いっ、家に行きたいだなんてハレンチなんだから!

 結局、その後はいつも通りダラダラ地元を歩いて、静香と話をして過ごした。


 少し気がかりだったのは、アイスクリームを食べてから静香が、ずっとムッとした態度をとっていた事。


 どうして、そんなに機嫌が悪いのか? これと言って、何かをやってしまった覚えもないし……。あの後、一緒に話をしている間は、アイツの機嫌を取らねばと思ってしまい、話疲れてしまった。



 アイツと関わっていく中で、こんな風に思ったのは初めてだ。今までは、ずっと……アイスの時だって、俺が適当に選んだもので喜んでくれていたし、俺に対して機嫌を悪くした事もない。ただ、ずっと隣で静かに話を聞いてくれていて……たまに、うっすらと笑っているような……笑っていないような……そんな曖昧な笑顔を浮かべているアイツが……なんだか、少し懐かしく思えてくる。


 まぁアイツが、おかしくなったのは……つい昨日の事なのだが。


 そんな事を思いながら俺は、アイツを家まで送ってやる事にした。……というか、送ってやらないとダメな気がしてしまった。



 アイツと俺の家は、すぐ近くにある。町がある方向から歩いて戻って来るとまず最初に俺の家が見えてきて、それよりも奥に見えるのがアイツの家だ。


 お互いに小さい時からこの住宅街に住んでいて、幼稚園も小学校も……中学校も高校もずっと一緒だった。


 俺にとって静香や静香のお父さんとお母さんは、家族の1人だった。……その家族の1人が、ある時こんな……よく分からない性格の突然変異をしてしまったのが、俺には心配でならない。


「……そういえば、お前……親には、なんて説明しているんだ? その……性格の突然変異」


 帰り道の途中で、ムッとしていた静香に俺は、尋ねてみる事にした。すると、彼女は不服そうな顔で俺の事を見つめて告げた。


「……突然変異って言い方は、なんか嫌。……でも、そうね。パパとママは……最近会ってないから」


「え……?」


 俺は、彼女のその言葉に驚きを隠せなかった。……いや、言われてみれば中学生になった頃くらいから俺は、コイツの家に行かなくなった。それまでは、毎日のようにどちらかが、必ずどちらかの家に上がってゲームしたりして遊んでいたのだが……当時、中学生に上がったばかりの頃の俺は……幼馴染とはいえ、異性の家に上がり込むと言う事にある種の恥ずかしさのようなものを覚えていた。


 いや、なんていえば良いのか……俺自身が恥ずかしいと感じていたというより……周りの同級生に見つかって色々言われるのが嫌だったのだ。


 中学生という生き物は、すぐに他人のプライベートにも介入してくる生き物だ。俺は、それを入学してすぐに知った。


 ホント……お前ら、背後にタスクact4でも飼ってるのかよって思う位すぐにプライベートの見えざる壁を突き抜けてくる。


 それで、調子に乗って「お前ら、付き合ってんじゃ~ん」みたいなノリをされるのが、嫌だった。


 今では、全く気にしなくなったし……特に何も思わないが、俺にもそういう年相応な時期があったのだ。


「お前の御両親って……昔は、しょっちゅう家にいたよな? よく昔は、遊びに行くとお菓子とかくれてたよな?」


 凄く優しそうな人たちだったのを覚えている。たまに家に遊びに行くと手作りのクッキーとかを焼いてくれていたっけか……静香のお母さんが作るバタークッキーは最高に美味しかった。


 と、昔の事を思い出しているとその隣で俯いていた静香が俺に告げてきた。


「……小学生の頃までは、パパとママもアタシを心配してなるべく家にいてくれた。お仕事とかも早退して……。でも、中学生に上がった頃くらいからある程度1人でもできるようになって、パパとママ……お仕事するようになったの。……まぁ、元々2人とも忙しかったみたいで、昔はアタシのために無理してたみたいだから……別に良いんだけどね。アタシは、大丈夫」


「……じゃあ、最近はずっと1人で?」


「うん……」


 静香の顔が、少し寂しそうだ。彼女の性格が、変化してから1つだけ良かった事がある。それは、コイツの感情だ。



 今までずっと物静かな性格で顔もポーカーフェイスを貫いていた静香は、自分の気持ちをあまり話したがらなかった。幼馴染として俺もある程度、コイツが思って良そうな事は分かってやっていたつもりだったが、それでも……俺達は、何処まで行っても他人同士だ。


 コイツの知らない本音なんてものも幾らかあった事だろう。


 それが、分かりやすくなった。会話の端々に顔で表現してくれたり、言葉の中に感情を込めてくれるようになった。


 今まで気づけてやれなかったような気持ちも……分かりやすくなった。


 だから、そんなに悲しい顔しながら「私は、大丈夫」だなんて嘘つくなよ……。


「……なぁ、静香」


「え……?」


 道の途中、俺は立ち止まった。静香が、俺の事をジーっと見つめる中、夕暮れの赤い光とチカチカ光る街灯の下で俺は、彼女に言った。


「……今夜、久しぶりにお前の家でご飯食べても良いか?」


「え!?」


 急に静香の頬が赤くなったような気がした。彼女は、びっくりした様子で赤面した状態で、今度は急に体をモジモジさせて言った。


「……え、えっと……それって……その……義経が、家……来るって事?」


「いや、だからそう言ってるだろ。お前の家で今日は、ご飯食べても良いかって……」


「……」


 つぶらな瞳で、俺を見つめてくる静香。そんな顔は、見た事ない。……いや、というかそんな可憐な乙女みたいな顔もできるんだな……。


 と、感心しつつもなかなか返事を返してくれない静香に俺は、もう一度告げた。


「……なんで、そんなにモジモジしてるんだよ? もしかして、お前……家に見せられないようなものでも……」


「はっ、はぁ!? ちっ、違うもん! あっ、アンタなんかに隠すものなんか何一つ……これぽぉぉぉぉっちもないんだからね!?」



「はいはい……」


 相変わらずのツンデレ構文。前のコイツならこんな言葉は、絶対に出てこなかっただろう。


 静香は、続けて言ってきた。


「……そもそもアンタと違ってアタシは、その……えっ、え、エッチな本なんか読まないんだから……」



「いや、だからあれはラノベだって……。普通の本屋さんで普通に売ってるから……。ちょっと挿絵が素晴らしいだけであってだな……」


「うっ、うるさいわね! そんなの分かるわけないでしょ! 今日だって……京極さんにずっと……鼻の下伸ばしてて……」


「……なっ!? 伸ばしてねぇよ! ていうか、なんでお前がそんな事まで気にするんだよ!」


「みっともないのよ! 一緒に歩いてて……あーあ、どうしてこんなのが、アタシの幼馴染なのかしら……」


「……お前なぁ、素直に色々言うようになったのは、良いと思うが……もう少し言う言葉は、考えろよ……」


 と、そんな事をお互いに言い合っているとすぐ目の前に俺の家が見えてくる。……そろそろ、着く頃だ。


 俺は、静香と一緒に歩いていると……隣で歩いていた彼女が言ってきた。


「……良いわよ。アンタのために……今日、美味しい晩御飯……作る……」


「……ん? なんか言ったか?」


 声があまりにも小さかったのと夕焼けカラスの鳴き声で掻き消されたせいで静香が何を言っていたのか全然分からなかった。すると、彼女は下を向いていた顔をあげて俺を睨みつけながら言ってきた。


「……だぁかぁらぁ! そんなに家に入りたいのなら勝手にしなさいよ! ご飯が冷めちゃう前に!」


「……いや、もうちょっと……言い方ってもんがあるだろうよ……」



 ――全く……どれだけ性格が変わってしまっても世話の焼ける奴である事には、変わりないみたいだ。


 でも……こっちのお前も別に嫌いじゃない。これはこれで……楽しいかもしれないな。


「……よし、じゃあ俺……一旦、家寄っていくから。母さんに今日、お前の家でご飯食べる事知らせなきゃだし。……それから、今日の晩御飯はなんだ?」


 すると、いつの間にか前を歩いていた静香が、真っ赤に輝く太陽の下、振り向き様に告げるのだった。



「……今日は、アンタの大好きな……ミートソースのパスタよ」


 俺は、今日のこの夕日に照らされていて……少しだけ微笑んだ顔をこの先、忘れない……。

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あんたのせいでツンデレになったんだから私だけ見てなさい! 上野蒼良@11/2電子書籍発売! @sakuranesora

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