巨大な馬の背中に乗ること数時間。ふたりが連れてこられたのは立派な城――魔王城の最上階。これまた立派な部屋だった。


 いや正確には、置かれた。部屋を飾る石像がごとく。


「おっ、おい! どうするんだよ!」


 ケンタウロスが部屋を出ていったのでティムは声を出してリーユから離れる。途端に魔法も解けた。


「ど、どうするも何も。早く逃げなきゃ」


 いつもは強気のリーユも流石に狼狽うろたえている。

 ともあれ、その意見には賛成だ。ここは魔王城、命がいくつあっても足りない。


 それにケンタウロスは言っていた。魔王様への手土産、と。つまりこの部屋の主は魔王軍のトップ、魔王そのものということだ。


「部屋には誰もいないみたいだ」

「ええ。今のうちに脱出を――」


 どたどたどたどた!!


 すると、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。ふたりはいつもの要領で、素早く抱き合って魔法を発動させる。


「ケンタウロスが余に土産も持ち帰ってきてくれたとな!?」


 バァン、と扉が勢いよく開いたと同時、弾んだ声が響いた。現れた存在を、石化状態のふたりは眼球だけ動かして確認する。


 そこにいたのは、なんと小さな女の子だった。

 背丈はリーユよりも低い。真っ黒な髪に、宝石のように赤い瞳。それだけならただの人間の子どもだが、決定的にティムたちと違う部分があった。


 ひと言で表せば、ツノ

 ぐりんとS字の曲線を描いている。人類が持ち合わせていない異形のそれが、彼女の頭にはあった。


 まさかこの子が……魔王?


 動揺を必死に抑えながら考える。魔王といえばもっと巨大で、邪悪なイメージを持っていた。だが口ぶりからしても、間違いなく魔王だ。


「これか!! たしかに素晴らしい! ケンタウロスよ、でかしたぞ!」


 魔王の登場に冷や汗をかくティムをよそに少女、もとい魔王は石像化したふたりの周りをぐるぐると回り始める。こんなにジロジロ見られたらバレるんじゃないかと気が気じゃなかった。


「最近は侵略もうまくいかずにヤキモキしておったが、これがあれば余の欲もしばらくは満たされる――ふひひ」


 魔王がまたひとり言をつぶやく。内容も気になったが、ティムの耳に残ったのは最後の笑い声だった。およそ魔王が発するには似つかわしくない、というかキモい声で。


「これは捗るのう」


 かと思えば、少女は紙を取り出して部屋にあった机にかじりつく。ちょうどティムたちに背中を向ける位置関係だった。そしてガリガリと音が聞こえてくる。


 スケッチをしてる……?

 ティムは推察する。時折「ここで、押し倒して」とか「むふふ、次は俺様系主人公でいくかのう」なんてつぶやきが挟まれる。


 アイツもしかして。

 結果、ティムはひとつの可能性が思い浮かぶ。そして抱き合っている魔法使いに相談しようと目配せをする。


(なあリーユ、)

「も……限界……」


 だが、ティムの耳元で聞こえたのは、かすれ気味で消え入りそうな声だった。


(限界。ってお前)


 まさか、魔力切れ?


 当然といえば当然だった。魔法だって万能じゃない。具体的にいえば、魔法を使う人間の体力に限界があるからだ。


(お、おい! もう少しだけ耐えろって! 今魔法が解けたら――)

「もう、無理……あっ」


 と、何か最後の砦が決壊してしまったかのような声を、我慢から解き放たれた快感を含んだ表情に変わる。


 バタバタッ! 直後、ふたりの身体は糸が切れたようにその場にたおれこんだ。


「なっ、なんじゃあ!?」


 魔王が驚いて振り返る。魔法も解けてしまっているので、ティムはバッチリ目が合った。


「しっ、侵入者か! ん? いやしかし、さっきまでの石像は……」


 しかし突然の物音、しかも石像だったふたりが人間になったのが幸いしたのか、魔王は目を白黒させて戸惑っている。これは千載一遇の、いや最後のチャンスだ。


 逃げるなら今。だけど――


 ティムは隣に目をやる。ぐったりとしているリーユ。ティムだけなら逃げ切れるかもしれないが、彼女を置いていくことは……いくら臆病のティムでもできない。できるはずがない。


 ああもう! しょうがない!


「魔王よ! 俺は人間の冒険者、ティム!」

「なっ」

「お前の秘密、しかと見たぞ!!」


 言葉を詰まらせる魔王にティムは言葉を続ける。


「お前、人間の男女をさらっては、自分の妄想を……イラストを描くためのネタにしていたなっ!」


 啖呵たんかを切った。確証があるわけじゃない。だがこれまで聞いた話――魔王軍は最近若い男女をさらっていること、加えて今この状況。それらから導き出されたひとつの推測を、ティムは自信満々に言い放った。


「そしてそれは魔王軍の幹部までしか知らない情報。そうだよなあ?」


 これは完全にでまかせだった。これで違っていたら八つ裂きにされるんだろうなあ。


「なっ、お前! なぜそれを……!」


 が、魔王は顔を真っ赤にして狼狽えていた。それこそ見た目相応の少女のような反応だった。

 首の皮一枚つながった。今だ、とばかりにティムはたたみかける。


「ふっふっふ。口封じに俺を殺すか? だがムダだ。俺が死ねば全世界にお前の秘密は知れ渡るだろうな」

「そ、そんなあ……」


 魔王はその場にぺたんと座りこむ。ショックに満ちた表情で。

 まさか口八丁でここまでうまくいくなんて。

 いや、まだだ。ここからが仕上げだ。


 ティムは魔王のところまで歩いていくと、手を差し伸べる。


「俺とて戦いは望まない。どうだ? ここはひとつ、協定を結ぼうじゃないか」

「協定、じゃと?」

「ああ。お前が今後、人類を侵略しないと誓うなら、俺がお前のためにネタ《・・》を提供しよう」

「ほっ、ほんとうかっ!?」


 賭けだったが、うまくいった。魔王の顔が一気に明るくなる。


「お主らが余の創作を手伝ってくれるなら……侵略はやめるとも!」

「ようし! 交渉は成立、だな!」


 言葉を交わし、ふたりの手はガシッと握られた。


 うおお! い、生き延びたあ〜!



「う、うう……」


 それから少しの時間が経ってから、リーユはよろよろと目を覚ました。


 が、そんな彼女を待っていたのは、顔を引きつらせた冒険者、ティム。


「あ、リーユ。起きてすぐのところ悪いんだけど……一緒にポーズとってくれないか?」

「はあ?」

女子おなごの方よ、ようやく起きたか! はようポーズをとれ!」


 ティムの背後では、爛々らんらんと目を輝かせる魔王。有無を言わせない状況であることは直感的に察することができて、


「あは、あはは……はあ」


 ポンコツ魔法使いは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。




 こうして。


 人類と魔王軍は和睦し、世界に平和は訪れた。

 その立役者としてティムとリーユは英雄と呼ばれるようになった。


 だがそんなふたりがこっそりと足繫あししげく魔王城に通って、魔王の創作活動の手伝いをしているのは、また別のお話。

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へっぽこ冒険者とポンコツ魔法使いは旅をする ~たったひとつの魔法を添えて~ 今福シノ @Shinoimafuku

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