第4話 好きだった人の妹。
「ここが、相良くんのおばあちゃんの古本屋さんなんだね」
「……はい」
気まづいまま、それでも真壁さんは付いてきた。
何度も僕をチラチラと見てきたりはしてて、それが余計に気まづい。
「とりあえずお店開けますので」
「あ、うん」
店番をする日は婆ちゃんの予定によって変わったりする。
爺ちゃんが死んでからはわりと自由に交友関係を広げたりしていて、なんなら僕よりもアクティブに生活している。
「絵本コーナーはここです」
「結構あるんだね」
「業者から引き取った絵本も多いですが、これでも近くの保育園などに寄付したりもしててこれだけあるので」
「これは探すの大変そう」
「そうですね」
本で埋め尽くされたお店。右も左も本だらけ。
古本の優しい香りが好きで、ここに来ると落ち着く。
「いつもお店を開いてるわけじゃないんだね。相良くんのおばあちゃん」
「半分趣味でやってるだけらしいですからね」
「もう半分は?」
「亡くなった爺ちゃんから相続した本たちです。この本たちが欲しい人に渡るようにしてほしいと遺言で」
「そうなんだね。なんか素敵」
「絶版本を個別でオークションに出せば儲けられるんですけどね。オークションは苦手らしいので」
爺ちゃんの遺した本たちに囲まれて過ごす日々は心地好くて、少しずつ減っていく本たちはまた誰かに物語を届けていく。
でも店に来る多くの人はクチコミを頼りに昔読んだ本を探しに探してここにくる。
本を求め彷徨う活字ゾンビたちの最後の砦である。
だから真壁さんの事も拒めなかった。
絵本を探していると言われてしまったから。
「好きに見てて下さい。僕はカウンターに居ますから」
「あ……うん」
一応さっき交際の申し出を断ってしまった手前、やはり気まづい。
だから僕はあくまでも店のスタッフとしてか真壁さんには関われない。
自分の不器用さが嫌になる。
それでも、やっぱり人と関わる事はこわい。
大事なものが増えていくことがこわい。
学生の恋愛なんてのは結局のところ通過儀礼みたいなものだろうけども、それでも失う事を前提に付き合いを深める事に恐怖してしまう。
失うくらいなら、初めから無いほうがいい。
そう思ってしまう。
「じゅんじゅ〜ん」
「いらっしゃいませ」
「相変わらず塩対応じゃん」
「これで普通なんですよ」
カウンターで店番ついでに本を読んでいたら
僕の好きな人だった人の妹であり、小学5年生。
婆ちゃんとよくお喋りしに来る子なのでずいぶんと暇なのだろう。
長い黒髪をいつもポニーテールにしていて活発な女の子だが、この子はやっぱり
「そんなんじゃカノジョできないよっ?!」
「いいんですよできなくても」
「じゃあ、私がなったげよっか?」
「10年後に同じことを言えたらお願いします」
「えっ?! さ、さ、相良くん……もしかして許嫁とかいる感じ?!」
「真壁さん、絵本は探せたんですか? あと許嫁なんていません」
絵本を手にカウンターに来た真壁さんがかなり動揺した様子で恵美を見ていた。
恵美もなんか露骨に敵視しているようである。
なんだろうなぁ、なんか怖いなぁ。
「じゅんじゅん、この女だれ?」
「恵美さん、失礼ですよ。僕のクラスメイトの真壁凪紗さんです。お姉さんですよ」
「そうなんだね。ただのクラスメイトの真壁ね、覚えた」
「真壁さん、この子は川澄恵美さんです。うちのお店の常連さんでよく婆ちゃんとお話してる女の子です」
「そうなんだー。ふーん。恵美ちゃん初めまして。お姉さんで相良くんの事がが好きな真壁凪紗ですぅ」
「……私の方が将来性はありそう」
「ん? 恵美ちゃん、今どこ見て言ったのかお姉さんに言ってごらん?!」
……やばい。なんか喧嘩始まってる……。
「恵美さん、真壁さんの胸を凝視してそんな事言うのは失礼ですよ」
「でも私のお母さんはおっぱい大っきいもん」
「ぐはッ!!」
本人気にしてるだろうに残酷な一撃で項垂れてしまった真壁さん。
「さ、相良くんはっ! おっぱい大っきい子が好きなの?!」
「……真壁さん、涙目でそんな切実に聞いてこないで下さいよ……」
小学生女児の言葉ですらこんなにダメージ入るんだな。まあでもそりゃそうか。
男は身長、女は胸というわかりやすい差別はどうしてもあるのが世の中である。
もっと平和になってほしい。
「恵美さん、いいですか? 胸の大小で女性の価値は決まりません。色々な人の価値観もありますが、この世の中に正しい事や正義なんてものはないんです。だから胸がどうのこうのでは何も決まらないです」
「……はぃ……」
しゅんとする恵美はこういうところは素直ではある。
もちろん、小学5年生でも既に女性なのだろう。
だからこそ女同士のマウントの取り合いとかをしてしまえるわけで、そう考えると女性とはとても恐ろしい。
僕が小学生の頃の男子同士のマウントの取り合いなんてせいぜい足が速いとかそのくらいしかなかったように思う。
「恵美さん、凪紗お姉さんに言うべき事があるんじゃないですか?」
「凪紗お姉さん、ごめんなさい」
「わ、わたしの方こそごめんね。ムキになっちゃって」
「自分が他人に言われて嫌な事は言わない。とても大事な事ですし、自分が悪い事をしてしまったなら謝る事も大事です。ちゃんと謝れた恵美さんは良い子ですね」
「……うん……」
花美が生きていたら、どうなっていたのだろうと不意に考える事がある。
花美が生きていたなら、今こうして恵美を叱るのは花美だったかもしれない。
冴えない僕をクラスの黒髪ギャルが魔改造しようとしてくる 小鳥遊なごむ @rx6
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