第2章第19話「分からない」
あれから、東宮さんと中園さんは無事に仲直りをした。東宮さんのお母さんのことを知った中園さんは、何度もごめんねと謝った。真柴さんと奏良もほっとした顔をしている。空気は最高で、俺たちのコンディションも最強だった。
だけど、俺だけはあの日に東宮さんに言われた言葉がずっと刺さっていてもやもやした気持ちのままだ。なんのために、誰のために音楽を奏でているのか……あの後考えてみたけれど、パッとした答えは見つからない。一人で悶々としてても仕方ない、と思ってみんなにも聞いてみたりもした。真柴さんは、その時に聞いてくれている人のためにその時最高の音楽を奏でられることを意識している、と言っていた。奏良は、自分のため。中園さんは、両親のため。東宮さんは、お母さんのために。みんな、それぞれちゃんと届けたい人がいた。考えていない俺がおかしいのか、と焦ったけれど真柴さんは、〝理由なんて何でも良いんじゃないかな〟と笑ってくれた。なのに、俺はそうは思えなくて……。
「いよいよオーディション前、ラストの講堂での演奏会ね」
ぼんやりしていた俺の頭に真柴さんの凛とした声が聞こえてきた。そうだ、今日は学内弦楽演奏会の当日。余計なことを考えている場合ではない。余計なことではないのだけども……。
「絶対良い成績取るわよ!」
「だな! 今の俺たちならどこまでだっていける気がする」
「そうだね。頑張ろ!」
みんなは、とてもやる気に満ちている。俺だって同じ気持ちだ。全力で挑みたい。
「おい、凪音! 何ぼんやりしてるんだよ」
「ごめんごめん。緊張しちゃって」
「緊張するのも無理ないよ。学園祭とは全然違うからね」
そうだ、この演奏会は成績に関わるもの。この講堂は、2年生の時のトラウマの場所。改めてそう意識してしまったら、心臓がバクバクと鳴り響いて止まらない。
「沢渡くん、大丈夫よ」
真柴さんが優しい声をかけてくれる。その優しさが今は普段よりも一層、染みた。全てを言わずともその大丈夫の言葉の意味は分かっている。全力で弾いて欲しい、という想いが込められている。周りに遠慮せずに、自分の持つ本来の音を奏でて、と……。
「うん、三笠先生にも迷惑たくさんかけたし良い成績取って恩返ししないとな」
今日の演奏会は、三笠先生が指揮をする。レッスンの成果を、この素晴らしい音響の場所で先生に聞かせたい。とりあえず、今はそれを今日ここで音楽を奏でる意味としよう、と決めた。
俺たちは楽器を持って、舞台袖へと移動をした。心臓は未だに鳴りやまないが、ここまできたらもう弾くしかない。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせた。俺は、成績も何もかも平凡だけど本番でミスをしたことは一度もない。
前のグループの演奏が終わり大きな拍手が響く。この拍手よりも大きな拍手が貰えるだろうか。きっと、俺以外は貰えると思いながら舞台へと向かっているのだろう。俺だけが不安を抱いている。ゆっくりと椅子に腰を下ろしてまずはチューニングから。チューニングはばっちりだ。弾き始めてみたら意外と大丈夫かも、と思えてきた。
最初は、フォーレのピアノ五重奏から。東宮さんの好きな曲。東宮さんが楽しそうに弾いているのが伝わってくる。きっとお母さんも天国から見守ってくれているだろう。1曲目は普通に弾けた。弾く前の緊張は何だったのか、と拍子抜けしてしまうくらいいつも通り弾けた。本来の俺の音が出せているかは分からない、けれど……。
2曲目、ドヴォルザークのピアノ五重奏。もう、何度も弾いてきた。楽譜は置いてあるけど見なくても弾ける。みんなもフォーレの時はちょっとまだ緊張感は残っている部分もあったけれど、ドヴォルザークにはそれがない。成績に関わる、と分かっていながらも楽しいと思いながら弾ける曲。三笠先生も楽しそうに指揮を振っている。このままいけば、今までで1番良い音楽になったのではないか、と思えるくらいの出来だった。
……なのに、俺は最後の最後でミスをした。今まで一度もミスしたことのない箇所でミスをした。たぶん、観客には分からない。だけど、みんなは気づいているだろう。演奏が止まるほどのミスではなかったから、そのまま最後まで弾き切ったが俺は演奏が終わってもしばらく何が起きたのか分からなかった。
「沢渡くん……」
真柴さんは心配そうに声をかけてきてくれた。はっと振り返れば、みんなの視線が俺に集まっている。
「どうしたの、あんなミス初めてよね」
「あんたさ、今日が大事な日だってこと分かってた⁉ ミスなんてしないでよっ」
「詩織ちゃん、言い過ぎだよ……」
「……いや、中園さんの言う通りだ。本当に、ごめん。何度も弾いてる曲でしょうもないミスして……」
「そんな卑屈になることねーって。大したミスじゃなかっただろ」
「だからどうして大したことのないミスをするんだって言ってんのよ! しかもよりによって琴乃とのデュオのところで!」
「詩織……」
俺は何も言い返せなかった。俺は大好きなデユオの所でミスをしてしまった。そこが好きでこの曲を選んだのに。どこよりも練習をしたはずなのに……。
「みんな、言いたいことはあるだろうけどいったん落ち着こうか。これから成績発表があるから客席に向かうよ」
三笠先生のその言葉に俺たちは小さく頷いた。無言で移動しながら俺たちは客席に腰をおろした。今回の演奏会は順位をつけられる。オーディションの成績が1番だが、2番目に今後の活動に影響してくるのがこの演奏会だった。一組ずつ静かに発表されていく。俺たちの名前が呼ばれた。結果は2位だった。
「さいあくっ」
小さく中園さんが嘆きの声をあげた。観客には気づかれなくても、審査員には俺のミスが伝わってしまっていたんだ。だから2位。もしあのミスがなければ、1位だったのだろう。だって、それ以外に2位である理由がない。俺以外は完璧だったから。
それから、成績発表が幕を閉じ演奏会のプログラムは全て終了した。俺たちは控室に戻ってからもずっと誰も言葉を発さない。俺は、ここにいるのが辛くなってチェロを持ち立ち上がった。
「……今日は、本当にごめん」
そう震える声で告げてから俺は一人で控室を後にした。
次の更新予定
2025年1月10日 20:00
共鳴-僕らを音楽が繋げてくれた- つゆり歩 @tsuyuri_0507
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