第38話

 ナツは黙りこくってヤヨの話を聴いていた。

 

「ヤヨね、ナッちゃんも何かで躓いて、バカじゃないのにうちの高校通うことになったと思うんだけど、あんなに真っ直ぐ平気な顔してるのがヤヨは羨ましかった。ナッちゃんがいればヤヨは、『桜もどき』じゃない『弥生』でいられる気がしたの。なんでかな」

「……あたしは、別に」


 ヤヨの告白を聴くナツの表情は、少し悔しそうにも見えた。

 ナツなんて暴れて施設に入ってただけだし、顔の表情筋がちょっと硬いだけだよ、って今ヤヨに言ったら、後でナツに噛みつかれそうだからやめる。

 でも分かる。

 ずっと耐えてきたヤヨと、すぐに怒ってキレて暴れ出す自分との違いを恥じてる、そんな感じだろう。

 そして、全てを曝け出したヤヨと、施設にいた頃から言いたくて言えないことを抱えたままのナツ。

 ナツ自身は自分の弱さをよく分かってる。

 今また、自分の弱さに直面して、ナツはどうするだろうか。

 


 やっぱり同じくらいの年の友達はナツを刺激するし、成長させてくれるようだ。

 でも、今は、そのことは置いておこう。


「ねえ、ヤヨちゃん。桜は頭もいいし、口もうまいし、親や周りの信用もある。ヤヨちゃんが知っていることを話しても、全部嘘だってことにされる可能性は高いよ」

 ヤヨは力なく頷いた。

 そして、ポケットからスマホを取り出した。


「……時々ね、桜の言うことを録音してた。チャンスあったら、お母さんに聞かせたくって」


 ナツがばっと顔を上げてヤヨを見た。よくやったと言いたげに。

「待って、でもヤヨちゃんと桜の声ってそっくりだから、二人で話してても、一人で演技してるみたいに聞こえないかな」

 私は確認する。

「うん、そう言うのもあるし、二人の声が被ってるのもある。ていうか、最近のヤヨは、怖いと嫌ばっかり言って桜を怒らせてたから」

「逆らってたの?」

 私がヤヨに尋ねると、ヤヨは首を振った。

「言ってるだけだから、逆らってるってほどじゃないよ。あんま言うと痛いことされちゃうし。でも、嫌だって言えるのも、録音しようなんて思ったのもナッちゃんのおかげなんだ」

「あたし?」

「ヤヨ、高校入ってナッちゃんと会ってから、少しでも、ナッちゃんみたいに強くなりたくなった。バカみたいでしょ。それなのに、怖いと嫌を言うのがやっとで、全然強くないよ」


 ファミレスの片隅のボックス席。

 ナツは隣に座っていたヤヨを横からぎゅっと抱きしめた。

 私たち3人のテーブルは、シン、と静まって、私の耳には店の音楽と他の客の話し声や食器の音だけが耳につく。

 目の前にテーブルがなかったら、私は、ナツの上から二人を抱きしめていただろう。


 

「ヤヨちゃん、もし私が、このことを警察に言ったら、桜もヤヨちゃんもつらいことになると思う」

「ユカちゃん!」

 ナツが私を責めるように抗議の声をあげた。

 ナツの腕の中で、ヤヨは白い顔で、頷いた。


「それでも、いい。どんなんでもヤヨは……弥生として、生きたい」

 



「とりあえず、スマホの録音を、少し聞かせてもらってもいい?」

 重大な任務を預かってしまった私は、どう動いたらいいのかを考えないといけない。

「あ、はい」

 返事をしてヤヨは、スマホの電源を入れる。

 一昨日の夜、タクシーの中でナツが電源を落としてしまったままだ。相当な着信が入ってるだろうな、と予測する。

「はは、きっと桜がめちゃくちゃ怒ってそう」

 ヤヨは、そう言って、スマホの電源スイッチに少し震える親指を押し付けた。



 果たして、予想通り、相当な量の着信記録が目に飛び込んできた。

 そのほとんどが桜だ。


「すごー」

 ナツが呆れたような声を上げた。

「ご両親からの連絡はないのね」

 私がそう言うと、ヤヨは肩をすくめた。当たり前でしょ、と言うように。


 そして、電源を入れて1分も経たないうちに通話の着信があった。

 もちろん、桜だ。


「ナツ、スマホ貸して」

 私はナツのスマホをヤヨのスマホの隣に置いて、そのまま録音を開始した。

「ヤヨ、スピーカーモードにして録音しながら、電話に出れる?」

 ヤヨは頷いて、スマホを操作した。


『ヤヨ?』

 電話の向こうからもヤヨの声がした。ほとんど同じ声と言っても構わない。

『どこにいるかは分かった』

 ヤヨのスマホには当然のようにGPSが付けられているようだ。ナツがタクシーの中でスマホの電源を落としたのは、着信が煩わしかったからだと思っていたけれど、私の家が桜に発覚しないためでもあったのかもしれない。

『クスリのことでまずいことになった。あんたが……』

 その時、少し向こうのテーブルでキャハハっと言う賑やかな笑い声がした。

『もしかして他に誰かいる?』

 ヤヨは何も言えずに固まっている。私たちに秘密を告白できても、当の桜に歯向かうことは余りにもハードルが高いのだろう。


 

『ヤヨ、返事して』 

 桜の声は冷たい。

 ヤヨが私をチラリと見たので、返事をしていいよ、と頷いた。



「はい」

 ヤヨは怯えた声で返事をした。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月11日 05:00

その恋はエスプレッソコンパナに似ている うびぞお @ubiubiubi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画