子の心親知れず
いーこよ
子の心親知れず
ミーンミーンミンーン
10年ぶりに出た外はあまりにも耐え難い暑さだった。
エアコンで管理された部屋の中に引きこもり続けたせいで体が衰えたからだろうか。
噂に聞く、ここ数年の異常気象が原因だろうか。
そんな天気の中で外出することになったのには理由がある。
旅行に出かけた両親がそのまま帰ってこなくなったからだ。
長年ひきニートをする息子に嫌気が差し、家ごと捨てるために計画した旅行だったのだろうか。
その可能性は十分にある。
大学受験に失敗し浪人を続けた末に勉強も何もかも捨てて10年も引きこもる息子だ。
そんな息子を養い続けて優しい言葉をかけていたにもかかわらず、親のせいだ世間のせいだと自分を正当化し当たり散らす酷い仕打ちを受けていた。
そんなことが続けばいつか限界が来る。
本当に...本当にそうなんだろうか?
受験に失敗しても次はきっと受かると責めずに励ましてくれた。
勉強をしなくなっても知り合いの会社を紹介したり、バイトの募集を探してきたりしてくれた。
それでも全く家を出ない息子に対して一緒に散歩に行かないかと優しく言っていた。
こんな歳になっても毎年誕生日にはケーキを買ってお祝いしてくれた。
そんな母が。
学歴なんか新卒採用でしか役に立たないと、やる気があれば仕事はいくらでもあると言ってくれた。
働かなくても文句は言わず養い続けてくれた。
休みには一緒に釣りに行こうと誘ってくれた。
そんな父が。
旅行にだって家を出る直前まで息子を連れて行こうと、息子の分の荷物まで準備していたのに。
行かなかった時のことも考えて、居ない間のご飯を小分けにして冷蔵庫や冷凍庫に何品も用意していたのに。
本当に息子を捨てるだろうか。
「ごめんなさい...
ごめんなさい。母さん。父さん。」
目の前の冷たい石に向かって、謝り続けた。
「ごめんなさい...おれ...ほんとは...」
さっきまで眩しすぎて目を細めてしまう程だった視界が急に暗くなった。
ドサッ
真夏の炎天下で黒い服を着て、水も飲まずに流していたからか熱中症になり倒れてしまった。
_______
「ゔぅぅーーー!!」
「やったぁ!産まれたぞ!
よく頑張ったなぁ!」
「よかった...」
気がつくと人の声が聞こえた。
目はうまく開かず聞いていることしかできなかった。
「よしよーし。
おとうしゃんでちゅよー。」
何やら話しかけられているようだ。
俺はあの時死んだんだろうか。
急に具合が悪くなり倒れたことまでは覚えている。
「名前はどうしようかなー。
男の子だから強そうな名前がいいよなー。」
「男の子...
そうね。健太なんてどうかしら?」
「健太??...いい名前だな!
お前が決めたんだ。もちろん賛成だよ!」
見えなくともわかる。
俺は抱きかかえられ優しく上下に揺さぶられていることが。
そしてこの会話から俺は赤子として生まれ変わったようだ。
そして名付けられた。
生前の名、岩谷健太と同じ健太という名前を。
「健太。
生まれてきてくれてありがとう。」
母のその声を聞き少しだけ目を開けることができた。
目の前にいたのは緑色の肌をした母。
髪は生えておらず小さなツノが2つある。
いわゆるゴブリンという生き物だった。
_______
「か...さん」
「あなた!健太がしゃべったわよ!!」
「本当か!!」
ゴブリンの成長は凄まじく生後3日目にして声を発することができた。
_______
「母さん!これは食べられる!?」
「ええ。食べられるわよ。
健太はもうお手伝いができて偉いわねぇ。」
生後1週間にして歩けるようになり母と一緒に木の実を集めに来ていた。
あと何日かしたら父と一緒に狩りにも出かける予定だ。
夜には3人でご飯を囲み幸せな日々を送っていた。
_______
生後3ヶ月が経った。
ゴブリンとしてはもう成人としてやっていく年齢だそうだ。
家族での最後の食事のため父は1人で狩りに出かけていた。
「健太...
もう出ていってしまうのね...」
母は寂しそうに呟いた。
「ごめんなさいっ。
健太ももう立派な大人よね。
こんなこと言うなんてお母さん失格だわ。」
作り笑いをしながら母はそう言った。
「母さん...」
たった3ヶ月それだけの短い時間ではあったが、父と母との暮らしは毎日が楽しかった。
2人に優しく育てられたことを思い出し、生前の両親のことを重ねてしまった。
「母さん。俺は...」
ずっと言えなかった、けど本当は言いたかった言葉が溢れてきた。
「こんなこと言ってもわけがわからないと思うけどさ...
母さん。本当にごめんなさい!」
「俺は、ずっと謝りたかったんだ。
2人の子供に生まれて。
優しい母さんと父さんに育てられて。
それなのに俺は酷いことばかり言って。
父さんのようにいい大学を出て家族を養えるような立派な仕事をしてかっこいい男になりたかった。
母さんのようになによりも家族のことを想って人を愛せる人になりたかった。
そんな2人の子供がこんなにダメなやつだって認めたくなかった。
外に出てダメな息子を晒したくなかった。
本当にごめんなさい。」
「健太...
あなた、本当の健太なの...?」
突然の身に覚えのない話に母も混乱してしまったのだろうか。
「何言ってるんだよ。母さんが付けた名前じゃないか。
俺は健太だよ。」
「そうじゃなくって。健ちゃんなの?
岩谷健太なの...?」
「!?
なんで知って...」
「そうなのね!?...健ちゃん!!
あなたのお母さん!!...岩谷芳恵よ!」
母さんは母さんだった。
「母...さん...」
「健ちゃん。ごめんなさい。
健ちゃんは悪くないわ。母さんが悪いのよ。
ちゃんと健ちゃんと向き合って話をしてあげられていなかった。」
「そんなことない!俺が悪いんだ!
母さんはいつも俺のために色々と手を尽くしてくれた。
それを突っぱねてきたのは...俺の方だ。」
2人はお互いに謝り合い、涙を流して抱き合い続けた。
「母さん。今度こそ俺は、2人のような立派な大人になるよ。」
「そうね。可愛いお嫁さんを連れてくるのを待っているわ。
お父さんと2人で。」
「お嫁さんって...気が早いよ。
って、あ!」
1人忘れていたことを思い出した。
「母さんが母さんならもしかして父さんも父さんなんじゃないか!?」
「え!?ま、まさか!?
そんな話今までしたこともないわよ?
まあ、でも確かにお父さんっぽいっちゃぽいところもあったわね...」
「ただいま。
どうしたんだ2人で抱き合って。」
父さんが帰ってきた。
「父さんは父さんなのか!?」
「...?ああ、父さんだぞ??」
父さんは困惑しながら答えた。
「そうじゃなくて...えぇっと...」
どう聞いていいかわからず口籠ってしまった。
「母さんから話すわ。」
「あなた。実は今まで隠していたことがあるの...
実は私、前世は人間だったのよ!」
「やっぱりか!?」
意外にも父さんは気づいていたようだ。
「子供に健太なんて名前をつけた時からそうなんじゃないかと思ってたんだ!」
「!?
まさか...正晴さんなの...?」
「!?
おお!そうだよ!」
やはり父さんも父さんだったのか!
「バイクを愛しバイクと共に死んだ漢。
川崎正晴とは俺のことよ!」
........
「「いや、誰だよ!!!」」
- 完 -
子の心親知れず いーこよ @echoyo
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