第2話「日本では魔法の使い方なんて学校では習いません」
「さっさと野菜の皮を剥きましょう」
「うん、うん! これで成功確率は上がったんじゃないかなぁ~」
ミネと名乗った少女は腰あたりまでの長さある髪を結って、ポニーテールの状態を生み出す。
リリアネットと呼ばれた桃色の髪の少女は、こちらも器用にウェーブのかかった髪を綺麗に魅せるツインテールへと自分の状態を整えていく。
「あなたは、玉ねぎの皮を剥いてください」
新しく人生が始まったのを自覚できたものの、まさか現代日本でも馴染みのある食材が目の前に用意されるとは思ってもみなかった。
「あ、手を洗うのが先ねぇ」
ミネが小柄なこともあって、リリアネットという少女はスタイル抜群で随分とお姉さんっぽく見える。
「水は……」
「魔法を使ってください」
は?
と心の中で思ったことは、この場にいる二人にはどうか伝わらないでほしい。
魔法と呼ばれるアニメやゲームの世界にしか存在しない力の使い方なんて、現代日本では教えてくれない。
無知な自分を曝け出すのが恥ずかしくて、俺は言葉を出すのすら躊躇ってしまう。
「手を洗うのに、何十分かかるかなぁ」
「そんな人材は求めていません」
女の子チームは朗らかな雰囲気の中で、それぞれニンジンとじゃがいもの皮を剥くための準備を整えてい……た……?
「あの、お二人は何をやって……」
「見て分かりませんか。食材を洗うんです」
「ねぇ」
二人の間で、次の工程は決まっているらしい。
けれど、俺の視界に映るのは、ニンジンとじゃがいもと真剣に睨めっこをしている二人の姿。
二人はニンジンと玉ねぎの皮を剥くなんて展開とは程遠いところにいて、表情の存在しない野菜たちと終わらない睨めっこを続けていく。
(睨めっこをすれば、魔法が発動する……?)
見様見真似。
魔法の使い方なんて習ったこともないんだから、二人を模倣して何もないところから水を誕生させるしかない。
(手を洗うんだから、まずは手を差し出して……)
魔法で発動した水が流れていくように、流し台へと両手を伸ばす。
「おっ」
前世を懐かしんだのが功を奏したのか、俺は見事に何もないところから水を召喚させることに成功した。
石鹸の泡が混ざった水なのか、手を擦り合わせると石鹸の香りが程よく漂って心地いい。
「えっ、凄い……もう、水が出ちゃったの?」
大人と子どもの境目くらいの顔立ちのリリアネットさんが、手を洗っている様子を覗いてくる。
何もやましいことはしていないはずなのに、手を洗っているってだけで羞恥心のようなものが生まれてくるのは何故なのか。
「こんなの……別に普通ですよ」
生まれてくる羞恥心を紛らわせるために、急いで石鹸の滑りのようなものを流水で洗い流していく。
「それがねぇ、普通じゃないんだよ」
「何が……」
手を洗い終わって、タオルか何かありませんかと尋ねる予定だった。
でも、その予定はものの見事に覆された。
「水魔法を失敗すると、こうなります」
「って、うわぁぁぁぁ」
新しい人生が始まってからというもの、前世の自分が発したことのないような奇声を上げ続けている気がする。
現実に『うわぁぁぁぁ』なんて叫び声を上げる機会が本当にある思ってもみなかった。
「ミネさん? ミネ? あー、もう、分かんないけど、魔法を止めろっ!」
「止まらないから、困り果てているんです」
「魔法って、難しいよねぇ」
ミネは食材を洗う準備を整えていたはずだが、そこに待っていたものは水が噴き出る噴水のような大惨事。
厨房が水浸しになるのはもちろんのこと、この場にいた全員がミネの水魔法の犠牲になってしまった。
「なんとかくん、大丈夫?」
「やっと名乗っていないことに気づいてくれましたか……」
永続する魔法は存在しないということらしく、ミネの暴走した水魔法は踵が水に浸る前くらいには自然と止まってくれた。
履いていた靴下も靴も、絞り出せば溢れんばかりの水を吐き出すこと間違いないってくらい履き心地が悪い。むしろ気持ちが悪い。
「タオルです……ご迷惑をおかけしました……」
「ありがと……」
ミネが顔を拭くためのタオルを手渡してくれたが、このタオルもタオルで拭き心地が良くない。
もさもさしていて、あ、安いタオルだって、すぐに判断できてしまった。
「デッキブラシ持ってくるねぇ」
「あ、私もお手伝いしま……」
「魔法が存在するなら、魔法で乾かせばいいじゃないですか」
自分が思い描いた魔法を発動させるために、妄想力を働かせる。
「え、でも、なんとかくん、魔法っていうのは……」
病弱な自分は妄想の世界に浸るのが大好きだったおかげなのか、俺は第二の魔法を発動させることに成功する。
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