その日はティムにとって最も波乱万丈な1日だった。


 ギルドに登録を済ませ――憧れの冒険者になれて、まずは雑魚モンスターでも狩って経験値を上げようと、人気ひとけのなさそうな洞窟に潜った。

 だがそこにあったのは、たおされたモンスターの残骸ばかりで。


 他の冒険者に先を越されたのかと肩を落としていると、


「無事かあーっ!?」


 大きな声とともに、重装備の男たちが大勢やって来る。見覚えがあった。ギルドでエース級を張っている冒険者集団だ。


「ケガはないようだね……って、モンスターが全部たおされてる!?」

「えっ、あ。それは俺が来た時にはもう」

「まさか……君がひとりでやったのか!? す、すごいぞ!」

「え? は、はあ」


 わけがわからず生返事だけをするティム。すると冒険者たちは目を輝かせて、こう言った。


「君がコイツらを――魔王軍とその幹部をたおしたのか!」


 そこから先はまさにとんとん拍子だった。


 担がれるようにティムがギルドに戻ると、そこはお祭り騒ぎ。中でも一番声を弾ませているのはギルド長。もう全員が全員、勘違いまっしぐらだった。

 魔王軍幹部を、ティムがたおしたと思い込んでいた。


「いやあ、まさかうちのギルドにこんな強い冒険者がいたなんてなあ!」


 そりゃあ、今日冒険者の登録を済ませたばかりですから。ティムはそう言いたかったが、言い出せる雰囲気ではまったくない。だがこういうのは早めに誤解を解いておかないと。


「無傷で魔王軍幹部をち倒すとは! さぞ実力がおありなのでしょう!」

「え? えへへ。いやあ、それほどでも」


 ま、まあ今は言わなくてもいいかな? この感じ、なんだか気持ちいいし。


「最近は魔王軍の活動も活発になってきて、特に若い男女がさらわれる事件が頻発していて困っておりまして……おお、そうだ!」


 名案、とばかりにギルド長はひと際大きな声を上げた。


「ティム殿! ぜひこの勢いのまま魔王の討伐もお願いします!」

「……ん?」


 ちょっと待て。今なんて?


「まっ、魔王討伐!? この俺が!?」


 いやいや勘弁してくれ。魔王どころかその配下の雑魚モンスターですら狩れないっていうのに。


「何をご謙遜を!」

「そ、そういうことじゃなくて」


 今さら勘違いです、なんて言い出せる状況じゃないし。

 な、なんとかしないと。何か断る理由は……そうだ!


「いや、それが俺、パーティを組んでいないんですよ。さすがにひとりじゃ魔王討伐なんてとても……」

「それは心配いりませんぞ! ここにいるギルド登録者から好きな者を指名してください!」

「は、ええ!?」


 だが、ティムの言い訳はあっさり突破された。むしろ余計に状況が悪くなった。

 下手に強そうな人をたくさんパーティに入れたら、実は初心者冒険者だということはすぐにバレる。そうなったらどんな仕打ちが待っているか。ウソつきだとか詐欺師だとかそしられて石を投げられるに違いない。


 ティムは藁をもすがる思いで周囲のあちこちに視線を向ける。何か、誰か、この状況を切り抜ける手立てはないか――


「……!」


 その瞬間、目が合った。ひとりの少女だった。

 紫色のローブと三角帽子。おそらく魔法使いだろう。彼女はギルドの大広間のいながらも、その隅っこでティムを中心とした騒ぎに唯一参加していなかった。どうみても『ぼっち』だった。


 よ、よし。彼女なら。


「……あの人に、します」


 ティムは少女の方に身体を向けて言う。


「い、いいんですか? 彼女は」

「いえ、彼女こそふさわしいと直感しました」


 ギルド長は狼狽ろうばいしていたが、今はそんなことよりもこの状況を抜け出せる――万が一ティムが強くないとバレても影響の少なそうな人をパーティメンバーに選ぶことだ。であれば『ぼっち』以上にこの場において適任はいない。


 ティムは一目散に少女のもとまで駆け寄る。


「あ、あの!」

「えっ、わ……私?」


 少女はビクリと身体を震わせる。だが、その眼差しはどこか期待に満ちていて。

 ティムは、少女に手を差し伸べて、言った。


「俺と……魔王討伐に行ってください」




「――それがまさか、こーんなへっぽこ冒険者だったなんて……」


 たき火の前で魔法使い、リーユが盛大にため息をついた。


 すっかり夜だというのにふたりがいるのは森の中。要するに野宿だった。こんな旅をするなんて思いもしなかったから、手持ちのお金はほぼゼロ。

 魔王討伐を任された時に軍資金をもらっておくべきだったとティムは後悔する。


 一方で、眼前の魔法使いはまったく別のことに対する航海に思いをせていた。


「あーあ……あの時はついに私もパーティを組めて冒険に出れるんだって期待したのになあー」

「あのなあ。こっちだってまさかパーティ組むやつが『石に見える魔法』しか使えないやつだなんて思いもしなかったよ」

「しょ、しょうがないじゃない! まずはひとつの魔法を極めようと思って修行してたら、こんなことになるなんて思わなかったんだもん!」


 悲痛さをにじませて言う。


 リーユが使える魔法はひとうだけ。だがよりによって、それは『周りからは自分のことが石に見える魔法』というナゾ魔法、いやネタ魔法だったのだ。

 意気揚々と彼女を連れてギルドを出てしばらく経った後。そのことを知ったティムは思い知った。


『ぼっち』には『ぼっち』なりの理由があるのだ、と。


 ただひとつ使える点があるとすれば、リーユが接触している者にも魔法の効果は及ぶということ。ただし、密着していないと意味がないらしい。


 というわけで、ティムたちはモンスターに遭遇するたびに抱き合ってやり過ごしてきたのである。


「な、なによ! 確認しなかったアンタにだって問題はあるでしょ?」

「なら最初に言えよ! 私は石に見える魔法しか使えないけどいいですか、ってな!」

「いっ、言えるわけないじゃない。だって……」

「だって?」

「私が必要って……言ってくれて……うれしかったんだもん……」

「え? よく聞こえないんだけど」


 うつむいて指先をつんつんさせながらモゴモゴと尻すぼみになっていく言葉に、ティムは怒気を抜かれた。後悔は山ほどあるが、今ここで言い争いをしていてもナンセンスだ。

 と、リーユが顔を上げて提案してくる。


「ねえ、やっぱりギルドに戻らない? 正直に言ったらみんなも許してくれるわよ」

「いや、それはそうなんだろうけど」


 ギルド長も他の冒険者たちも鬼じゃない。送り出したのが実は初心者冒険者とポンコツ魔法使いとわかったなら、さすがにとがめることはしないだろう。


「いやー、でもさあ。今さら言い出せないっていうか。あれだけ盛大に、すっげえチヤホヤされて送り出されたわけだし」

「……このヘタレ」


 ティムを見つめる丸メガネの奥の瞳がすっと細くなった。

 ヘタレで結構、とティムは内心で毒づく。自分が臆病なことは、自分が嫌というほどわかっていた。どうせ俺は冒険者なんかに向いてないですよ。


「もー、じゃあどうするっていうのよ。このまま他の誰かが魔王をたおすまで適当に旅を続けるっていうの――」


 バサバサァッ!!


「「……!!」」


 大きな音が響き、ティムの言葉をぶつ切りにした。同時にふたりは抱き合っていた。魔法を発動する準備は万端、といったように。

 固まってじっとしていると、音は徐々に遠ざかっていく。夜空に見える黒いシルエット。大きな鳥だ。その姿に、ふたりは見覚えがあった。


「ねえ、あれって」

「ああ。ギルドからの使いの鳥……だな」


 予想は正しかったようで、頭上から丸められた紙が落ちてくる。ギルドからの手紙のようだ。ティムは拾い上げて開封する。


「なになに……? 『冒険者殿とそのお付きの者へ』だって」

「え、もしかして私がお付きの者扱い? 最悪。燃やしてやりたくなるんだけど」

「やめてくれよな。大事な知らせかもしれないだろ。えーと、なになに……ん?」

「なによ、なんて書いてあるの?」


「……『まもなくその近くに魔王軍が幹部とともにやってくるとの情報を入手しました』」

「は……え?」

「『つきましては、討伐をお願いいたします』……って」

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