二十、女王の思惑
女王が突然に招いたものだから、直彦はかなりの高さから落下していた。
ローブが捲れ上がって顔が覆われ、棒立ちに近い体勢のまま。
でも、さすがは直彦で、数秒もしない内にその場に浮いてローブを外し、辺りを見渡している。
――私に気付いた。
まだ遠くて、視線が合っているとは分からなくても、気付いたというのは伝わった。
ローブの下は、黒い戦闘服に剣か刀かを腰に差し、胸や手足に同色のプロテクターらしきものを付けている。というのが、再び落下しつつこちらに向かって来ているお陰で、確認出来た。
それはやっぱり、話合いではなくて戦うため。
迷宮の中を探し回るには、それなりの装備が必要だから当然ではあるけど。その形相は、見えなくても分かる。怒りで歪んでいるだろうことが。
「お前しか見ておらぬぞ。あれもお前を好いておるのではないか?」
「……ラブの好きかをユカが聞いた時に、はっきりフラれたんだけど」
不意打ちだったし、心の準備がまだだったせいで、なんだか腑に堕ちない悲しさが胸の奥に残っている。
もう少し一緒に過ごしていたら。
私が自分の気持ちに、フタをしていなければ。
誤魔化したりせずに何かもっと、分かりやすいアプローチをした後だったら。
そういう後悔は、今更だとは思うけれど。
私には……まだ、時間が足りなかった。
「優香~! 無事かぁぁぁ!」
直彦は自由落下の速度より、さらに速く飛んできた。
まだ遠いと思っていたのに、もう近い。
「優香!」
この人は、どうして私を探しに来たんだろう?
私のことなんて、放っておけば良かったのに。
女王は、直彦を殺してしまうかもしれない。
来て欲しくなかった。
私のことを、好きじゃないなら尚更。
……好きだとしたら、もっと来て欲しくなかったけど。
女王にはきっと、誰も勝てないだろうから。
それに――。
元々の迷宮の主である、あの白い龍も相手にしなくてはいけないだろうから。勝ち目なんて無い。
「直彦……。来てくれたんだ」
「当然だ。こっちの、ユカそっくりな人は? これが迷宮の主か?」
何て言えば、話合ってくれるだろう。
「余に向かって、これという言い草は無礼だな。正さねば許さぬ」
「ああ。それは失礼したね……女王。だが、優香を攫った事を僕は許さない」
敵意を隠さない直彦は、すぐにでも剣を抜いて斬りかかりそうだ。
「ねぇ直彦。落ち着いて。私は何もされてないから」
「本当か? それにしても、随分と妙な場所に呼んでくれたじゃないか。空も太陽もある。これが幻影か何かだとするなら、目の前の優香も本物かどうか怪しいな」
「面倒臭い男よな。好きなだけ調べればよかろう。ここには誰もおらぬ故、脱がしてみるか?」
「ちょっ! なんで脱がす方向にもっていくのよ! 私の意見は無視?」
「完璧なアシストだと思うたが?」
「話をややこしくしないで」
「余も、妹分の期待に応えてやりたいからな。このうつけと交わるチャンスであろう?」
「そんなわけないでしょ!」
「さっさと交わってしまえ。男など、肌を晒せばその気になるものよ」
「聞いてます?」
――手段も状況も選ばなさ過ぎでしょ、この人は。
「その珍妙なやり取り……君が女王であることも、優香が本物なのも分かった。だが、君も服を着てくれないか。正直、目のやり場に困っている」
「フッ。疑いの方は晴れたようだな。だが、余はこの姿が自慢でな。貴様も見ることを許可してやる。存分に眺めるが良い」
「これを着ろ。困ると言っているだろうが」
直彦は落下してきていたローブを、サイコキネシスで器用に羽織らせた。それが意外な行為だったのか、女王は目を丸くして驚いた様子だった。
「そうか。余に欲情してしまうか。すまぬな小娘。余の方が魅力的だったようだ」
「はぁ。もうその話は、いいから」
「だがな、お前も脱いで見せてやれ。でなくば、公平な比較にならぬであろう。ほれ、ちゃんと比べてもらおうぞ」
「脱がないってば」
この人は、一体何のために直彦をここに呼んだのだろう。
自慢の裸を比べさせるため?
この人なら、ありえなくもないと思えるのが何とも……。でも、さっきまであんなに、神妙な感じで重い話をしていたのに。
「……優香。君もその人のローブに入ってくれ。その……服を消されている」
「へっ?」
――ありえない。
ありえないけど、咄嗟に下を向くと本当に、服とブラが無い。
さっきまで、何を着ていたっけ? いつもと同じような、普通のトレーナーとスカートだったっけ。それが無い。
それから、もう少し体ごと下半身を確認すると、パンツも履いていないし素足だし、少しだけ浮かされていた。
靴を履いていないことに、気付かせない為か。
本能的に屈むような姿勢を取って、手で上下を隠すも、裸であることを確認するまで半信半疑というか、結構な時間を見られたに違いない。
「……しんじらんない」
「で? 余とどちらが美しかったか述べよ、直彦。好みでも良い」
「バカ~~~ッ!」
精一杯、怒鳴ったけれど。
こういう時に的確な言葉が出なくて――酷い罵りを思い付かなくて結局――バカとしか言えなかった。
「ほれ。審判をせぬか。小娘の肌まで見たのだ。答えねば無礼であろう」
「もぅ……もういいから服を返して」
咄嗟に隠したせいで、片方の胸の先がまだ隠せていなくて、必死で腕を調整している最中に女王は……馬鹿な話を続けている。
「何を言う。この助平はお前をずっと見ておるぞ。顔は背けようとしつつも、目は離すまいとして食い入っておるわ。本当は見ておきたいらしい。もうついでだ、交わっておけ」
「ば、バカじゃないの?」
「そ、そうだ! 馬鹿な事を言うな!」
恥ずかし過ぎて直彦を見られないけれど、緊迫感もへったくれもない。
「馬鹿げておるか? だが、男には抗い切れぬであろう? 貴様も素直になれば、小娘と良き仲になれようぞ」
「いいから早く、服をちょうだい!」
「ならぬ。何なら、手足の自由を奪おうかと思うておるのだ。今は小娘の恥じらいなど邪魔なだけ。何、悪いようにはせぬから黙っておれ」
そこまで言うなら、私だって本気で抵抗してやる。
サイコキネシスで飛んで逃げるなり、女王のローブを奪うなり。何ならローブを取ってから逃げればいい。ただそれだけのことだ。
――なのに、私が何を念じても、何も起こらなかった。
声も出ない。
いい加減にしてと、叫んでやろうとしたのに。
「お前では解けぬぞ、小娘。良いから見ておれ。こやつの本心を暴いてやろう。さすれば自ずと、恋仲になれようからな。手伝ってやっておるのだ」
これが手伝いだなんて、勘違いも甚だしい。
とんだお節介だ。ただの公開セクハラだ。
「見よ。こやつ、お前に触れたそうにしておるぞ。心の奥底では、お前を欲しているのだ」
「ぐ……。く、そ……」
「まだ抵抗するか。なかなかの魔力と精神力だが……あまり逆らうと、負けた時の反動が大きくなるぞ? 乱暴に犯したくはあるまい。今のうちに素直に触れておけ」
やっぱり、魔法か何かで直彦も操ろうとしている。
――そうか魅了だ。
魅了の力を持つのは、本当だったんだ。
そうでなかったとしても、人の心にまで影響させる力を扱えるんだ。
……と、分かったところで、何も出来ないのが悔しい。
こんな風に直彦と結ばれたとしても、嬉しいわけがないのに。
「お姉様。ここになおひこを入れたと思ったら、なにをしているの」
唐突に後ろから、ユカの声がした。
「おお、妹分。来てしまったか……まあ良い、見ていろ。こやつらが交われば、小娘からおっぱいが飲めるようになるぞ? もう少しだ、もう少し……」
ユカまで来てしまった。
怪物犬のおなかで、また寝ていると思っていたのに。
もう、万事休すだ……。
ユカのことだから、大喜びで見ているだろう。
せめて、行為の最中は離れていて欲しいのだけど……興味津々で、じっと見ているに違いない。
――さいあくだ。
「お姉様。やめて。お姉ちゃんが嫌がってるから。お姉ちゃんが嫌なことは、しちゃだめ」
「むぅ……。いや、しかしだな……。お主が欲しがっていただろう? 小娘のおっぱいを飲むには、こうすると早いのだ」
「だめ。お姉ちゃんが嫌々だと、きっと飲んでも、おいしくない。楽しくないから、だめ」
「ユカよ……お主がそこまで、人を想うとは……。ならば致し方あるまい」
本当に、まさかユカが止めてくれるとは思わなかった。純粋に私の気持ちを考えてくれたかは、少し疑問が残る言い方だったけど。
でもお陰でやっと、体の自由を取り戻せた上に、女王がローブを羽織らせてくれた。
「ありがとうユカ。あのままさせられて妊娠しても、ぜったいにおっぱいはあげなかったと思う」
「やっぱり? よかった。お姉ちゃんほめて」
「えらい、えらい。ほんとにいい子よ、ユカ」
「うれしい。ねぇ、お姉様みて。なでなでしてもらえた!」
そういえば、頭を撫でながら褒めたことは、あまりなかったっけ。
「むぅ。まさか小娘に、ここまで懐いておるとは……。しかも、己の欲求よりも他者を優先するとはな。素直に礼を言おう」
また全裸で、偉そうに言われても。
だけど確かに、ちゃんと人を慮ってくれたのは嬉しい。
そんなことを呑気に思っていると、直彦が気を取り直したらしい。
「女王……やってくれたな」
「うん? むっつり男よ、残念であったな。小娘をモノに出来るチャンスであったろうに」
「ふざけるな! こんな事、強姦と同じだろうが!」
「いいや? 小娘は受け入れるつもりであったし、貴様もその気になっていた。余は本心を晒しただけよ」
「だ、だ、だからと言ってしていい事と悪い事があるだろう!」
――もう、この話はやめて欲しいんだけど。
「面倒臭いのう。興覚めというやつだ。続けたいなら箱を用意してやる。そこで好きなだけ交わるがいい」
「いや、しないから!」
「するわけないだろう!」
本当に女王は、何が目的なのか分からない。
ただ、直彦の戦意を消してくれたのだけは、ありがたい。
あの勢いのままなら、絶対に戦闘になっただろうし……そうしたら、直彦は死んでいたに違いない。
……私は、あの話を聞いてしまって、女王とは戦いたくなかったから。
もしかすると二人の間に入って、私が死んでいたかもしれないし。
とにかく一旦は、会話するような流れになったのが素直に嬉しい。
もしも、この場に居る四人だけでも仲良く出来るなら。
私は……そうなって欲しい。
魔宮の広がる世界より ~大切な人だけを守ったけれど、後悔はしていない~ 稲山 裕 @ka-88inaniwa-ku
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