お好み焼き

武田 信頼

お好み焼き




私は新幹線で広島に着いた。南口に抜ける通路を渡り、階段を降りながら広島の街を見る。


「……広島か。何もかも皆、懐かしい」


 そして駅南口を抜け私は右に向かう。だいたい左に向かい市電を使い紙屋かみや町付近まで向かうのが観光客だ。大きな荷物を持っているにもかかわらず反対方向に行く人は元広島県民であろうことを熟知している従業員はあえて声を掛けない。

 もちろん南口真正面のエスカレーターを降り地下へ行く人もいるが主観的に言えば地下に降りて利用する人間もやはり元県民だろう。

 

 私は広島に降り立つと、まずは『お好み焼き』を食べることにしている。南口を右に進み、郵便局を越え、予備校の前を過ぎる。と、山陽本線が見える小道に入り私は小さな店の暖簾をくぐった。


「十年ぶり」

「いらっしゃいって……えっっと、そげに十年もこんかったかいね!?」

 

 親父は笑いながら言う。

 

「さあ、そげーぐらいな気持ちじゃったんよ」


 親父はおもむろに生地きじを引く。本来作るお好み焼きよりも二倍大きい。その上に魚粉ぎょふんをふる。

 十年たっても私の好みを忘れない親父を見て、理屈ではなく「帰ってきたなァ」という妙なノスタルジーを感じた。


「へい、お待ち。四人前を一枚で焼かすんは、あんただけだけじゃったけえね」

 

 私はヘラで端を切り、はふはふと口に運ぶ。ソースと香辛料と野菜とそばのコラボ。一見ジャンクのようなお好み焼きでも、全く店によって味が違うのだ。

 私見ではあるが、お好み村はあくまで観光地。地元民は何故かそれぞれ自分の好きな店を持っている。そして十数年ぶりだというのに受け入れてくれた店。しかも私のレシピまで覚えてくれている店に心の中で感謝した。


「どうでい?」


 予備校時代からもはや30年はとうに過ぎている。大学時代も広島勤務だった時も変わらず言うセリフ。だから私も変わらずのセリフを言う。


「美味かったよ……。でも、次はやっぱり五人前に挑戦してほしいな」

「なに、いっちょる。今まで四人前を焼くのも大変なのに、はあ、五人前!?」

「宜しくゥ……」


 いつ戻ってくるのか分からない、我が故郷である広島。

 私は店を後にして駅に戻り、再び新幹線に乗るのであった。

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お好み焼き 武田 信頼 @wutian06

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