異世界でのご飯作りは、幸運の高さが美味しさを左右します!?

海坂依里

第1話「青春を知らない高校生の異世界転生」

「俺だって、ちゃんと学校通いたい……」


 特別、不健康だったわけじゃない。

 だけど、大事な学校行事には必ず体調を崩してしまう。

 それが俺、穂鳥羽在音ほとばあるとが生まれて持った宿命だった。


「まともな青春、経験したいんだよ……」


 大きくなれば少しは丈夫な体になれるんじゃないかと思っていたのに、大事な高校受験当日に道端で倒れるほどの高熱を出した。


『美味しい物をいっぱい食べて、しっかり寝て、それで健康な身体を維持しなさい』


 風邪をこじらせて死んだ俺を待っていたのは、聞き慣れない女性の声。

 凛とした声が女神さまっぽいなーって印象だけは残っているのに、肝心の女性の顔を見ることなく俺は新たな人生を授かった。


「都市レストリアーク……ギルド受付……」


 新しく生きることになった世界では幼少期の記憶がないにもかかわらず、異世界の文字を読むことができるという特別待遇を授かった。


(まともな学校生活送ってこなかったから、16の歳からやり直せるって最高すぎるっ!)


 周囲を見渡すと、人々は西洋風の世界観に染まった中世風の衣装を身に纏っているのが分かる。


(なんで俺だけ体操着なんだよ……)


 異世界転生を果たしたばかりの俺は、現代の日本でいう体操着姿で世界観に染まることができていない。

 中世ヨーロッパに日本の体操着っていう違和感ありありの服装が、今は本気で恥ずかしい。


(このアウェイ感を早めになんとかしないと……)


 健康な身体さえあれば、新しく始まった人生もなんとかなるんじゃないか。

 そんな前向きな思考が生まれてくる自分をくすぐったく感じつつも、俺はギルドと名の付く建物の扉へと手をかけたときのことだった。


「ぐわっ」


 前世の日本では発したこともないような奇怪な声を上げたのは、ほかの誰でもない。

 ギルドに足を踏み入れようとした俺の意思に反して、強い力で肩を掴まれてギルドに赴くことを阻まれた。


「おまえ、職を探してるんだな」


 振り返ると、いかにも人を殺すことで生計を立てていそうな凶悪そうな男が俺に目をつけた。

 目つきや口の形状、眉毛の角度が悪人っぽく、嫌な予感しか感じないことに背筋が凍りつきそうになる。


「職探してる奴、見つけたぞ!」


 体格のいい凶悪そうな男は俺の話に聞く耳なんて持ってはくれず、細い路地に潜んでいた仲間たちを呼ぶために声を上げる。


「今日から、ここがおまえの職場だ」


 あまりの恐怖に言葉を発することができなくなり、人さらいですと大声を上げることは叶わなかった。

 複数の男たちに引きずられるかたちで、俺は独房のような場所へと連れてこられた。


「頑張ってくれよ!」


 大柄の男に背中を押されることで、足のバランスを崩して倒れ込む。

 俺を攫った男たちは、その場へと転がり込みそうになるという醜態に大きな笑い声を上げた。


(くそっ……)


 負け組感満載の新しい人生に、涙腺が緩みそうになる。


(ただ、青春を謳歌したいって願いすら叶えられないのかよ……)


 自分とは似ても似つかない体格の男に背中を押され、確実に真っ赤な痕が残っているって確信があるくらい背中に痛みを感じる。


「ここに来たからには、ちゃーんと働いてくれよな」


 細柄の俺が開けられるわけがないって決めつけたくなるくらい厳重そうな鉄の扉。

 そこへ向かうように指示され、もう逃げ出すことはできないのだと覚悟を決める。


(ここから地獄の始まりか……)


 振り返ったところで、誘拐犯の男たちは俺が鉄の扉を開けるのを心待ちにしているだけ。

 無理に逃走を図って、男たちに暴力を振るわれるのが最善か。

 それとも、何が待っているか分からない鉄の扉を開くのが最善か。


(だったら……!)


 扉に全体重を乗せ、勢いに任せて扉を開こうとしたときのことだった。


 「お願いしていた人手は、まだですか」


 自分が全体重を使って鉄の扉を開くよりも先に扉が開いたため、またしても自分の体はよろけてしまった。


「ギルドの前をうろうろしてたから、ここに連れてきた」

「それは誘拐……まあ、いいです。人手は多い方が、私たちも助かりますので」


 扉の向こうから現れたのは、小学生の高学年くらいの身長が特徴的な少女。

 さりげなくという恐ろしい言葉をさらりと流した少女の髪色は薄い青色。

 やっぱり、ここは現代日本ではないことを彼女の馴染みのない髪色が教えてくれた。


「初めまして、ミネです。さっさと中に入ってください」


 小学生と大差ない外見の少女がどうやって鉄の扉を開けたんだと仕掛けを知る前に、ミネと名乗った少女は再び鉄の扉をいとも簡単に開けてみせた。


「リリアネットさん、人手の到着です」

「よっしゃーーーー!!!!」


 鉄の扉の向こう側に待っていたのは、桜の花を思い出させる淡い桃色の髪色の少女。

 そして、独房のような場所に連れてこられたとは思えない清潔感のある厨房。

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