3
「あれ、か……」
翌朝。ティムは岩陰からひょっこり顔を出し、少し離れた場所を見つめていた。
視線の先、開けた場所には大量のモンスター。ゴブリンだけじゃない。オーク、それから遠くには人間の数倍はあるミノタウロスまでいた。
間違いなく、ギルドからの手紙にあった魔王軍だ。
「うわ、モンスターの
隣で同じように顔だけ出しているリーユが言う。
ちなみに帽子は目立つので脱いでいた。赤みかかったくせっ毛がみょんみょんと跳ねている。
「本気で討伐できると思ってるの? 魔王軍の幹部なんて」
「んなわけないだろ。でも頼まれた以上、何もしないわけにはいかないし。ウソをつくにもちょっとだけ行動しないと」
「たとえば?」
「そうだな、ゴブリンの一匹でもたおせば、なんとか誤魔化せるかなって。ほら、たとえば『魔王軍とは出くわしたけど、運悪く幹部は取り逃がした』とか。ホントっぽいだろ?」
「……ほんと、でまかせだけは得意よね、あなた」
リーユがため息をついた。ゴミを見るような目で。やめてくれ。
「作戦はあるの?」
「いや、特には。集団からはぐれたゴブリンをなんとかしてたおす、くらいしか」
「なるほど、じゃああなたが囮になってるスキに私がたおすってことで」
「アホか! 俺が先に死ぬわ! そもそもお前もたおせないだろ! 石に見える魔法しか使えないのに」
「う、うるさい!」
またもや言い争いが始まる。だが今はそんなことしてる場合じゃない。ティムは首をぶんぶんと振り、話題を変えることにする。
「にしても、幹部らしき奴の姿が見えないな」
さっきから視界が捉えるのはただのモンスターばかり。肝心の幹部の姿がない。
「幹部はたしか、
「ああ。ギルドからの手紙にはそう書いてあったけど」
人間よりずっと大きい体躯に銀色の甲冑、と特徴が記されていたのを思い出す。そんな見た目の奴ならまず見落とすことはない。
「まさか、実は本当に逃げ出してたりして?」
「それはない……いや、あるかもしれないな」
なにせ俺はギルドから直々に討伐を依頼されたんだ。
「俺が来るって情報を聞きつけて、幹部ひとりだけ退却してたりして。あっはっは」
「――なんだ? お前たち」
背後から、岩のような声。ティムの高笑いは途切れた。
まさか。いやまさか、な。
ティムとリーユはギギギ、と振り返る。
目に映ったのは、銀色の甲冑に包まれた上半身。そして馬の身体の下半身。
ひと言で表現すれば、ケンタウロス。
まさにギルドが言うところの、魔王軍の幹部だった。
ケンタウロスは甲冑の奥の瞳をジロリ、とさせる。
「んあ? お前ら……人間?」
「「――――っ!!」」
それは一瞬にも満たない時間だった。ぶつかりそうな勢いでしっかりと抱き合うと、すかさずリーユが魔法を発動。魔力がふたりを包んでいって、
「なんだ? 人間だと思ったが……石像?」
あ、あっぶねえええ!
ティムは内心叫ぶ。あと一瞬遅れていたら、間違いなくやられていた。殺されていた。
ともあれ、魔法は効いている。
(今はじっと耐えてやり過ごすぞ)
(わかってるわよ)
ティムはアイコンタクトを送る。リーユからも同じように返ってくる。相変わらず俺の鼓動は女子との密着でドキドキしていたが、今はそれどころじゃない。
モンスターにとって、殺戮という快楽を得られる生身の人間ならともかく、人間の石像なんかには興味が湧かないだろう。この前のゴブリンたちと同様、この幹部だってそのうちどこかに行く。それまで待てばいい。
と思っていたのに、
「……これは興味深い。愚かな人間の男女が抱き合っている石像、か」
甲冑姿のケンタウロスは目を離すどころか、まじまじとティムたちの方を見ていた。そして、
「よし、持って帰るか。……魔王様への手土産として」
は? コイツ何を言って、
そんな言葉が聞こえたと同時、ティムの視界はぐらりと揺れた。
動揺する間もなく身体に衝撃が走って、気がつけばティムの目線は高くなっていた。
「これでよし」
リーユと抱き合っていない部分から伝わるのは、獣の毛並みの感触。そこで初めて、ふたりはケンタウロスの背中に乗せられたことに気がついた。まさに乗馬をするがごとくジャストフィットしていた。
「魔王軍の者たちよ!」
と、ケンタウロスは岩に乗ると大きい声を張り上げた。当然、たくさんいる魔王軍のモンスターたちの視線が集中する。
「しばしこの場を離れる! 我が戻るまで待機せよ!」
モンスターたちがどよめく。だがおかまいなしにケンタウロスは走り出した。石に見えるティムたちを背中に乗せて。
(お、おい。ななにがどうなってるんだ)
(ねえちょっと。さっきコイツ、変なこと言ってなかった?)
そうだ。たしか妙なことを。
ええっと、
――持って帰る。
――魔王様のところに、持って帰る。
「えっ……」
(ええええええっ!? 魔王のところ!?)
ふたりは声にならない叫びを上げる。だがしかし、声を上げるわけにもいかず、ただ巨大な馬の背中に乗って揺れることしかできなかった。
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