第4話「まともに家族の手伝いも調理実習も経験していない結果」

「ふぅ、なんとかさん、ありがとうございました」

「はいはい、もうなんとでも呼んでくれ」

「次は、野菜を切らなければいけませんね」

「って、なんで、また睨めっこなんだよ!」


 前世では大声を上げる機会なんてものはなかったはずなのに、新しく始まった人生ではツッコみの量が半端ない。

 ほんの少し大声を出すだけで、喉が痛くなってくる。


「なんでって、魔法を発動させるためです」

「野菜を切らなきゃ、煮込むことも炒めることもできないでしょ?」


 二人は、さも当たり前のように野菜と向き合う。

 でも、二人がカレーの材料になりそうな野菜たちと真剣な睨めっこを繰り広げたところで、魔法のまの字も発動しそうにない。


「野菜を切るんだから、包丁使った方が早い……」

「包丁とは、なんですか?」


 刃物の類を探しに行こうとしたが、その足すら止まってしまった。


「え、あー……」


 もしかすると、包丁という言葉は日本限定の言葉なのかもしれない。


「ナイフ? カッター……は違うか。剣? ソード的な何かは……」

「何をおっしゃっているのかわかりませんが、野菜は風魔法を使って切るものですよ」


 ミネは出会ったときから淡々とした口調だったが、それは今も変わることがない。

 この薄い青色の髪色の少女は淡々と、この世界には刃物の類が存在しないことを教えてくれる。


「え、ちょっと待った、何でご飯を食べて……」

「何って……」


 こんな西洋風の世界観なのに、まさかナイフとフォークが存在しないなんてことがあるのか。リリアネットさんが視線を向けた先に、俺も一緒になって視線を向ける。


「箸……」

「箸以外で、何を食べるというのですか」

「え、じゃあ、汁物……スープは!」


 いかにもゲームの中にありそうな西洋風な世界なのに、この世界での食事は箸を使う文化だということを学ぶ。

 さっきから新しい世界での学びが多すぎて、頭が爆発しそうになっている。


「スープは、スプーンです」

「スプーンはあるのかよ!」


 ミネは自慢することなんて何もないはずなのに、堂々と銀製品で作られたスプーンを俺の目の前で自慢してみせる


(この淡々とした口調が、喉を痛める原因だ……)


 俺はもっとミネにテンションを上げてほしいという意味合いも込めて、経験したこともないくらいの大声でツッコんでいくという展開を導いているのかもしれない。


「お味噌汁は、箸だよねぇ」


 明日、不慣れな声を出したことが原因で喉が枯れてしまうかもしれない。


(ってことは、野菜を切るのも魔法を使わなきゃいけないってこと……)


 妄想の力を働かせたところで、包丁を召喚することはできない。

 だったら、風魔法とやらで野菜を切るイメージを頭の中で広げていくしかない。


「え、アルトくん、本当に天才なんじゃない?」


 妄想の力で魔法が使えるようになるのなら、こんなにも容易い術はないと思う。

 包丁で野菜を切るイメージを妄想するだけで簡単に魔法は発動し、野菜たちはとんとんとんというリズムに乗って食べやすい大きさへと刻まれていく。


「なんとかさん、こちらもお願いします」

「アルトくん、こっちも!」


 野菜だけでなく、本日の食事で使う肉を風魔法の力で切り分けていく。


「なんとかさん、次は炎魔法です」

「はいはい、炒めればいいんだろ」

「正解です」


 誰もが魔法を使うことができる世界っていうのに間違いはないんだろうが、その魔法の成功確率が異常なまでに低いということを察する。


「今日は美味しいお夕飯が食べられそうだねぇ」

「成功報酬、弾んでもらえるかもしれませんね」


 ミネの成功報酬と言う言葉を聞いて、俺を誘拐した男たちは凶悪そうな外見に反して本当に調理担当の人間を探していただけなんじゃないかと悟る。


「新しいお洋服、買いたいなぁ」

「私は、ご飯のあとの甘い物が欲しいです」

「いいねぇ、いいねぇ」


 ほんの少し先の未来に夢を抱く二人を見て、何がなんでも魔法を成功させて美味い食事を提供したいって気持ちが自然に生まれてくる。


「やっぱり、なんとかさんは天才です」


 相変わらず名前を呼んでくれないミネに油断してしまって、ミネが笑いかけてくれた瞬間に目を奪われた。

 喜びの感情と共に、ポニーテールで結んだ髪の毛がゆらゆらと揺れ動いているところが可愛いなんてことを思ってしまった。


「最大の難関までやってきましたね」

「だねっ」


 ミネとリリアネットさんは、何人分の食事を作っているんですかってツッコみたくなるような大鍋の中を覗き込む。

 もちろん大鍋の中には、俺が炎魔法で火を通した食材が煮込まれている。

 今か今かと、人間に食されているのを待ち望んでいるはず。


「なんとかさん、作るのは肉じゃがです」

「じゃがいもがほっくほくの肉じゃがだと嬉しいなぁ」


 あまりにもツッコむことの多い人生に早々と疲れてしまったのか、この西洋風の世界観に肉じゃがが立派に溶け込んでいることへのツッコみを忘れてしまった。


「ちなみに、調味料は……」

「なんですか? ちょうみりょうとは」

「肉じゃがが美味しくなる何か?」


 調味料がないのかよ!

 そう声に出してしまうと、本当に喉が枯れてしまいそうだったから心の中で盛大にツッコんでみた。


(は? は? 調味料がない????)


 肉じゃがの味は分かる。

 さすがに肉じゃがの味はまだ記憶に残っているものの、その肉じゃがの味を魔法で再現するってことの意味が分からない。

 どう妄想を広げたら、肉じゃがが完成するのか。


(醤油を使ってるのは分かってるけど、なんであの甘さが出るんだ?)


 調理実習で肉じゃがを作った記憶がないため、肉じゃがの甘さが何でできているのか想像もつかない。


(まあ、魔法がどうにでもしてくれるだろ……)


 気持ちだけは込めた。

 美味しい肉じゃがになってくれっていう気持ちだけは、しっかりと込めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る