第5話「青春迷子の異世界生活が始まりです」

「これ、白飯が何杯あっても足りねぇなぁ……」

「こんなに塩辛い食べ物が存在したんすね……」


 楽しい楽しい食事の時間の始まり。

 とは、もちろんならなかった……。


「あー……」

「新入り、そんなに落ち込むなよっ」


 痕が残りそうなくらいの馬鹿力で背中を叩いてくる大男に向ける顔がない。

 これは俺への嫌がらせではなく、励ましという意味だったと解釈できた今だからこそ、顔を向けることができずにテーブルへと伏す。


「最後の最後に失敗してしまうなんて、なんとかさんらしいですね」

「俺の何がわかるんだよ!」

「ははっ、でも、わかるなぁ。アルトくんっぽいよ」


 俺は、最後の最後。

 味付けの過程で、魔法を大失敗してしまった。

 食材に味が付いただけ褒めてほしいと思うものの、その味が付いた野菜と肉たちが塩辛すぎて食事の時間がちっとも楽しいものにならない。


「あー、あー、あー……」

「そんなに落ち込まなくても、これが現実です」


 ふと顔を傾けて、俺たちと一緒に食事している凶悪そうな男たちへと視線を向ける。

 今にも人を殺してしまいそうな人相をしていて、この人たちの職業はなんですかってツッコミたいのに、その残忍さを含んだ顔立ちの男たちは文句も言わずに失敗した料理を食べ進めてくれる。


「魔法の難しさ、痛感してもらえたでしょうか」

「嫌ってくらい痛感した」


 魔法の力を利用しての肉じゃが作りは失敗したものの、そのあとの米を炊くって作業はなんなくこなすことができた。

 再び魔法を成功させることはできたため、俺の力が弱まったとかそういうことではないらしい。


(なんで、味付けの過程だけ失敗したんだろ……)


 たまたま失敗しただけと思い込みたいけど、実際は自分が調子に乗ったからなんじゃないかって発想も生まれてくる。


(褒められたの……嬉しかったからかも)


 塩辛さしか感じない食事を口に運んでいくと、まるで漬物と白飯を一緒に食べているような感覚になっていく。

 漬物の味は懐かしいはずなのに、調理された食材は肉じゃがを目指していたって思うと申し訳なさが生まれてくる。


(勇気、出さなきゃ……)


 ちゃんと、顔を上げる。

 ちゃんと、ミネとリリアネットと目を合わせる。

 無理しているのではなく、ちゃんと、俺は大丈夫だって表情を浮かべてみせる。


「あの、俺を、ここで雇ってほしい」


 ここで働きたいって言葉にするだけで苦労するなんて思ってもいなくて、心臓が激しく動いていることに動揺する。


「ありがと~! じゃあ私、アルトくんの部屋を用意してもらえるようにお願いしてくるね」


 リリアネットさんは手続きを済ませるために、食堂っぽい場所から去っていった。


「なんとかさんの魔法、とても戦力になっているので助かります」


 味付けは失敗したけど。

 そんな言葉を心で付け加えて、天狗にならないように気を引き締める。


「なんとかさんのおかげで、これから美味しいご飯をたくさん提供できそうで……その、とてもわくわくとした気持ちになります」


 何か重要な告白をされたわけでもないのに、一気に自分の顔が熱を帯びるのを感じる。

 意味の分からない恥ずかしさに包まれながら、俺はまた度を越えた塩辛い野菜たちを口に運んだ。


「俺も……美味い料理、食べてもらいたいなーって」


 落ち着け、落ち着け、俺の心臓。

 言い聞かせていく自分が格好悪いのに、そこまで自分のことを嫌いになれないのはどうしてなのか。


「ちゃんと勉強して、美味い料理を提供できるようになりたい」


 新しく始まった人生に待っていたものは絶望しかないと思い込んでいたけれど、新しく始まった人生はそこまで悪いものではなかった。

 むしろ、俺の人生を支えてくれるんじゃないかって人たちとの出会いに深く心が動かされているのを感じる。


「ふふっ、何百年かかるでしょうか」

「え、ちょっ、ま、何百年もかかるって……」


 ついさっきまで、俺はミネが生きてきた世界に存在しなかった。

 さっきまで存在しなかった人間だから、知らなかった世界のことを知りたい。

 新しい世界のことを知って、前世で経験できなかった青春ってものを経験してみたいって思う。 


「一緒に頑張りましょう、なんとかさん」

「アルト」


 人の名前を呼ぶ気がない奴の夢なんて忘れてくれてもいいのに、名前を呼んでもくれない夢を応援しようと言葉をくれるから、言葉を返すことをやめたくないって思ってしまう。


「俺の名前は、アルト」

「そ……れは……まだ……早いかと……」


 ただ名前を呼んでもらいたかっただけなのに、ミネは視線をあちらこちらにさ迷わせて挙動不審状態。


「初めて名前を呼ぶときは……と決めて……」


 顔を赤らめたミネを見ていると、こっちが悪いんじゃないかといたたまれない気持ちに襲われていく。


「名前……呼んでほしいだけなんだけど」

「な……そんな恥ずかしいことをおっしゃらないでください!」


 自分は、なんてちょろい人間なんだと思わなくもない。

 ミネに感じる胸のときめきとか、これが恋なのかって錯覚してしまいそうになる。 


「物事には順序というものがあるんです……」

「え、仲良くなるのに、そんな乗り越えなきゃいけない壁が……」


 コミュニケーション能力に乏しい同士の、異世界生活の始まり。

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異世界でのご飯作りは、幸運の高さが美味しさを左右します!? 海坂依里 @erimisaka_re

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