他の子に鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!

 ――翌日、静香の様子を確認しに朝早く彼女の家へ向かった俺を出迎えたのは、昨日のあの……変な口調の静香だった。


 俺達はすぐに病院へ向かった。夏の病院は、人が多くて……とても混雑しており、順番が回ってくるまでにかなり時間はかかった。ようやく、自分達の番が来たと思い、俺はお医者さんに色々話をしてみるが……熱はないし、体に異常は見られない。精神的にも全く異常なしと言う事で、俺達は帰されてしまった。


 結局、何も掴めないまま……俺達は、病院からの帰り道をダラダラ歩く事にした。


「熱い……」


 午前中の太陽は、特にギラギラ照らしてきていて、外を歩くだけでも辛い。


 しかし……結局、何も掴めなかったとなると、やはりあの……謎の本が原因なのか? いや、でもそんな……本開いただけで人間の性格が180度変わるだなんて……そんなメルヘンな話あるわけないか……。



 そうこう思いながら俺は、静香と一緒に町を歩いていると、彼女は突然立ち止まって、俺の名前を呼んできた。


「……義経!」


「ん?」


 暑さで、完全に参っていた俺が、アイツの方を振り返って見ると、そこには何処かを指さす無邪気な少女みたいな雰囲気の静香がいた。


 アイツが、指さしている方向……そこには、最近オープンしたばかりのアイスクリーム屋さんがある。何とも北海道の牛乳を使った美味しいソフトクリームを味わえるお店と言う事で、母さんなんかもよく話題に出していたが……。


 静香が、俺に目で「これが食べたい」と訴えてくるので、俺は仕方なしにアイスを2人分、買ってやる事にした。


「いらっしゃいませ!」


 ……可愛らしい店員さんだ。と、思って若い女性の店員さんを見ていると、隣から殺意の籠った眼光で睨みつけられているような気がしたので……店員さんについては、あまり考えないようにしよう。


「すいません。チョコソフト1つと、バニラソフトを1つ」


 と、俺が言い終わった直後に静香が、横から割り込んで来てメニュー表の一番上に書いてあるソフトクリームを指さして言った。


「すいません! バニラソフトをこの……プレミアムアルティメットミルキーソフトに変えてください!」


「かしこまりました~」



「って、おい! それ、高いやつじゃないか」


「別に良いじゃない。だってアタシ、これが食べたいんだもん!」


「金出すのは、俺なんだぞ?」


「ありがとうございました。……はい。これで良いでしょう?」



「お前なぁ……」


 本当に人が変わったみたいだ。前は、こんな事絶対に言わなかった。黙って一番安いアイスを食べてくれていたのに……。はぁ……早く戻って来てくれ。いつもの静香。



 しばらくすると、店員さんがアイスを持ってきてくれて俺達は、それをお店の中で座って食べる事にした。


「……うん! 美味しい! 義経、これ美味しいわよ!」


「そりゃ、プレミアムでアルティメットだからな!」


「何よ? そこまで怒らなくたっていいでしょう? あっ、もしかしてアンタも食べたいの? もぉ! しょうがないわね……」


「はぁ?」


 すると、彼女は突然俺にプラスチックのスプーンを持ってきて食べさせようとしてくるのだった。


「……ほら、口開けて。早くしないと溶けちゃうわよ」


 仕方なしに俺は、それを食べる事にした。


「どう? 美味しい? これで、少しは満足した?」


「おう。うめぇよ。満足満足」


「良かった~! もう! 素直に食べたいってはじめから言えば良かったのに!」


 溜め息をつきそうになった……。こんな調子になってから凄く……コイツといるのが、疲れる……。はぁ、いつになったら元に戻るんだ……。



 と、そんな事を思っているとその時だった。突如、お店のドアが開き、外から見知った1人の女の子がお店の中に入って来たのが見えた。



「あっ……」


 その少女は、長くてサラサラした金髪で、優しいオーラをまとった穏やか感じの綺麗な女の子。



「……京極さん」


 同じ学校に通う同級生の京極紗兎きょうごく さとさん。普段は、物静かでいつも教室で本を読んでいる超絶美人。学校でも男子達の間で時々話題に上がる。……少し地味めで清楚系って感じの子で……でも、それが凄く……こう……良い。




「ちょっと……? どこ見てんの?」


 静かにそう言われて俺は、気づいた。京極さんに見惚れていた。……いかんいかん。


 しかし、まさかこんなお店で偶然一緒になるなんて……俺の夏休みいきなり災難続きだったが、良い事もあるみたいだ。



 京極さんは、アイスを持って椅子に座ろうとこちらへやって来る直前に俺達の事に気が付いた様子で、こっちへ来て言った。



「……牛久うしくくんと、舞立さん。こんにちは」



「あ! 京極さん、こんにちは」


 静香は、いつもより少しだけテンション高めな声でそう挨拶を返すと、京極さんは、いつも通りの様子で手を振った。


「……あっ、えっと……京極さん、おはようございます……」


「はい。おはようございます」


 そんな挨拶をした後に京極さんは、俺と静香の座っていたテーブルに座って一緒にアイスを食べ始めた。


「熱いですねぇ。……お2人は今日、一緒に何処かにお出かけですか?」


「まっ、まぁ……そんな所だな」


「へぇ、仲が良いんですね」


「まぁ……そりゃあ、幼馴染だからな」


 なんか、一瞬静香に睨まれた気がするが……気にしない気にしない。


「京極さんは、どうしたの?」


「あぁ、私は……普通に少し散歩をしていただけです。一日一外出と決めていますので。そういえば、牛久くん、読書の方は、進んでいますか? 今年もまた10冊借りたんですよね?」


「え? あっ、あぁ……おかげさまで……」


「図書委員中の噂になってましたよ。今年もラノベを全てかっさらっていたって……。でも、凄いです。そんなにいっぱい本を読むなんて……私も牛久くんを見習ってこれから夏休みに読む本を10冊借りてみようかな」


「え……? そっ、そうすか? えへへ……それは、嬉しいですねぇ……」


 京極さんは、図書委員を務めている。そのため、本については、かなり詳しく。また、俺が毎年長期休みの前に本をいっぱい借りている事も彼女は、知っているのだ。


 ちなみに……俺が、図書室によく行く理由の1つは、京極さんに会いに行くためでもある……。まぁ、夏休み前の最後の日には、会えなかったけど……。





 それにしても……可愛いなぁ。京極さん……。気のせいか、なんだか凄く良い匂いもするし……。全く、神様め……俺にもこういう恋愛イベントがあるっていうのなら、最初にそう言っといて欲しい。


 俺は、またしてもいつの間にか京極さんに見惚れてしまい、しばらくの間ボーっとしていたが、その時だった。


 俺が手に持っていたアイスが、溶けてしまい……。



「あっ! 牛久くん!」


 京極さんにそう言われた瞬間、俺はアイスが溶けてしまうのに気づくが、時既に遅し。俺の服に溶けたアイスが落ちてしまい、染みと化してしまう。


「もう! 何やってんのよ! 服汚れちゃったじゃない!」


 そう言いながら静香が俺の服を拭いてくれる。……こう言う所は、変わらないのか……。


 と、思っていると京極さんが、俺に言ってきた。


「……あの大丈夫ですか?」



「え……? あぁ、全然平気っす! 心配かけてすいません!」



「いえ……その……もしよかったら、これ貰ってください」


「え……?」


 そう言うと、いきなり京極さんが俺に自分のアイスを差し出して来た。彼女は、俺に言った。


「私、もう充分食べましたので……牛久くん、アイス零しちゃって、もうないみたいなので、これ貰ってください」


「え……でも」


「良いんです! でも、食べ物は零しちゃいけませんよ。粗末にせず、しっかり最後まで食べるようにしてくださいね」


「ごめんなさい」


「分かればいいんです。それじゃあ、私……図書館寄っていきますね。……牛久君に負けじと、私も本借りてきます!」


 そう言うと、京極さんはいなくなってしまった。



 ……なんて、素晴らしい時間だったんだ。あの一瞬とはいえ……凄く良い時間だった。はぁ、もうこれだけで夏休みの残りの時間、おつりがくるような幸せ……。



 そう、思っているとその時だった。


「……何、デレデレしてるのよ!」


 刹那、静香が俺の足を思いっきり踏んずける。俺は、あまりの痛さに悶絶してしまうのだった……。




「バカ……」


 静香が何か言っているみたいだったが……それに反応してやれる余裕はない。俺は、足を抑えた。

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