第3話「これが青春ってやつなのかもしれない」

「凄いです……」


 第二の魔法どころか、同時に第三の魔法を発動しているかもしれない。

 夏の暑さを思い出させるような太陽の力を借りて水を蒸発させ、排水が間に合っていない厨房を乾かしていく。

 そして、この場にいる三人が着ている衣服も同時に乾かす。


「こんなにあっさり魔法が発動するなんて……」

「すっごいよ! すっごいね! ミネちゃんっ!」


 あんなに気持ち悪かった靴も靴下も一緒に乾き始め、元の履き心地を取り戻していく。

 妄想の力、最高。

 そんな言葉を叫んでしまいたくなるくらい、魔法は都合よく願いを叶えてくれる。


「ふわふわです……」

「え、え、え、なんか素材が変わったみたい……」


 厨房にいる三人が着ている衣服は、恐らくそこまで高価なものではないことが見て分かる。

 でも、魔法の力を借りた衣服たちは、柔軟剤の効果を備えたくらい柔らかく仕上げることができた。


「こんな簡単に魔法が発動するなんて、なんとかくんは天才だねっ!」

「アルトです! ア・ル・ト!」


 新しく始まった人生も在音という名前かどうかは知らないけど、前世は海外でも通用しそうな名前だったことに今は大きく感謝したい。


「なんとかさん、その調子で、こちらの食材を洗ってもらえると助かります」


 欲を言えば名前を呼んでほしかったけど、強制させたくないし、無理もさせたくない。

 前世で友達らいし友達を作ることができなかった俺からすれば、この距離をどうやって縮めていいのか分からない。


「水の量、これくらい?」

「完璧です」

「うん、うん、洗い物しやすいねっ」


 魔法の力で水道の蛇口を捻ったときのような水の量を二人に提供すると、二人は水の恵みに感謝しながらニンジンとじゃがいもを洗い始める。


「なんとかさんは、天才ですね」


 いちいち俺の様子を気遣ってくれるのに、どうして名前を呼んでくれないのか謎な存在のミネ。

 でも、俺からしてみれば、この共同作業に幸福感を抱いてしまって、名前を呼ばれないことなんてどうでもよくなってくる。


「たまたま……魔法との相性がいいんだと思う……」

「相性がいいというのも、立派な才能の一つですよ」

「だねぇ。この世界は誰もが魔法を使えても、魔法を上手に使える人間の数が少ないからねぇ」


 高校を受験することができなかったあの日の俺に、新たな青春を与えようとしてくれるミネ。

 凶悪な男たちに誘拐されたあとだっていうのに、これから先の未来に希望が待っているんじゃないかって気持ちで満たされていく。


「その……魔法学園……みたいな教育機関は……」

「魔法学園は、お金持ちのお嬢様やご子息が通われる場所ですから」

「私たちみたいな庶民には、手の届かない場所だよねぇ」


 魔法学園に通えば、魔法の成功率を高めることができるんじゃないかって考え自体が安易なものだってことに気づかされた。


「まだ……その、夢を見たって……」


 まだ、夢を諦めなくてもいい年齢のはず。

 でも、自分の声があまりに弱すぎて、二人を励ますことすらできない。


「私たち下働きは、寝食が保障されていれば十分なんですよ」


 ミネは悲観した声ではなく、はっきりとした声を発した。

 これが自分の日常だって現実を、しっかりと受け入れている。


「命があるだけ、ありがたいよねぇ」


 何も楽しいことなんて起きてもいないのに、リリアネットさんは嬉しいことがあったんだと言わんばかりの柔らかい笑みを浮かべた。

 この独房のような場所に用意されていた厨房での仕事は、二人にとって過酷なものではないってことが分かる。


「ミネ」


 左手は食材を洗うための水魔法を継続しながら、右手はミネの頬を目がけて水鉄砲を飛ばす。


「っ」


 食材を見つめたまま言葉を発しなくなったミネは顔を上げ、攻撃を仕掛けた俺へと視線を向けた。


「ここに魔法を成功させてる人間がいるんだから、もっとおっきな夢……抱いてくれ」


 恥ずかしい。

 新しい人生を始めたばかりの自分が言葉にするにしては、出来すぎた言葉が口からさらりと出てきていることに驚かされる。


「だねっ、こんなに魔法の成功率が高い人、初めて会ったよ」


 リリアネットさんが朗らかな笑みを浮かべながら、優しすぎる声と言葉を送ってくれた。


「……まったく、出来すぎる後輩を持つ先輩の身になってください」


 手の甲で、頬を濡らした水を拭うミネ。

 その際に、ニンジンに付着した土がミネの頬を汚した。


(でも、言わないでおこう)


 その光景が、面白いって思えた。

 楽しいって思えたから、俺とリリアネットは目を合わせて秘密を共有する。

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