦に振らない。
「教えてくれるまで帰らないんだからっ!」
遂に面倒臭い恋人のようなことを言い出した。帰れよ、と心の中で溜め息をつき、もうファシオのことは彼女の仲間に任せた。
ダルガとオルガに両脇を抱えられ、引き摺られていくファシオ。村からは出たが、村が見える場所で野営の準備を始めたことをジガンは知らない。
ジガンは報告のために村長と共に村長宅へ向かった。
「ジガン、助かったぞ」
「いや、元はと言えば俺……いやプルクラのせいか? いやいや、あいつらがおかしいだけだな……」
いずれにしても助かった、と苦笑いしながら村長がジガンの肩を叩く。
「あー、村長。実は、プルクラたちと旅に出ることになりそうだ」
「そうか……まぁ、お主はいずれこの村を発つと思っておった」
「うん。だけど、旅が終わったら帰って来たいんだよ。旅の間も偶には寄るかもしれないし。だから俺の家と、プルクラたちが借りた家、そのままにしててくれないか?」
「それは構わん。まだ空き家もあるし。村の人口が急に増えることもないじゃろう」
「助かる」
「くれぐれも体に気を付けてな。お主ももう若くないんじゃから。あの二人の真似をしちゃいかんぞ」
「そうだな。プルクラたちと同じことしてたら身がもたん」
その夜はジガンが一時帰郷したということで、村長宅の前に村人の大半が集まり、宴会となった。
宴会と言っても素朴なものだ。大きな街のように凝った料理はないし、酒の種類も選べない。だが、ジガンはファルサ村のこういう雰囲気が好きだった。プルクラたちの旅に付き合っても、いつか必ず帰って来よう。ジガンは改めて胸の内で誓うのだった。
*****
ジガンがファルサ村の宴会を楽しんでいた頃。プルクラとアウリ、ルカインはクリルと一緒にレーガインの街へ繰り出していた。
「ウチが寝てる間に
「黙りなさい、駄猫」
アウリからひんやり視線を向けられたルカインは、出来るだけ離れようとプルクラの反対側の肩に素早く移った。
「ルカはクリルが仲間になるの、いや?」
「べ、別にそんにゃことにゃいにゃ」
やがて一軒の食事処へ到着する。
「私が神官学院に通っていた頃からある店です。レーガインに来たら必ず寄るんですよ」
クリルお勧めの店は個室があったので、三人と一匹は迷わず個室を選んだ。この店に詳しいクリルに、料理選びを丸投げする。店員に注文を済ませると、クリルが並んで座るプルクラとアウリに向き直って姿勢を正した。
「私がプルクラさんたちの旅に同行したい理由をお話しします」
巡礼神官の任期を終え、このまま中央神殿に戻れば神官長へ就任することが決まっているらしい。しかし、クリルは出来れば旅を続けたいと思っていた。元々巡礼神官になったのは色んな場所に行けるからだ。神官という仕事は好きだが、もっと自由に旅したいという気持ちが強くなった。
「それなら一人で旅をすれば、とお思いになるでしょう。実際今までずっと一人だったわけですから」
旅の醍醐味の一つは人との出会いである。しかし、クリルは“虚偽看破”のお陰で出会いを純粋に楽しめない。御力を使わなければいいのだが、これまでずっと一人で旅をしてきた中で、相手が信用に足るかどうかは時に命を左右する。だから殆ど反射的に御力を使ってしまうのだ。
「プルクラさんとアウリさんには“虚偽看破”が通用しません。ですが、お二人のことは信用出来ると思ったのです。自分でも不思議ですが」
「プルクラ様は嘘をつく必要がないですから」
「ん。嘘をつく人は、何で嘘つくの?」
何度目だろう、クリルはまたも驚きで目を見開いた。
「プルクラ様。人は、他人を騙したり自分を有利にしたりするために嘘をつきます。そういう悪い嘘だけではなく、時には相手を傷付けないように嘘をつくこともあります」
「ふ~ん?」
プルクラはよく分からないが分かった風を装った。これも嘘になるのだろうか?
「アウリさん。プルクラさんが嘘をつく必要がない、というのは?」
「プルクラ様はとても強くて自由なのです」
それで全て分かるだろう、とアウリは胸を張った。クリルは全く分からなかった。その表情を見て、アウリは仕方なく補足する。
「……相手が貴族だろうと王族だろうと、プルクラ様は思っていることをそのまま口にします。それで相手が悪く思ったとして、プルクラ様を害することは万の軍勢をもってしても不可能です。こんな風に言うとプルクラ様が暴君のようですが、実際にはとても心優しく純粋な方です。無暗に誰かを傷付けることはしません」
これでどうだ、とアウリの鼻息が荒い。
「アウリ。私だって偶には気を遣う」
「そうです。プルクラ様は気遣いも出来るのです!」
クリルはアウリとプルクラのやり取りを聞いて思わず吹き出した。
「ああ、すみません。アウリさんはプルクラさんのことがとても大切なのですね」
「もちろんです」
「私だってアウリが大切」
クリルから見れば、アウリがプルクラへ向ける愛情は些か度が過ぎているように感じるが、言葉の少ないプルクラも同じように愛情を抱いているようだ。だからこそ、この二人のことを無条件に信用出来ると思ったのかもしれない。
この二人の関係に嘘が入る余地はない。そんな心地良い関係を、自分もこの二人と築きたいのだ。クリルはそんな自分の本心にようやく気付いた。
「……私が仲間になったら、大切に思ってもらえるでしょうか?」
「それはクリル次第」
間髪入れずにプルクラが答えた。そしてその答えは、クリルの心に沁みいった。誰かを信じたいなら、まず自分が信じなければならない。だれかに大切にされたければ、まず自分が大切にしなければならない。そんな当たり前のことを、目の前の少女が教えてくれた。
御力のせいで疑心暗鬼になっていた自分。信じるより先に疑っていた自分。それは本当に御力のせいだろうか? 人より多くの経験を積んできたと思っていたが、そこから何も学んでいなかった。大切な気付きは、目の前の少女が与えてくれた。
「プルクラさんの言葉、胸に刻みます。是非仲間にして下さい」
「ん、分かった。アウリ?」
「プルクラ様がよろしければ、私に否やはございません」
「ルカ?」
「プルクラがいいにゃら別にいいにゃ」
歴代巡礼神官の中で最強と言われるクリル・サーベントが、プルクラの仲間になった。なお、ジガンはそんなことなど露知らず、ファルサ村の住人たちと飲んだくれていた。
竜の娘に常識は通じない 五月 和月 @satsuki_watsuki
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